3-38.大人げない大人同士のじゃれあいみたいなモノ。
〇美怜〇
私達が学校に着くと、将に大人二人が校庭の真ん中で対峙しているところだった。
唯莉さんはというと、屋上から吊るされている。
ビタンビタンと外そうともがいているが、簀巻き状態でどうにもならないようだ。
「……紬、結局来たのか。
それほど、唯莉が大事に思える」
「そうだが、何か?
六道、お前、回りくどいんだよ。
前から思ってたんだが。
だから悠莉はお前を好きにならなかった」
開き直ったようなお父さんの反応に、六道さんは眼を見開き言葉を失った。
そんな六道さんを観てお父さんは満足そうにしつつ、息を整え、
「唯莉!」
声が学校中に響いた。
望以上の声量が出ている。
「お前と今から子供を作りに行くから覚悟しろ。
とりあえず、六道殴ったらすぐ行く」
そして凄い事を言った。
すると唯莉さんが更にバッタンバッタン、ミノムシ状態ながら暴れ始める。
顔が真っ赤で、何やら混乱し、モフモフ言っているが、どうにもならないようだ。
そして六道さんをお父さんは笑顔で睨みつける。
「一波立たせて、俺を挑発して、唯莉を大切だと自覚させたかった。
ついでに恩を売って何かをさせたかったのだろう?
茶番だな?
お前は昔からそうだ。
実利実利いうけど、結局、情が最初だ。
だから、あんなテープを残す。
だから、娘を自由にさせることを守る。
だから、今も俺の障害で在ろうとする。
悠莉に一歩進ませるために、所有物だと全校放送したりな?」
「ワシはお前のそういう考えが回るところが嫌いじゃよ」
「俺は別に六道の事は嫌いじゃないがな?
とりあえず、殴られろ。
悪役を買って出たなら、そこまで責任を果たせ。
お前が遺言通りにテープを俺に渡さなかった分の貸し代をそれでチャラにしてやる」
お父さんが動いた。
早い。
確かに唯莉さんや望よりは遅いのだが、一般中年の早さじゃない。
「うーん、こんな茶番に付き合いたくもないんですがねー。
ご主人様には護衛しろと言われているので」
振りかざされた拳がいつの間にか現れたスーツ姿の女性に止められた。
サングラスの背の高い女性、星川さんだ。
「……君か」
「何度かお会いしておりますが、名乗りはしてなかったですね。
星川です、お見知りおきを」
唯莉さんや、望とやりあえる星川さんだ。
お父さんではどうにもならないのは明白なのか、距離を取る。
「星川君、君は過去を知りたくないかね?」
「――は?」
だが、お父さんは別方向から攻めた。
星川さんの挙動が止まった。
「君が何処の何者か、俺はそれを知っている。
何単純なことだ、そこの主人を裏切ってくれたらいい。
一発、六道を殴らせろ」
「……」
星川さんが黙って、構えを解く。
そして、お父さんをサングラスの奥底で値踏みするように観る。
「旦那様、この人の言っていることの信頼度は?」
「嘘はつかない。
知っているのは間違いないじゃろな」
星川はため息を一つ。
「残念ですねー、旦那様」
星川さんが胸から取り出した銃を六道さんに向ける。
「私のご主人はリク様ですのでー」
お父さんの方に向けなおし、パンっ! っと音を鳴らした。
「裏切れないんですよー」
「ふむ、イイ執事だね」
お父さんは無傷だった。
星川さんの放った弾丸は全然違う方向に飛んだのだ。
「おもちゃの銃とはいえ、ちゃんと命令を守っている。
下手に狙うと致命傷になりかねないから、ちゃんと外してくれた」
「……旦那様、命令見抜かれてますよ、これ。
この人、自分の急所を狙わせてます。
さっきの人のようにせめて傷害許可をくださいなー。
ちゃんと始末しますので」
「却下じゃ。
お前はリクの言う通り、わしを守ってればいい」
再び対峙するお父さんと六道さん。
そして六道さんを庇うように星川さんが一歩前に出ている。
「さて、六道。
物理で殴ればスカッとするだろうな、と思ったがやめた。
所詮、唯莉から習った付け焼刃だ」
お父さんはそう呼吸を整えると、雰囲気がガラリと変わり、
「俺らしく言葉で殴るわ。
久しぶりのじゃれ合いを楽しんでいるところ悪いが、損をするから後悔しろ」
こちらまで伝わってくる威圧感。
「お前の思惑に乗ってやろう。
その代わりにお前に恩は感じるが、それだけで済ます。
返しはするが、貸しと思うな。
俺が勝手に乗るだけだからね?」
「ぬ……」
「嫌なら、俺は帰る。
ここまで下準備は全部パーだ。
どっちでも損だろ?」
お父さんは六道さんの反応を待つかのように問いかけた。
六道さんはすぐ言葉を返そうとし、
「別に「お前は望から頼まれた名目で、唯莉と俺をくっ付けなければならない。
ただの感情やくだらない損得でそれを無駄にすれば、お前は望に大きな貸しを作る。
それだけで九条としては勝ちだ」」
相手の言葉の出掛かりを潰すお父さん。
そして六道さんが何かを言うのを待ち、
「そうはいうが「それに望と美怜の誕生日だ。
この後、お前の娘も誕生日でパーティーでもやるのだろう?
お前、その娘に恨まれるぞ?
私の御父様は情けない大人ですみませんと、娘が申し訳なさそうにさせるのが好みなのか?
お前、存外冷たいのな」」
「唯莉の件は「別に後でも構わないだろう。
あまり俺を舐めるなよ。
伊達に中央で色々やらかしてない」」
「み「娘の方かい?
僕は覚悟を決めたのは、美怜のお陰だ。
今見ているし、ちゃんと説明をすれば六道がケチだってことが理解してくれるさ」」
言葉回しで望が苦戦していた六道さん相手に一言も言わせないのだ。
相手が何かを言おうとするたびに先手を打っている。
恐らく反論が無いのは言おうとした言葉に対して反論になっているからだろう。
言葉が詰まっていく。
「六道。
お前なんかにこれを使わなくても潰せるが、今回はとことんやらしてもらうぞ?
ほら、言葉を発してみろ。
望む通りに答えを先に紬いで、じゃれあってやる。
ただし、お前はサンドバッグな?」
そして仁王立ちする。
今までカッコ悪い所しか見たことのないお父さんからは想像できない姿だ。
「美怜、あれがお父さんだ。
家では無気力なダメ親父。
外に出て一旦、人前に出れば人が変わる。
言葉だけでどんな人も何とかしてしまう人だ」
望がそういうので、確かにと思う。
「何というか……熱い人だね?」
「手加減してるからなぁ、あれで」
「……ぇ?」
どういう事だろうかと、望を観て説明を求める。
「今の状況はお父さんは帰っても、進んでも勝ちなんだ。
相手の言葉を一切合切、聞く必要が無いんだ。
お父さんは六道氏の思惑にあえて乗った。
これで六道氏がお父さんを止める理由が無くなってしまったんだ。
だから、お父さんは六道氏の言葉は無駄だと吐き捨てることが出来る。
つまり、意見、反論が来る出掛かりを殴れるんだ」
「……うわ。
反撃できない状況に追い込んで一方的に殴ってるんだよ」
「あれがお父さんだ。
実戦だともっとスゴい。
六道氏の最善は、黙って殴られるべきだったね。
あるいはお父さんが告白した時点で目的を達成出来てるのだから、唯莉さんを引き渡すことだったろうね。
そうすればプライドを言葉で殴られなくて済んだし、今回の件での優位さを失うことは無かった。
まぁ、引き渡していたらいたで、違う方向から殴りかかっていたと思うがね?」
望が憧れたお父さん像という奴が何となくわかった。
ただ、何というか大人げない気もする。
「参った参った。
別に今回の件で何かを請求したりはしないし、唯莉を放す指示を出す」
「最初からそうしとけよ。
俺とじゃれ合うのを楽しみたくてこんなことしやがって。
俺はちゃんと復帰してるから安心しろ」
お父さんと六道さんが笑いあうのを観ると、強い絆を感じ、羨ましくも思う。
「悪役を買ってラブラブ発言をさせるという目的も達成したから、まぁいいじゃろ?
唯莉も流石にあれを聞いては逃げないじゃろし」
「そういう所が、六道を嫌いになれない所なんだよな。
鳳凰寺家自体は死ぬほど嫌いだが」
「お見合いを組んだ時点で親父らまでの話は手打ちじゃろ?」
「まぁな。
今回の件はこちらの善意で何かしらの形にして返すから楽しみにしとけ。
……あれ、唯莉?」
お父さんの言葉で、全員が視線を向けた。
いつの間にか、唯莉さんが吊るされた状態から居なくなっていた。




