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3-35.平沼・悠莉(ゆうり)。

〇美怜〇


「お父さん、なんで唯莉さんを受け入れてあげないの?」

「悠莉の件が」

「嘘つき」


 お父さんの口元がバッテンになる。

 そう言う所は望にそっくりである。

 血は繋がってなくても行動は似る、確かに親子である。


「それは後で問い詰めるよ」


 最悪、私が気付かせるが、本人に言わせて自覚させた方がいいことだ。

 望ならそうする。

 なら、手順を踏む。


「お母さんはどう思うかな?

 自分なんかに囚われて欲しくない、そう言うと思うよ?」

「……」

「何をもってと聞きたげだよね、お父さん。

 こんなの見つけたんだ、鳳凰寺さんのとこで」


 カバンの中から取り出したカセットテープと再生機。


「誰の録音だと思う?」

「……まさか」

「私は知ってるんだよ、お母さんの最後の遺言を」


 私はスイッチを入れながらお父さんの震える手に渡した。


『あー、これを手に取ったということは鳥の所とは仲直りしたのね?

 よかったよかった。

 自分がこんな所にこんな物を残しているとは思わなかったでしょ、やーいやーい。


 鳥さんも複雑な顔をしたけど、私の頼みとあっては断れないわよ。

 ね? 犯罪者さん?

 何、引きつった顔してんのよ、妊婦よわたしゃ。

 体術は使えないし、謎パワーも控えめよ。

 それに鳥さん、あんたも良い人出来たんだからシャキッとしなさい、シャキッと。


 私の友達なんだから、彼女。 

 結構かわいい絵柄で好きなのよねー。

 ふふー、創作欲が沸くわ。


 まぁ、いいや、はよ責任取りなさいな。

 家が五月蠅い、バレて見合い組まれた?

 そんなん蹴飛ばしとけや。

 結婚だけが責任の取り方でも無いし、頭柔らかくしなさいな。

 蹴飛ばせんでも責任は取りなさい。

 あんたも父になるんだから。


 さておき、つむぎ、あんたはずっと私を引きずると思う。

 このテープはそれが改善傾向に入った時に聞いて貰うことを想定している。

 改善しなかったら?

 あー、ずっと私を思って生きていていいわよ。


 私は望まないけど、それ。


 さて、あんたが私の死に目に会えないことは判っとる。

 自分の成長しない体をここまで恨めしいと思ったことはない。

 母体が持たない。

 確かに産まなければ私は生きれると思う。

 でもね、産みたいのよ。

 だから、大丈夫だとしかあんたには言わへん。

 ごめんね?


 それでトラウマにもなったら笑う。

 なってへんよな?

 ぇ、なってるって?

 それならこのテープの続きは一旦ここまでにしとき。

 薬にならん。


 で、もしあんたが私の死を受け入れたなら、

 離婚するわ。

 縛りたくないもん。

 コマキンは結婚したからさておき、唯莉が独身だったら面倒みたって。

 あの子も私同様だから特殊性癖でもないと結婚できないだろうし。


 唯莉ならまぁ、いい。

 ……私、弱気よねー、こんなこと言ってしまうなんて。

 ぇ、ロリコンじゃないって?

 却下、あんたが小学生によく目が行くペド野郎ってのは知ってんのよ!

 私に欲情するぐらいだしね!


 ……言ってて悲しくなってきた。


 あと、そこの鳥さん、自分もペドじゃないみたいな顔をしない、あんたもペド野郎だから。

 見合い相手、三塚のあの子やろ、五才下やん!

 さておき、もう一回言う。

 もう私に構うな。

 自由に生きろ。


 あー、もし生きて会えたら、このテープは黒歴史にする。

 んで、娘にだけ聞かせる。

 私の愛は重かったんだぞって

 それじゃ、平沼・悠莉でした、愛してるわ。

 でも引きずらないでね?」


 終わると同時に、録音機がカツンとコンクリートで固められた床に落ちた。

 手を震わせたお父さんは涙していた。

 私もこのテープを聞いた時、知らない人の声の筈なのに、涙したから判る。

 唯莉ゆいりさんに似た声。

 でも、唯莉さんではないことは魂で震えで判った。

 その熱量は半端ではなく、確かにお父さんへの恋文だった。

 そして自分の死期を悟っていながらも気丈にふるまおうとした。


「悠莉……!」


 お父さんが空を見上げた。

 愛というのは私には解らない。

 けれども、欠けたらトラウマになる存在、それほどかけがえのない存在なのは判る。

 ふと、望の顔が浮かぶ。


 ――彼がもし欠けたら、私はどうなるのだろう。 


 寒気がした。

 それを誤魔化すように、


「お父さん、もう、お母さんを自由にしてあげよ?

 お母さんを言い訳にして、そこから進めないように自分を縛るのをやめよ?」


 同意を取りに行く。

 お母さんの願いの本筋だ。


「そう、だな」


 頷いてくれる。


「あぁ……そうだな……」


 砕かれた墓を見ながら、お父さんはもう一度、言葉を確かにした。

 そして、望が時折するように拳を強く握った。


「世話のかかるお父さんだね、あなたは。

 私が凄いと思う望が凄いお父さんと評価する。

 けれども私は全くそんなことは思わないぐらいには情けない」

「手厳しいね」


 正直に言ってやると笑みを浮かべてくる。

 私にとってはそれぐらいの印象でしかない。


「だから、少しは娘にカッコいい所見せたらどうですか?

 あなた自身の感情ぐらい、あなたは整理出来ている筈です」

「唯莉の件か……」


 お父さんは空を見上げ、眼を細める。


「好きかどうかは判らない。

 ただ、感謝は「うるさい、御託は聞きたくないんだよ」」


 とりあえず、長くなりそうだと思った瞬間に言葉を挟んでやった。

 お父さんの口元がバッテンになる。


「いい加減にして、お父さん。

 言葉だけを並べても、行動しなければこの世は結果が出ないんだよ」


 望の言葉をアレンジして言ってやる。

 そして私がお父さんの思考であるならばという仮定を脳内で動かした答えを出す。

 中間テストの際の応用だ。


「唯莉さんのことを受け入れたくないのは、こんなところだよね?

 お母さんの二の舞にさせたくないんだよ」

「――!」


 目を見開く。

 正解だったらしい。

 小牧さんの家での資料や六道さんから貰った資料。

 それらは十分にお父さんの思考パターンをトレースするに足りていたらしい。


「あなたの感情はもう判っているんだよ」


 証拠は無い。

 けれども、今は詰めるだけだ。


「それは貴方の口から言うべきで、本来、私の口から言うべきではないと思うんだよ」


 もう一押し。

 けれども、言葉が浮かばない。


 ――お母さん、力を貸して。

 

 お墓を一瞥し、思考を回す。


「『ヘタレ野郎、私が良いって言ってんだから、やることやってしまえ。

 唯莉は死なない。

 私が守る。妹だし。

 唯莉がずっと支えてきてくれた事実。

 あんたがその中で培ってきた感情も私には判るから、はよ行け』」


 ふと、何かに乗っ取られたような感覚。

 私が思考から出したモノじゃない言葉が出てきた。


「悠莉……」


 ふとお母さんの名前を言われ、意識が戻る。

 お父さんが頭を縦に振った。


「ありがとう、悠莉」


 そして、それだけ言い、坂を下っていく。

 私は何が起こったのだろうかと、呆気にとられながらお母さんの墓を観る。

 崩れた墓、どうしようかな……。


「直すのは、お父さんと六道さんに任せたらいいよね」


 不意に、視線を感じた。

 振り返る。

 私よりも一回り小さいが、腰まで伸ばした長い奇麗な髪をしたアルビノの少女が佇んでいた。

 白いワンピースを着た姿はまるで幽霊のようで、


「ありがとう。

 あの人を説得してくれて。

 産まれてきてくれて」

「ぇ……」


 風が吹き、まばたきすると居なくなっていた。


「お母さん……」


 私はそれを見間違いだと、思いたくはなかった。

 気づけば涙が一筋、流れていた。


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