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3-30.ひざまくら。

 〇美怜〇


「そんな心配な顔しないでくれ、美怜。

 別段、右小指が動かない程度なら支障ないんだからね?」


 家に戻り、居間で落ち着くと望はそう私に言ってくれた。

 私が心配だと、望の隣に寄り添って座っているからだろう。

 あんまり重症じゃないぞと、笑みを浮かべてくれる。

 試合の後、私は見て泣きそうな顔で抱き着いてしまったわけで、


「そこまで大げさなことでもない」


 とも、望は言ってくれていたが、それでもだ。

 あの後、すぐに病院で診てもらうことが出来た。

 小牧君の道場に通う整体の先生の所で、西舞鶴駅の近くにある所だ。

 唯莉さんは観てもらうと同時に、またフラリとどこかへ消えた。

 病院でのレントゲンの結果、全治二週間。

 奇麗に折れていたらしくすぐ直るらしい。


「代わりに泣いてくれるのはありがたいが、ほら君を撫でることぐらいは出来る」

「望……」


 小指だけにギブスを付けた手で、私の髪を撫でてくれる。

 少し硬いが、柔らかく撫でてくれようとしてくれている気持ちはすごく感じられた。


「それにこれなら水泳の授業出れないから、美怜と保健室行きさ。

 仕方ないね?」

「……そうだね」


 仕方ない事なのだ。これは。

 そう私は自身を納得させると、嬉しくなった。

 一人でどうしようかと考えていた所に望が来てくれるのだ。

 嬉しくないはずがない。


「まぁ、これだけで済んでよかった。

 最悪、ソラ君に頼むところだったから、伝手を」

「ソラさん?」


 何故、その名前がここで出るのだろう。


「唯莉さんに美怜を認めさせるために協力してもらう手はずだったんだ。

 師匠としての唯莉さんとやりあうのは想定外だったし、既に唯莉さんが意見を翻しているのも想定外だった」


 望が私を観る。


「何があったか聞いてもいいかね?」

「んーとね」


 説明する。

 唯莉さんが私を娘と認めようとしてくれるまでの顛末を。


「なるほど、やっぱり美怜は凄いな」

「えへへー」


 望が驚いて褒めてくれるので嬉しくなる。

 私だって望のようにはいかないが、成長しているのだと自覚できる。


「ともあれ、僕にも唯莉さんを母さんと呼べるのか」


 望が無事な手、左手で拳を握る。


「……あんまり母親って感じじゃないがね?

 見た目、小学生だし。

 人を動かすばかりで、自分は動かないし。

 だから、自分の事になると逃げ癖がね……」

「まぁ、それは……」


 事実である。

 とはいえ、


「望も唯莉さんが面倒見のいい人って知ってるよね?

 情に厚いし」

「まぁね」

「それに、望がなんで唯莉さんにラブレターを送ったか、気になるんだよ」

「まぁ、言った通り、憧憬な訳でね?」


 望が苦笑いを浮かべながら続ける。


「ある日、少し上の女の子だと紹介されたのが唯莉さんだ。

 彼女は何でもできて、僕の鼻をへし折った。

 そして体術を教えて貰い、色々な戦い方を教えて貰い、尊敬していたのだろうね?

 今も尊敬はしてる、苦手だが。

 それを好きだと勘違いしたのさ、若かったね、僕は……」


 良かった。


 ――何が?


 ふと、自分の中で沸いた安堵が何故かを理解できずに戸惑う。

 何が良かったのだろう?


「色んなことを教わっていくうちに僕の抱いている気持ちは何となく違うな、っと。

 そう思うに至った訳さ。

 少なくとも唯莉さんへの気持ちは違うモノ、頼りたいという気持ちが近くてね?」

「あまり私と変わらないんだね」

「そうだろね」


 望はふと寂しい笑顔を浮かべる。


「僕には血のつながった人は誰もいない。

 だから家族を求める気持ちは強かった訳だからね?」


 家族が居なかったのは私もだと思うが、血のつながりで言えば違う。

 私にはお父さんが出来た。そして叔母である唯莉さんが居た。


「唯莉さんが母親に――とは思わなかったの?」

「言われて、あぁ、確かにとは思ったけど、今までそういう発想すら出てきてなかった。

 母親というモノを知らなかったからね?」

「あー、なるほどなんだよ。

 だから、さっき母親という言葉にピンとこなかったんだね?

「美怜は賢いなぁ」

「えへへー」


 望が撫でてくれる。

 

「そういえば、望は好きって気持ち、恋って気持ち判るの?」

「正直、判らない」


 半分ぐらいだろう、嘘をついている感じだ。

 望の眼が一瞬揺らいだのが見えた。

 私を撫でる手も硬くなった。


「私も判らないから一緒だね」


 聞くべきか悩んで聞かない。

 言わない理由があるのだろう、私のお母さんみたいにと思ったからだ。


「とはいえ、恋が先か、身体関係が先かとか揉めていたり、

 お見合いして愛が生まれたり、恋愛婚至上主義があったり、良く判らない。

 で、美怜、僕が嘘をついているのが判ったね?」

「ナンノコトナンダヨ」


 ギクゥ。

 心が跳ねた。


「図星、全く……美怜はホントに賢いな。

 トラウマに関するから触りだけだが、孤児院に居たお姉さんが好きだったんだ。

 死んだけどね」


 望の表情が苦し気になる。


「ダメか……うん、これ以上はすまない」

「いいよ、ムリしなくて!」


 呼吸の浅い望。

 抱きしめてあげる。

 そんな彼は私に身をなすがままにしてくれる。


「ありがとう、美怜」

「でも、急にどうしてそんな話を?」

「今考えれば、あの人に抱いていた感情も唯莉さんに抱いていた感情と同じモノだったからね?

 恐らく憧憬、あるいは家族になって欲しかったのだろう。

 これの整理をつける為さ。

 そして自分のトラウマと対峙するためだね?」


 ふう、っとため息をつく望。


「まだダメか……」


 望が力なく笑う。

 いつも自信満々の望が見せない表情だ。

 いや、私は知っている。

 私をトラウマで傷つきながら救ってくれた時、泣いて抱き着いてくれた時のモノだ。


「すまない、美怜、膝枕いいかい?」

「断らなくてもいいんだよ」


 望が脱力して横たわってくるので、膝にぽすんと望の頭を添える。

 望の無防備な姿が私の心と体をくすぐる。

 頭をそっと撫でてあげる、と望は気持ちよさそうに目を細めてくれる、


「少しずつでも美怜に追いつかなければならないんだがなぁ……」

「えっと?」

「トラウマ、美怜はもう無いだろう?」


 確かに無い。

 アルビノは望が解消してくれた。

 家族もいる。


「ムリしなくていいと思うよ?

 前も言ったけど、ダメな事じゃないんだから」

「そうだね……」

「きゃ、望くすぐったいよ」


 望が太ももに顔を押し付けてくる。

 気持ちいい。


「やっぱり、僕の家族は先ずは美怜が居ればいいね……。

 すまない、少し眠る」


 そして望が寝息を立て始める。


「本当にお疲れさまだよ」


 私も彼を膝に乗せたまま、少し意識を遠くにすることにした。

 疲労が色々あったことを思い返させながら、途切れた。

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