3-29.望と唯莉さん(後編)
〇美怜〇
「……なんでこーなんのや」
小牧さんが茫然を顔に浮かべつつ、二人を見ている。
その手には、途中で唯莉さんが買ってきたガロンサイズのアイスが握られている。
「ごめん、二人がどうしてもここでやろうって言うから」
「平沼っちは被害者やろし、何も言わへんけど」
と言いつつ、何か言いたそうである。
私だったら言うから仕方ないと思う。
「ごめんなー、ミナモン。
師弟喧嘩の為に場所借りてもーて」
「いえ、別にええんですけど……」
「この前、負けた時の貸しと思いたまえ」
「……九条さんは、一回滅んで?」
「とはいえ、唯莉さんが覚悟を決めるための儀式さ。
付き合ってくれたまえ。
唯莉さんもここまで自分を追い込めばヘタレ無い、そう言いたいのだろうし」
「何の話か良く判らないんやけど……」
広い畳間の道場。
対峙するは唯莉さん、そして望だ。
お互いに小牧さんから胴着を借りて、裸足で稽古場の中央に佇んでいる。
それを私と小牧さんが遠目から見てる。
「師範代レベル同士の勝負、ミナモンにも見せておきたくてなー」
「……一応、私も師範代なんですけど」
「パワーだけのごり押しやん」
ぐっ、と小牧さんが喉を詰まらせる。
「とはいえ、人間相手で無ければそっちの方が強いけど。
……で、あいつは?」
「オトンは指導の仕事で中舞鶴いってはります」
「タイミング悪いなー。
しゃーないか。
あいつは一応、全部出来とるし、ええか……。
そしたらミナモン、審判頼むわ」
「判りました」
「殺し合いになりそうになったらとめてやー」
クフフと笑う唯莉さんに、小牧さんがげんなりとした表情を浮かべる。
そして望に視線を向ける唯莉さんの眼が慈愛に満ちながら、険しいモノになる。
「望、ルールどうする?」
「フルコンタクト、この道場内のみ、美怜や小牧君を使った番外戦術無し。
投げ、掴み、噛みつきなどの体術は全て有りで」
「おーけー、番外戦術しないのは賢明やねー。
勝敗は?」
「行動不能、あるいは戦闘不能、あと投了」
二人が構える。
同じ構えで、半身を前にし、後ろの手を肩程まで上げている。
格闘ゲームも嗜む私から見れば、某赤と白の胴着のキャラクターの対峙に似ている。
だが、初手からゲームと違う。
「!」
唯莉さんが足をポンと叩くと畳が跳ね上げたのだ。
畳返しだ。
そしてそれを望に向けて蹴り飛ばす!
面の壁が望に迫る。
それを右後ろに避ける望。
「読めていてもやりづらい!」
「せやろなぁ!」
畳の後ろ、唯莉さんが望の死角から飛び出し、襲い掛かる。
首元を狙った蹴りだ。
それを右手でガードした望。
「甘いんやで」
その望の右小指を唯莉さんは足の親指でつかんだ。
そしてパキッと小気味いい音が鳴った。
「――っ!」
望の顔が歪んだ。
だが、望もやられたままではない。
唯莉さんの折った側の足首を彼は左手で掴む。
そしてそのまま床に叩きつける挙動だ。
「それも甘いんや」
唯莉さんの挙動が空中で切り替わり、同じように望の左手の中指と薬指を足の親指と人差し指で掴む。
それでも望は放すまいとするが、捻り上げられる。
そしてロックの甘くなった瞬間、身体を大きく振り脱出する唯莉さん。
明らかに人間の挙動ではない。
「……うわ、えげつない。
こっちの事言えんぐらい、持ち前の能力で無理やりな挙動してはるわ、唯莉さん。
しかし、あの足指の使い方はなんや……まるで手のようや」
小牧さんがそう漏らした。
「望、降参する?」
「いぇ、たかが小指です」
望が再び構える。
「九条さん、まずいやん……」
「まだ片方の小指でしょ?」
小牧さんの呟きに私は疑問をぶつける。
「それがまずいんや、小指は拳を握る上で重要な部分。
ちゃんと使えないと打撃のインパクトが弱くなるんや」
小牧さんが真剣な面持ちで解説してくれる。
「望、今のがまだ教えていない奥義の一つや。
そして唯莉さんが最も得意とする技や。
足指を自由に使えることで、足でもパソコンが打てるスゴ技やで!」
そう言いながら右足あげ、指を一本ずつ、器用に曲げる。
普通の人間は、足指を手の様に一本ずつ曲げることすら出来ないのだ。
「応用すれば足だけで学校の壁も登攀出来て、
……ゆり姉に吊るされて出来るようになったときは笑われたんやけどな?
ミナモンはこれが最後の奥義や。
二人とも覚えといてな?
まぁ、足で地面を掴んで蹴るということは打撃でも教えてるし直ぐできるで」
クフフと唯莉さんが笑う。
「ほんま、これのおかげで足のリーチで投げも出来るから、便利な技やで?
唯莉さんみたいなリーチに不利がある体格にとっては特に」
「単純に膂力で勝ってる気がしますが?
殴り飛ばしている姿しか見たことないですし」
「やわな小学生やん、見た目」
「妖怪変化の類としか聞いてませんがね?
真那井と酒呑童子と組み合わせて、酒呑マナイ童子とね」
唯莉さんは余裕を見せたいのか
望はというと、表面上は平静を整えたままだが、攻め手が無く、じりじりと距離を詰めるばかりだ。
「唯莉さん」
「なんや」
「奥義というのはこれと内功の二つで終わりですか?」
内功、つまり小牧さんの使っていた、内臓破壊の技だ。
「いんや、もう一つあるでー。
唯莉さんは肺活量の関係で使えへんから教えれんけど。
この前多分喰らったかもしれんが、ミナモンに後でコツを教えてもらうとええわ」
「成程、安心した。
あの技だね。
これで三つ出来たら、僕は免許皆伝な訳だ」
望が呼吸を整えた。
「僕をあまり舐めないで欲しい」
「……まさか、やらせへん!」
唯莉さんがさっき発射した畳を足指で投げようとした瞬間、
「……っ!」
「ぁっ!」
望が気合を込めた声を発すると同時に拳を打ち出した。
すると倒れる唯莉さん。
「あれは遠当て……!」
そうだ、小牧さんの遠当てだ。
この前、望がいきなり崩れた謎の技だ。
次の瞬間、踏み込んでいた、望の直蹴りが唯莉さんの腹部にヒットしていた。
それでも後ろに飛んで逃げようとする唯莉さん。
小牧さんと同じく体が勝手に動いているように見える。
望の手は既に届かない。
小牧さんとは軽さが違う。
「確かに便利な技だね?」
しかし届いた。
足だ。
望の足指が、唯莉さんの耳を掴んだ。
そして容赦なく引き、地面に叩きつけた。
「これで仕上げだ。
小牧君、直すのは頼んだ。
僕は破壊しかできないからね。
だから、ここを使わせてもらった訳で」
ぽん、っと押す。
唯莉さんがビクンと跳ねた。
「勝負ありだ」
そう望は宣言した。
しかし、唯莉さんは嗚咽を零しながら起き上がる。
そしてクフフと笑い、望へと手を向け構える。
「……!」
望が警戒を強め、再度構える。
「参った、唯莉さんの負けや。
おめでとう、望。
全部出来とるわ」
笑顔を浮かべ、そして後ろに倒れた。




