3-18.カセットテープと美怜のお願い。
〇美怜〇
託されたテープを観る。
聞くための機材が無かったので、それも頂いて、今聞き終わった所だ。
「――お母さん、こんな声をしてたんだ」
イヤホンを外す。
とりあえず、感情的になってしまう自分を止められないのは仕方ないだろう。
何せ、初めての肉声だ。
私が聞くことのなかったであろう、そう言ったものが残っていたのだ。
内容もある程度は頭に入れたが、感情面が先に浮かび、理解までには及んでいない。
ゆっくり消化するつもりだ。
「美怜、終わったかい?」
と、ノックと共に私の部屋に入ってくる望。
観れば十一時だ。
そろそろいつも通りなら、望の部屋でグダグダしている時間だ。
お風呂もまだ入っていない。
「ごめん、心配させた?
フラッシュバックもしてないし、大丈夫だよ?」
そう安心させようとするが、望は私の両頬を持って顔を近づけて、見つめてくる。
そして安心させるかのように、抱き着いてくれて
「目が赤い」
頭を撫でてくれる。
柔らかい手つきで、安心させようとしてくれるのが良く判る。
だから、私は任せるままに望の胸に頭を擦り付ける。
「正直な所、感情が動きすぎて、うん。
嬉しかったり、驚いたり、ぐちゃぐちゃなんだよ」
でもね、と続ける。
「私を産むって、死んでも生むって聞いて」
あ、ヤバい。
感情が動く前兆だ、止められなくなる。
「私を、しんでもうむって……!」
涙が出てきた。
私は祝福されて生まれてきた。
初めて、そう自覚できたからだ。
お母さんが死んだ理由は自分だ、そうは意識しないようにしてきた。
唯莉さんにも、それを言ったら怒られた。
それでも消えることが無かった疑念だ。
「私はいらない子なんかじゃ、なか、った!」
ここ舞鶴で、親が居ないと虐められた経験。
要らない子と言われた。
ぐさりと刺さったその言葉は完全に否定された。
実のお母さんの言葉でだ。
「おかしいよね、嬉しい筈なのに、泣いちゃうなんて。
おかしいよね、聞いたことが無い声なのに」
それなのに、
「お母さんだって、私の奥底で理解しちゃって、とても嬉しくて!」
そこで言葉が出来なくなり、嗚咽だけが漏れる。
「変じゃないさ」
望は私が変だと思った事を穏やかな口調で否定してくれる。
「それが普通さ。
僕には実の両親は居ない。
けれども、お父さんが居て、美怜が居る。
それで僕は居場所を確認出来て、今、ここにいる意味がある。
それは昔の僕から見れば、きっと泣きたくなるほど嬉しいことだし、感情が動くことだ。
だから、君が実の母親に触れて、認められた事実は当然に、素直に、嬉しくて泣いていいんだ。
感情のままに」
私はそれも嬉しくて嗚咽を漏らし続ける。
望は私にとってこういう甘えをさせてくれる、大切な家族だ。嬉しくなる。
「落ち着いたかね?」
「うん、ありがとっ」
気付けば望のパジャマが鼻水と涙まみれになっていた。
それでも望はイヤな顔を一つせず、私の背中を撫で続けてくれた。
嬉しそうに、そして大丈夫だよと、安心させるように眉毛に弓にしてくれている。
「何というか、モヤモヤッとした気持ちが晴れ、たんだよ」
ちょっと呂律が回らない。
「人間、嬉しすぎたり、吃驚しすぎたりすると言葉が出なくなるから、無理しなくていい」
「うんっ」
そして二人で、普段使わない私のベッドに腰を押し付ける。
最近、リクちゃんが使っていたので、埃は立たない。
「水でも取ってこようか?」
気を使ってくれるが、私は首を横に振った。
一緒に居て欲しかったのだ。
「判った、一緒にいる」
と、理解を示して、手を握ってくれるのがありがたい。
いつも握っている手。
望の冷たい手が私をホンワカと、いつも通りの感情に戻してくれる。
望が私に依存になったミレトニンの原因などというが、私から見ればノゾミンの摂取源の一つである。
望を通して、私がここに居ると認識出来、少しずつ呼吸も落ち着いてくる。
「望」
「なんだい?」
ニコヤカに私を観てくれる。
だから、横に倒れて頭を膝に乗せる。
やはり嫌な顔をせず望は受け入れてくれる。
「望も私のこと、いつでも考えてくれてるんだよね?」
「当たり前だ。
ソラ君にはあきられてるけどね?」
冗談ぽく、肩をすくめる望。
「知ってたよ。
私もそうだもん」
望の口元がぺー太君みたいにバッテンの口になる。
「甘やかして、お願い。
思考がオーバーフローになってて、まともなことが言えないんだよ。
間違ってたらちゃんと否定して」
「いいさ、存分に甘やかす。
この前の件もあるしね?
で、何がご要望だい?」
こんなことは望にしか頼めない。
だから言う。
「私と子供つくろ?」
望の口元が再び、バッテンになった。




