3-17.育て親の為に育て親を売り飛ばす。
〇望〇
六道氏の目線が変わった。
僕を興味深そうに見ている。
思えば最初から答えは出ていたのだ。
僕を縛るということはつまり、彼にとって利の部分があるということで、彼はそこを強く求めていた。
つまり、利得を重視する人でもあるのだ。
「命の恩人だ。
しかも新しく生まれてくる子供も含め、二人分だ。
お父さんを縛るには十分だろうね」
僕は続ける。
もし、唯莉さんの懐妊、出産、難産が起きなかった場合はそれは利にならないと言われたら終わりだ。
所詮、たられば話だ。
現実的な利を叩きつける必要がある。
これが本命だ。
「しかも更におまけをつけよう。
今回の件、お父さんと唯莉さんの件を引っ付けた計画主との座を譲ろう」
「ほう」
六道氏が再び身を乗り出してくる。
「つまり、貴方はお父さんと唯莉さんへのキューピッドにもなれるのだよ。
その実利は目聡いあなたなら想定出来る筈だ。
そしてそれらは当然、心情的にもプラスだ。
感謝されるべきであり、その恩恵は悠莉氏とお父さんを引っ付けたときに、信頼としても味わったことがある筈だ。
そうでなければ、悠莉さんは貴方にテープを残したりしないからね!」
どうだと、観る。
六道氏は俯き、肩を震わせる。
ふと、美怜を観る。
美怜は青紫色の眼が安心した表情で六道氏を観ていた。
そして僕の目線に気づいて大丈夫だよと手を握ってくれた。
「くはははは」
次の瞬間、六道氏は笑い始めた。
「面白いな、小僧。
乗ってやろうその甘言に」
笑顔を浮かべてくるが、それは威圧だ。
初めて僕の事を望君ではなく、小僧と言った。
彼から見たらまだまだとでも言いたいのだろう。
しかし、評価は評価だ。
認めさせることが出来た。
「小僧、貴様に首輪をつけたくなったのじゃが?
九条に対しての首輪としての役目ではなくじゃの」
「僕は高いですよ」
「やはり、二人ともお前に与えるべきかの」
「二人とも頂いても良いのですが、与えられるのはご勘弁を。
二人の気持ちを無視しているし、何よりそこには強制力しかない。
僕はそれが嫌いなんでね?
ソラ君に貴方が名前を付けた理由と矛盾するのも如何かと」
「確かに、それはワシが悪いな」
くくく、と面白そうに続ける。
僕はそんな子供らしい笑みを浮かべる彼に純粋に興味を覚えた。
「しかし奥様に手綱を握らせていたとは思えないほどの気力ですね。
貴方であれば、三塚の協力は必要無かったのでは?」
「彼女は優秀で親父たちも引退させてくれた。
ワシも九条が死人のようになってからやる気がなくなってな。
親族とやりあうのも面倒になったのじゃよ」
六道氏は寂しそうに言う。
「九条が挨拶に来たのは本当にいいタイミングじゃった。
このまま妻に任せようと思ったのだが、気力が出た」
「ソラ君の件は本当に自由にさせたかったのでは?」
「それもある。
もし九条がこなければ完全引退を取引に出していたじゃろな。
ワシは約束を守る男だからのう」
「共感します。
僕も約束を守ることは、一度破って以来、絶対にしているので」
お互いに笑みが浮かぶ。
「全く、大人は汚い」
「小僧、貴様も相当に汚いじゃないか。
育て親を売りに出しているのじゃぞ?
実利で叩き売りし出したところ何ぞは大爆笑モノじゃったぞ。
くはははは。
リクからは助言として、親を攻め立てるまでしか聞いておらんはずなのにな!」
「目線の違いです。
二人には幸せになって欲しいからこそです。
恩を受けずに不幸せのままであったほうが良いとは僕は思わない。
なら、これは彼らにとっての親孝行と言う訳です。
恩を拘束とみなすかは本人次第ですし」
「そこまで言い切れるなら満点だ。
小僧の発想は正しいモノだ、心情的にも忌避感はない」
正直に答えると六道氏は満足そうにうなずいてくる。
そして僕は更に正直に答えるために続ける。
「それに僕にとって一番が、そこの美怜というだけです。
彼女の望みは叶える。
これは貴方の娘さんであろうと、上に観るつもりはない」
これだけは言っておく必要がある。
譲るつもりが無いからだ。
こういう大人は自分の妥協ラインについて腹を割っといた方が良い。
なにせ、そこさえ越えなければと損得勘定に入れて活動してくれるからだ。
心理術的にはデッド・ラインテクニックと言われるモノだ。
「くくく、ますます気に入った。
ここでその啖呵を切れるのじゃからな。
どうじゃ、ワシの養子にならんか?
九条なんかは息子といっても、かわいがらんだろうし」
「お父さんには恩がございますので、それは流石に蔑ろにしすぎです。
それに十分な言葉を貰ってますので」
「羨ましい話じゃ。
息子も欲しかったわ、ワシも。
娘二人とは最近腹を割って話せるようになったが、やはり性差で話せないことも有るでの」
「それぐらいなら僕はお付き合いしますよ」
「そういう所は良い心がまえじゃぞ?」
と言われ、六道氏に対し、リク君はクエッションマーク、ソラ君は顔を真っ赤にして怒りを見せる。
美怜は僕を取られまいと、強く僕の手をテーブルの下で握ってくれている。
「ソラ」
「はい、御父様」
「お前、凄いのに惚れおったな。
父として放置プレイしすぎて、ちょっと引け目を感じてたが感動したぞい」
「自慢の人ですわよ」
と、ニッコリとソラ君が言ってくれるのでこそばゆい。
「リクも惚れてますの!
一目惚れですの!
お腹の奥が望お兄様観ると熱くなりますの!」
「リクも良く探し当てた、偉いぞぉ。
でもその表現は、お父さんつらくなるからやめようね?」
「何故ですの?」
と無垢な瞳で見るリク君にはタジタジになる六道氏である。
流石に彼とて人である、娘には弱いのかもしれない。
ざまぁ、みろと思うのは正しい感情だと思う。
「とりあえず、酒持ってこい、酒。
盃二つだ。
小僧もやるじゃろ?」
「未成年ですので、流石に」
「警察や法ぐらいは誤魔化すから、付き合え」
悩む。どう止めるかを。
「星川さん呼んで止めてもらっていいかな、リク君」
「はいですの!
星川、ウザったい御父様を寝室に連れて行って」
「かしこまりー!
法律も守れないダメ親父はボッシュートですね!」
この後の騒動は割愛するが、無垢な正当性を持った単純な暴力には勝てないことは証明された。




