3-14.5.愉快なソラ君。
〇ソラ〇
今、ソラは格闘している。
チョコレート、生クリーム、フルーツ、ありとあらゆる材料を用意し、ありとあらゆるレシピを試したがベストが決まらない。
やる時はとことん迄やるが、ソラだ。
誕生日ケーキにおいても妥協できない。
来週日曜日、それが決戦の日、つまりケーキと格闘しているのだ。
学校から帰ると昨日の夜中から朝までに仕込んでいた全てのケーキを試食したのが今だ。
晩御飯がいらなくなる程度にはお腹が膨れている。
「ソラお嬢様、カロリーが危ないかと。
少しずつとはいえ」
と心配そうに見られている。
「ちょっと頭を冷やした方が良さそうですわね。
ありがとう」
と、自分特製のカロリー排出茶を飲む。
今まで食べることに集中していた舌が苦味で安らぐのが感じられる。
「旦那様などに食べてもらうのは如何でしょうか?
誰かの意見を聞いてみるのも一考かと」
「確かに」
自分の視野が狭くなっていたことを諭され、素直に受け止められる。
昔だったら意地でも一人でやろうとしただろうにソラは丸くなったのである。
望君のおかげである。
「なら、一口大に切ってあるから、給仕の人に分けて意見を纏めてもらっていいかしら?」
「喜んで頂きます」
箱型に作ったケーキはサイコロ上に一口大、一ホールで三十二口に切り分けてある。
それでも十種類あるので一人頭十口分になる。
一人頭、十六分の五ホールになるので、結構な重さになる。
給仕が五人おり、それでも余るので二十人分、二百口を現在勤務している黒服に分け与えるように指示する。
それでも、六名分の余りだ。
「作るのは良いけど、食べるのを考えてなかったのが敗因ですわね」
反省終わり。
ただ、結果、作ったはいいがどれにするか決められなかったのが問題だ。
「望君も美怜さんも喜んではくれると思いますけどね」
とはいえ、二人とも味に関しては確かだ。
だったら、喜ばすのなら最上に喜んでもらった方が良い。
「プレゼントもお決めになられて無いのでは?」
「そうなのよね」
と、言われ、どうしたものかと悩む。
望君へは自分をプレゼントとか行うのが最終的な手段としてあるが、勝機は半分だ。
彼は奥手というか、そういったことを拒む傾向にある。
心理的な所で攻めた方が勝率が高いことは最近分かってきた。
なら、最後までは考えるのが良い。
「あのおっぱい星人のアドバイスを受けるのも癪ですが、身に着けてもらうモノの方がいいのかしら」
正直、小牧氏への誕生日プレゼントの話は羨ましいと思った。
何故付き合ってないのだろう、あの二人はと浮かぶが、まぁいい。
その線で考えよう。
「美怜さんの誕生日は、何となく思いついているんですけどね」
と、脳裏に思い出すは、机の上に置きっぱなしにしている服装の本。
美怜さんはコーディネートすれば光る、ダイヤモンドの原石だ。
なら、女の子らしく着飾ってもらう服を一式そろえようと考えている。
「ただいまですのー」
玄関から妹の声が聞こえたので一旦、思考を止める。
今日は美怜さんと会ってから帰ると聞いていたので、遅くなるかと思ったのだが、まだ時間は六時だ。
想定より早い。
違和感を感じながらも、ケーキの件で参考にして貰おうと思いついたので、それを無視した。
〇望〇
「うわ、凄く広い……」
「だだっ広くて煩わしいだけですの」
と、リク君は自分の家を酷評する。
鳳凰寺家に来た。
家に入る前から一区画が壁で囲まれておりかなり大きい。
入口から歩いているわけだが、まだつかない。
「きちんと庭木も手入れされてるし、あ、桜の木もある」
と物珍しそうにする美怜。
確かにこの前来た時は図面で見たうえで、六道氏のポケバイで激走しただけなので鑑賞する余裕は無かった。
庭木の手入れは行き届いており、季節折々の風景を楽しむことが出来る。
お茶室もあった筈だ。
歩くこと五分、ようやく大きな玄関にたどり着く。
○美怜○
「ただいまですのー!」
「おかえり、リク」
しばらくすると、ソラさんが出てきた。
私服姿、半そでの緑色のワンピースに白のエプロンだ。
よく似合っていると思う。
「こんにちは、ソラさん」
「やぁ、ソラ君。
遊びに来たよ?」
「――っ!」
っと、顔を赤らめて引っ込み、すぐエプロンを外して戻ってくる。
「変な所をお見せしました。
客人に対して、申し訳ありません」
っと、畏まるソラさんはいつもらしくない。
「ソラ君」
「はい⁈」
「エプロン姿も似合っていたから気にすることは無いと思うがね?
僕や美怜に対しては客人として畏まられるとそれこそ困る」
「うう」
望にたしなめられ、顔をやかんの様に顔がもっと赤くなり、熱を発する。
「ソラさん多分というのは建前で、ケーキ作っているのがばれたくなかったんだと思うよ?
エプロンにクリームついてたし。
本番まで日にちがあるし、試食してたんじゃないかな?
そういうソラさんは可愛いいと思うんだよ?」
「ソラ姉様、バレバレですので今更取り繕わなくても」
「リク!
ばらしたでしょ!」
「はいですの。
口止めもされてませんでしたから」
シレっとソラさんを虐めるあたり、リクちゃんも成長している気がする。
遠慮が無くなっているのを観れて、ソラさんとリクちゃんの関係が上手く回っていることを確認でき、嬉しくなる。
「今日は六道氏とアポイントメントを取っていてね。
遊びに来たわけではないのだが」
「御父様に?」
ソラさんの頭にクエッションマークが浮かんだ。
次の瞬間、望を青ざめた表情で見る。
「許嫁の解消ですわね⁈
それはイヤですわ!」
「違う違う、そういった類の話ではない」
望は距離を詰めて両肩を持って揺らしてくるソラさんにニヤニヤとした表情で応える。
すると今度は、ソラさんの表情がまた凍り、今度はまたリンゴの様に頬を赤らめる。
「……ぇ、婚約まで進めて頂けるという話ですの?」
「「それは違う(ですの)」」
色ボケというヤツなのだろうか、それに対して望とリクちゃんは即座に突っ込みを入れる。
このままだと話が進まない気がしてきた。
「ぇっとね、リクちゃんのお父さんに親の世代の話を聞きたくて、お邪魔したわけなんだよ」
「成程、そっちの家族ですわね。
事情はお聞きしてますのでソラも同席してさせて頂きますわね。
アポイントの件は聞いておりませんがよろしいですね、次当主のリクさん?」
ソラさんの表情から感情が消える。
それを受けてリクちゃんも感情を消す。
「ソラさんの同席は御父様次第だけど、伝えておきますね。
多分大丈夫かと」
「ありがとうございます」
ソラさんの整いすぎた口調の御礼と会釈を終わると、二人とも顔の表情が戻る。
ソラさんは呆れた顔。
リクちゃんは顔を赤らめて、悔しいと顔に書いている。
「うー。
ソラ姉様に対して、アドバンテージ取りたかったんですの!」
「リク、そういう時はちゃんと口裏合わせなきゃ。
あるいはただいまの挨拶は失策では?」
「それをする際にお姉ちゃんや、望お兄様から不興を買ったら意味ないですの。
ただいまの挨拶をしなかったらお姉ちゃんに絶対、不審がられますし。
なら、自然に誤魔化すのが一番かと思ったんですの」
「失敗したら意味ないじゃないですか」
「失敗してもリスクが無いからこっちが正解ですの!」
純粋な笑みで腹黒いことを言っているリクちゃんも可愛いと思う。
新しい一面が見れた気がする。
「そしたらお菓子にケーキをお出しします。
リクは先に案内をお願い」
「はいですの、ソラ姉様」
と、言いあう辺り、これはこれで遠慮のない関係な気がした。
姉妹としては良好なのだろう。