2-43.少女と家族のこれから。
〇リク〇
道中、何も話が出来ずにいて、ソラとは隣で歩くばかりだった。
距離感が掴め切れていないのだ。お互いに。
家に帰ると、家族で食卓を囲むことになった。
三十人はかけられるテーブル、その四方向に一人一人座るのだ。
奥の上座に御父様、そして入口の下座には御母様が座っている。
いつもと逆だ。
御父様は楽しそうにしているが、御母様は明らかにイライラしている。
星川と言えば、御父様の後ろにおり、こっちに笑顔を向けてくれていたので少しばかり心が軽くなった。
ソラは着替えているので、遅れてくるそうだ。
「ただいま、戻りました」
「リク、お帰り。
どうじゃったかい、望君は?」
「ウチが初恋しただけの価値のある相手でした。
色々と勉強になりましたの」
立ったまま帰還の挨拶をする。
そう御父様へ回答をすると面白そうに笑ってくれる。
「家族、というモノに在り方も教えていただけましたし」
少しばかり嫌味っぽくなったが構うものか。
事実だ。
「リクさん」
御母様が静かにウチを呼んだ。
「鳳凰寺家のモノとして、自分がした行動をどうお考えですか?」
いつもの説教口調だ。
実権をはく奪されたというのに、ウチにマウントを取りたいのか。
あるいはこうあれと、固定概念に凝り固まっているのか。
「ソラに続いて、リク迄、あんな下品な男に……」
「御母様が連れてきた魚人の方がよっぽど下品ですの」
「家格と個人の評価とは一致しないものだとリクも理解している筈」
「なら、家格と個人の評価を伴う望お兄様を否定するのはやめて下さい」
好きな人を侮辱されたからだろうか、今まで委縮していた御母様相手なのにスイッチが入る。
最近は出てこなかった言葉口調の強いイライラとした自分、次当主としてあろうとしていた自分の人格だ。
お姉ちゃんや望お兄様の前では自分が純粋な年相応の女の子として、そして妹としての人格でいられたことが今、自覚できた。
ありがたい話だ。
「それに、ソラと比べてとか今後はやめていただけませんか?
ウチはウチでソラを超えますので」
静かに、そして小馬鹿にするように言ってやる。
今、相対している相手は私が子供としての顔を求めていない。
なら、相応にやるだけだ。
御母様は言葉を失い、顔を赤らめる。
御父様は面白そうにウチを見てくれているが、加勢してくれる気配は無い。
試されている様だ。
「リク!
私は貴方の為を思って……!」
「嘘よね、御母様のそれはリクより鳳凰寺家が先」
この人は家の為のことは確かに考えているだろう。
それこそ真剣に。
お父さんを他家より守っていたのも知っている。
だからこそ、矢面にたって家長権を行使して、家を守っていたのだから。
だが、家が先で個人は後だ。
「本当に思って頂けるのなら、それを超える方法を教えて頂けるものかと?
望お兄様も平沼・美怜お姉ちゃんも私のことを本気で思って家族のように扱ってくれて、
そして道を示して頂けました。
御母様は責め立てるだけで、リクに道を示してくれたことが有りましたの?」
答え、それは無い。
だから、顔面蒼白になり、立ち上がり、ツカツカと私の目の前に来る。
私の襟元を持ち上げる。
星川が動き出そうとするが、御父様はそれを止めている。
ありがたい、これぐらいはうち一人で越えなければならない。
「叩けばいいじゃないですか、それで気が済むのなら。
でも、貴方の言いなりになることは今後、一切ないですの」
これで叩かれてもウチが貫き通せば勝ちだ。
所詮、この時だけの暴力だ。
「――っ!」
振りあがった手はウチに届かなかった。
「ソラ!」
御母様の手を止めていた人物を見て、御母様は声を張り上げた。
着替えが終わったようだ。
「御母様、もうやめたらどうですか?
廊下からも聞こえましたが、リクはもう十分に一人前です」
「妾の子は家の事に口を出さないで頂戴!」
「イヤですわ」
否定。
今まで私が怒られているのを見ていても止める素振りすらなかったソラが動いてくれていた。
「だって、リクは私の妹なのですから。
意味のない暴力を振るわせられるのは気に食わないんです。
既に貴方の負けが決まっている状態なら猶更」
そして、軽く腕を締め上げる。
御母様がそれで悲鳴をあげるが、誰も止める者はいない。
そして放し、床に捨てる。
「リク」
「はい」
「おかえりなさい」
笑顔で言われて気づく。
御母様からはその単語が無かったことに。
私がイライラしていたのにはそれもあったのかもしれないと、思い至る。
「おかりなさいですー!」
星川も続いて言ってくれた。
空気を読めとソラに睨まれるが、何処吹く風だ。
いつも通りの私の執事で心が軽くなった。
「ただいまですの」
笑顔を向けた。
その後の食事は楽しいモノだった。
御父様とソラは終始、私の経験を楽しそうに聴いてくれた。
料理をしたこと、干したものを畳んだこと、ウチの悩みを解決してくれたこと、――お風呂のこと以外は全部話した。
御母様は時折、真っ青になりながら何か言いたそうにするが、ソラに目線を向けられると黙るしかなかった。
優越がはっきりついたようだ。
「お姉ちゃんと呼んではくれませんか?」
夕食が終わり、御父様が御母様を連れて食堂を離れた後の事だ。
星川も御父様に頼まれた用事があるとかで、ここにはいない。
呼べば来るだろうが。
さておき、御茶を二人で飲んでいるとそう頼まれた。
気の早い女である。
「お姉ちゃんは、美怜お姉ちゃんだけですの」
「残念ですわ」
とはいえ、詰め寄ってくれているのは確かだ。
それ自体はウチ自身も嫌いではない。
自分の口調が子供っぽくなっているのは、自分がソラにある程度心を許しているのだろうと自覚させてくる。
だから、
「ソラ姉様」
呼んであげた。
するとソラは嬉しそうに顔を綻ばし、顔がだらしなくなる。
何というか、隙が無く、いつも凛々しく、美人で、敵わないと思っていたソラの印象が壊れていく。
既視感。
あぁ、そうか、望お兄様のデート準備をしていたソラだ。
それと同じく隙だらけな姿をウチに見せてくれているのだ。
打算なく。
「望お兄様とは何処まで進んでますの?」
「……キスまでですわ」
恥ずかしそうに言ってくれる。
頬を赤らめて、眼を潤ませる、少女相応のモノである。
キスはしたことない、悔しい。
「ウチは一緒にお風呂に入りましたの」
だからこれを言った時、ソラの表情が固まったのを見て、ウチは勝ったと誇らしげになる。
「優しく教えて下さったんですの。
そう色々と」
嘘ではない。相談をして答えを貰ったのは確かだ。
俯いたソラの肩が震え始める。
「うふふ、リク。
負けませんわよ」
再びこっちを向いた表情は笑っていた。
嬉しく、そして正しく、私をライバルだと言ってくれている。
「ウチこそ、負けませんの。
ソラ姉様」
ウチも嬉しく思い、笑顔を向けた。
初めて、ソラと同じ土俵に立てたのだから。




