2-42.姉妹として。
〇望〇
「ただいま」
「お邪魔しますわ」
っと、美怜と隣のソラ君が家の扉を潜る。
それはテスト結果の出た日。
「リクちゃん?」
既に帰宅していたリク君がかたまったように柱から入口を見ている。
その視線はソラ君と美怜に交互に注がれてどうしようかと、悩んでいるのが判る。
「狭い家だけど気にしないでくれるとありがたいんだよ」
「いえいえ、普通の家に比べれば大きい部類かと」
リク君の過去に教訓だろう。
美怜がソラ君にそう言うが、実際は二階建てで奥行が広い家なのだ。
畳の間、机の対面に正座で座りあった二人。
最初に発言したのはソラ君だった。
「リクさん、無理矢理帰宅させようとかそう言った命令は受けてませんので、ご安心を。
むしろ、九条君の所に居れば安心だと御父様は」
「……本当ですの?」
「嘘をつく理由が有りませんわ」
お互いに距離を測りかねているのだろう。
恋敵。そして、家出次当主と妾の長女。
牽制のようなやり取り。
「リクちゃん」
その距離を打ち破るためと美怜は次の言葉を紡ぐ。
「私、勝ったよ」
「え……?」
リク君の眼が驚きで開く。
「ソラさん、手加減したんじゃ」
「それはない、僕が証明する。
美怜、点数表見せてあげたまえ」
「うん」
その点数表はすべてが満点になったおり、順位も、
「一位?」
リク君が信じられないと震わせて、読み上げた。
「僕と同じだがね?
僕のも見せるからソラ君のも見せてくれるかね?」
「はい」
ソラ君のには三位と書かれていた。
リク君は三枚の点数表を手に取ると、確かにと零し、震え始めた。
「勝てるんだ……」
「そうさ、勝てるんだよ。
言っておくが、カンニングなど不正行為はしていない。
というか、出来るような美怜に見えるかい?」
「見えませんの」
リク君に信頼を言われ、嬉しそうにニコニコする美怜。
「ソラが、手を抜いたのでは……?」
ソラ君は言われ、弱弱しい笑みを浮かべる。
「あまりソラ君を虐めるのは、良くないと思うがね?
美怜は僕と同じ点数だ。
日曜日、お見合いの件で疲れていたのだろうが、彼女は彼女なりに全力だった」
確かにとリク君は頷く。
机の下、僕の裾が握られる。
ソラ君の顔は変わらない、けれども裾を握る手は強い。
「ソラ君、少し抉る」
許可を得る。
当然に、
「はい、どうぞ」
了承が飛んでくる。
ソラ君は許可なんて要りませんのにと呟くと美怜が口を膨らませる。
僕に赤い目線を飛ばしてくるが無視だ。
後で存分に甘やかすことにする。
キスの件もある。
「ソラ君は普通の人間だ。
図書館でデートをした際に、勉強方法も確認させてもらった。
確かに効率のいい方法だった。
誰でもできるモノだったがね」
「ホントですの?」
「美怜が勝ったことで証明したね?
ソラ君は天才ではない。
あくまでも秀才で努力家だ」
一瞬、美怜に目線を向ける。
不思議そうに美怜が小首を傾げるが、今言わなくても良いことだ。
さておき、
「つまり、目的を定めて努力とその方法さえ間違えなければリク君も勝てる」
「リクが勝てる……」
リク君の幼い肩が震える。
「奪えばいいじゃないですか」
ソラ君のその言葉に、リク君の翠色の眼が見開く。
「リクさんの恋心は、たかが許嫁がいるぐらいで萎むのでしたら、逃げていいですわ。
でも、それは自分の選択であって私の責任だと転嫁しないで下さいね?」
正論で殴りつけにかかるソラ君。
「人を好きになるのをソラは止めません。
ただ、リクさんのそれはその程度何ですか?」
「違う!」
リク君が叫んでいた。
それは従前に確認していた答えだ。
「私は望お兄様が好き!
ソラにも負けたくない!
お姉ちゃんが勝てるなら私も勝てる!」
「良い顔ですわ、リクさん。
同じ人を好きになった同士ですし、望君が人に好かれるのは良いことだと思います。
ただ、ソラは望君のモノだとそれは譲らないつもりですので」
ソラ君は仁王立ちし、その目線を眼下の妹に向ける。
「掛かってきなさい」
そう宣戦布告をした。
ただスグに笑みに変わるソラ君は屈みこんでリク君に視線を合わる。
「これはソラの我が儘です。
美怜さんのように、リクにはお姉ちゃんと呼ばれたい。
半分とは言え、血のつながった姉妹ですのでちゃんと姉妹としてありたい
これだけは恋敵同士でもきっちり伝えたい。
家族になりたい」
そして微笑んで続ける。
「血の繋がらない望君も美怜さんも家族になれたんですから、きっと私たちも大丈夫ですわ」
「ぇ?」
リク君が僕と美怜に交互に目線を向ける。
そういえば僕も美怜もリク君に事実上の関係を説明していないのかと思い至る。
「ハグしたり、同じ布団で寝たりするのは家族だからで、
ぇっと、それは普通の家族のやることではやはりなくて、
いえ、家族じゃないからセーフ……?」
「あまり深く考えない方が良い。
頭がおかしくなる。
常識で考えれば理解の範疇が及ばない関係であることは確かだ」
依存症同士と言っても理解できないだろう。
自分自身、家族計画前の僕だったら理解できないはずである。
「望君、リクにバラしても良かったですよね?」
「いずれバレることさ、構わない。
リク君もこのことは他言無用で頼む」
「ぇ、お姉ちゃんは望お兄様の……何なんですか?」
「家族だよ」
美怜は問われ、寸分入れずに答える。
その青紫色の眼に一切の曇りは無く、リク君を観る。
「リクちゃんにしてあげたように、厳しい言葉も言えるし、慰めもしてくれるし、する。
お互いの関係に甘えて、遠慮がない関係。
それが私と望」
「あ……」
リク君には思い至る所があったようだ。
つまり、美怜が僕と同じように扱いをしているということに理解が及んだのか、幼い眼が見開く。
「お姉ちゃんと呼んでくれたからね?」
「お姉ちゃん……!」
感極まってと美怜に抱き着くリク君。
頭を美怜が撫でるとリク君は笑顔で嬉しそうにそれを受け入れる。
「嫉妬……しますわね」
「どっちに?」
「両方に」
ソラ君はそんな二人を観ながら、頬を膨らませる。
「ソラさんもちゃんと感情を向けてくれた。
だからリクちゃんもソラさんに感情を向けて欲しい。
そうあれるように頑張って欲しいんだよ。
いいよね、リクちゃん?」
リク君は頭をコクリと縦に振る。
満足そうに美怜は微笑み、そしてリク君を立ち上がらせて前に押し出す。
そして、赤色の真剣な視線をソラ君へ。
「ソラさん、妹をよろしくお願いいたします
もし、姉妹になれなかったらリクちゃんは私が貰います」
「そうならないように尽力いたしますわ」
ソラ君は笑みを浮かべながら立ち上がり、リク君を軽く抱きしめ、受け取った。
「うう、慣れませんの」
抱き着かれた本人は口ではそうは言いながら、くすぐったそうな微笑みを浮かべた。




