2-41.少女の決意とお風呂。
〇望〇
風呂は最後のユートピアと言ったのは誰なのだろうか。
風呂だけに湯ーとぴあ、箱根かどこかのキャッチコピーだった気がする。
上手い事言っている気がする。
僕もここだけは完全に誰にもまだ許していない。
「トイレはソラ君にぶち破られたからね……」
今となっては良い思い出だ。
髪を洗い終え、身体を洗おうと桶にお湯をためていく。
「女性の匂いがする風呂に慣れてしまったのは自分ながらどうかと思うんだがね?」
美怜は帰宅後すぐに入るのが基本だ。
対して僕は寝る前だ。
たまにズレたりするが、僕が後で入ったことは無い。
リク君も僕より前だ。
「――?」
そう思考を回していると違和感に気づく。
いつもの風呂と匂いが違う。
お湯から美怜の匂いしかしないのだ。
洗い場には確かにリク君や美怜の匂いがするというのにだ。
リク君は自分が上がったことを知らせてくれたのにだ。
シャワーだけで済ませたのだろうか?
「お背中お流ししますの!」
ドアが開いた。
リク君だった。
タオルを巻き、体は隠している。
髪は下ろしており、ストレート。
いつも幼いと思う印象が、年相応の少女のモノになっている。
胸のあたりは美怜よりは無いモノのちゃんと自己主張している。
そして確かにソラ君より発育が良い。
「――よし、あがろうかな」
とりあえず、逃げることにする。
「座ってくださいですの。
まだお風呂にも入られてませんよね?」
通せんぼされる。
ムリに突破しようかと思うが、脱衣所に別の気配がある。
美怜だろう。
どうしてくれようかと悩む。
「お姉ちゃんを叱らないで上げてください。
ウチが頼みましたの」
表情を読まれたらしく、そうリク君がフォローしてくる。
「大人しく座っていただけると、助かりますの」
「……背中だけ、頼んでいいかい。
前は流石に自分で洗う」
手をバンザイして降参の意を伝え、風呂椅子に座る。
当然、リク君に背を向けて、眼を逸らす形だ。
「前はいいんですか?
判りましたの」
不思議そうな声をあげてくるので、性知識が疎いのではないかと疑惑を得る。
思えば男兄弟も居らず、女子中学校だ。
無垢である可能性は大いにある。
はぁ、っと心の中でため息をつく。
「背中大きいですの」
「それは男だからね」
「男の人とお風呂なんて初めてですの。
というより、男性の裸を見ること自体が」
予想よりもさらに無垢だった。
汚しがいがあるとかエス気が湧きそうになるが抑える。
自分を好いてくれている人間に酷い事が出来るほど、僕は悪ではないのだ。
敵意であれば容赦はしないのだが。
「お姉ちゃんと一緒で白いんですね」
「僕も同じだからね。
他の男の人はリク君より濃い色合いになるんじゃないかな?」
「なるほど。
でわ、石鹸を泡立てて……いきますの!」
泡立てたタオルを押し付けらる。
一生懸命にやってくれているのだろう、結構な力が背中に加わる。
嬉しくなる。
しかし、ふにゅっとした感触が途中から加わる。
「……?」
疑問に思うが、前を向いたままにする。
気づいていないままなら、観測されない。
シュレディンガーのリク君の胸だ。
「お姉ちゃんみたいに圧迫感があれば、男性も喜ぶのですかね?」
独り言が聴こえるが、無視する。
観測してはいけないのだ。
観測しなければ、相手に譲歩をする必要が無い。
「終わりました。
こっち向いていただいていいですの?」
「却下だ。
勢いだけで押される僕ではないのでね?」
「押せば倒せるよ?
望、甘いもん」
曇り扉の向こうからそう突っ込みが入る。
美怜……!
どう声をあげるか悩み一瞬遅れた。
「振り向かなくてもいいですの」
僕の前へ、小さい影が移動し、
「私が行けばいいですから」
そして顔を両手で持ち上げられてしまった。
リク君はタオルを外していた。
僕は驚いた。
「水着ですの」
美怜と胸元に書かれた黒いスクール水着、一度も使われたことのない筈の一品だ。
裸よりはマシかと一瞬捉えたが、それよりも破壊力があるという感想が沸いた。
金髪と黒の組み合わせはお嬢様という属性を存分に引き出し、気品や雅を醸し出す。
そこに少女という符号である、スクール水着とリク君自身が組み合わさりギャップとなっている。
アンバランスと感じる可能性もありながらも見事に調和している。
「どうですの?」
「とても妖艶だね」
問われ正直に答えてしまう。
「お姉ちゃんの言う通りでしたの。
インパクトは重要で、押し切れると」
良かったとリク君が無垢な微笑みを浮かべると、可愛さが強調される。
僕に向けられた好意が露わになり、嬉しくなる。
「湯船、一緒に浸かって下さいまし。
洗いはさっき済ませましたので」
仕方ないなと受け入れてしまう自分は甘いのかもしれない。
美怜はここまで読んでいる筈だ。
ともあれ、抵抗するのも馬鹿らしくなった。
それにリク君がこんなことをする理由、何か相談事があるのだろう、そう想定を立てる。
考えを纏めながら僕は前を洗い、湯船へ。
「リク君、理由を聞こうか?
箱入りのお嬢様がこんなことをする理由をね?」
リク君を膝の上に乗せながら問う。
先んじて風呂に白い入浴剤を入れ、僕の急所が見えない様に配慮は抜かりが無い。
「お慕いしているからアピールですの、
ソラに勝つための」
「それだけではないのだろう?
それなら美怜が一緒に入ろうとする」
美怜とは今まで一緒に入ったことが無く、一番を譲る理由が見当たらないからだ。
ある意味で一番信頼している美怜の行動原理だ。
「……お願い事がございますの」
僕にもたれかかり、ペトリと背中を当ててくるリク君。
表情は僕に向けておらず読めない。
しかしながら、リク君の緊張した心臓の鼓動が僕に響くのは心地よく感じられる。
「リクに勉強を教えて下さい」
「普通に言ってくれればいいのに」
安堵する。
何ら普通のお願いだったからだ。
それでもそのお願いは彼女にとっては必死なのだろうことは判る。
そうでも無ければ、お嬢様であるリク君がここまでしないだろう。
「リクが戻った後、家庭教師をお願いしたいですの」
「決めたんだね、戻ると」
なるほど、その決意表明も含めてだからかと納得出来た。
「お姉ちゃんがソラに勝つと、頑張ると言って頂けて。
最初から飽きられめるのはダメだと教えられた気がしてリクも頑張りたくなったんですの。
ソラを超えることも、ソラとの仲の改善も。
自信はまだ、無いですが」
「なら、受けよう。
帰るのはテストの結果を見届けてからかね?」
「はい。
だから、望お兄様の脳裏に少しでもリクの存在を残そうとお姉ちゃんに相談しましたら、
背中流してきたらと勧められたので」
美怜、後で説教な……。
間違いが起きないだろうと信頼されているのかもしれないが。
「しかし、望お兄様、大きいんですね?
お姉ちゃんも胸が大きいですし」
そう言うリク君は自分の胸をペタペタと触る。
「ソラも背が高くて……羨ましい。
ウチも大きくなれるんですかね。
幼いと、周りを見て思うんですの」
俯くリク君の頭にポンと手を置く。
「大丈夫さ、成長期というのは一部の例外を除いて訪れるモノさ」
脳裏に唯莉さんのクフフが浮かぶ。
当然、無視する。
あれは例外すぎる。
「きっと素敵なレディになれるさ。
蕾の花が咲き誇るようにね?」
リク君が振り向く。
その彼女はマーガレットを咲かすように笑みだった。
ドキリとさせられる。
「その時はウチを手折ってくださいますの?」
「君が僕を振り向かせられたらね?」
それは十分に大人な回答だと、僕は心中で呟きながら答えた。