(3) 2人の本当の気持ち
その日は朝から多賀子と由貴は来ていませんでした。
「これは…二人でお泊りからのサボり、かな?」
奈穂と教室で待っていましたが、昼前頃に多賀子からLINEに『今から二人で行くね~(ハートマーク)』と来ました。
「二人で、って事は一緒にいるって事だよねぇ?奈穂ちゃんどう思う?」
「まぁ、そう言うことなんでしょうねぇ?」
二人顔を見合わせて笑いました。
奈穂と二人、今日は学食でご飯です。
ウチの学校は当たり前ですが女子大なので、お昼の学食は女の子ばかり。
いつもにぎやかな感じはしますが、今日はちょっと雰囲気が違いました。
「なんか、あの辺人が集まってない?」
奈穂が指差す方向を見ると、確かに人が集まって、ザワザワと騒いでいます。
見ていると、集団の真ん中辺りにちょっと背の高い人がいます。
「あれ、3年の亀山ちはる先輩だよ。」
後ろから急に話しかけられて驚きましたが、振り返るとそこには多賀子と由貴がいました。
「誰かと思ったー。今来たの?」
「ふふふ。二人のお食事邪魔してごめんね?」
「ううん、もう食べ終わったから平気よ♪」
あたしも多賀子も意味もなくニコニコしながらの会話です。
「あの先輩、そんな人気あるの?」
「そうね、見た目も宝塚っぽい感じだし、あの雰囲気に結構ファンも多いのよね。」
「ふ~ん?」
改めて見てみると、短めに刈った髪の毛に少し濃い目の印象のメイクで、確かに宝塚の男役みたいな雰囲気もあります。
背が高く足も長いので、そこに立っているだけでも目を引くのはわかりました。
ただ、あたし的には趣味ではない…な。
「でもね、あの先輩悪い噂多いよ。気に入った子は片っ端から食い散らかして、飽きると捨てちゃうって。」
「ええっ?恋人が多いとかそう言うことじゃなくて?」
「うん、それも、気に入った子がなびかなくても、手に入れるためにはストーカーまがいのことをしたり、飲みに連れてって酒で酔い潰すことも平気でやるらしいし。」
「それって、相手にされなかった子の僻みとかじゃなくて?」
あたしは少し驚きました。多賀子がそこまでの悪口を言うことは今までほとんど聞いたことがありませんでした。
「ううん、事実よ。実際やられた子から聞いたりもしたし。私はそう言うの嫌いだから、どうしても意識しちゃうのよね。」
心なしか多賀子が睨んでるようにも見えました。
その話を聞いてから見ると、周りの子達は楽しそうに取り巻いているし、にわかには信じられない感じがしましたが、かと言って多賀子が嘘や悪意で言う事はないでしょうから、恐らくは真実なのでしょう。
少し複雑な気分になりました。
「あ、そういえばちょっと私、先生に呼び出し食らってて、由貴と一緒にちょっと行ってくるから、午後の教室で待っててよ。」
そういい残して、多賀子と由貴は行ってしまいました。
食堂を後にし、奈穂と二人で授業の教室に向かって歩いていると、まさにさっき見た、取り巻きを連れた亀山先輩が前から現れました。
触らぬ神に祟りなし、とばかりに奈穂と二人で避けようとした時です。
「ねぇ、君、かわいいね?」
少しハスキーな声で呼び止められました。
どっちだ?!あたしは咄嗟に思い、亀山先輩の目を見ましたが、間違いなくその目はあたし…ではなく、隣の奈穂に。
「今まで学内で見かけなかったのはなぜだろう。神様のいたずらかな。ねぇ、君、私と少し付き合わない?」
亀山先輩が奈穂にそんな声をかけるのを見て、取り巻きの子達がざわつき始めました。
「ちはる先輩!そんな子に声かけないで下さいっ!」
「私たちと遊んでください!」
でも、亀山先輩にとってはどこ吹く風と言う感じです。
「ねぇ、ちょっとだけで良いよ、少しお話しよう?」
そう言いながら亀山先輩は奈穂の腕を掴みました。
「薫ちゃん!」
奈穂の悲鳴のような声が聞こえました。
「奈穂ちゃん!待って!」
あたしが奈穂を取り戻そうとした時、二人の間に取り巻きが割り込んできました。
「ちょっと、ちはる先輩がお話したいって言ってるだけじゃない!」
「あんた、何の権利があってちはる先輩の邪魔するの?」
数名の取り巻きさんたちに邪魔されて、あたしは奈穂たちを追えなくなりました。
「あの子の恋人だからよ!」
それでも取り巻きは私を囲んで離しません。
「だからって話しちゃダメってことは無いでしょ?」
「どんだけ独占したいの?彼女だからって他の人と話したらダメとかどんだけ束縛なの?」
イライラと言うか、あたしはもはや爆発寸前でした。
「もう、いいから、どきなさいっ!」
そう言って取り巻きの間に割って行くと、既に亀山先輩と奈穂の姿は見えませんでした。
---どこに行ったんだろう?
とにかく、奈穂の行ったところを探さなければなりません。
と言っても、どこに行ったかわかりません。取り巻きも当てにならない、というか、教えてくれるとは思えない…。
そう考えた時、ふと多賀子の事が頭をよぎりました。
もしかしたら、何か知ってる事あるかも。そう思うと、あたしは多賀子に電話しました。
「もしもし?奈穂が亀山先輩に拉致された!」
『マジで?どこに?』
「それがわかんないの、何か知らない?」
きっと必死で思い出してくれているであろう、そんな沈黙が一瞬流れた後。
『そうだ、駅前のカラオケに先輩がファンと一緒に集まるって聞いた気がする。取り巻きがバイトしてるんで、VIPルームを良く使わせてもらってるって聞いたことあるかも。』
「駅前のカラオケね!ありがとう!」
電話を切るよりも早くあたしは駆け出しました。
とにかく、奈穂の無事だけが気がかりです。
「奈穂に何かしたら、絶対許さない!」
叫びながら駅前に向かって走っていました。
ようやく駅前に着きました。
お店自体は、普通のカラオケ屋です。店員が取り巻きだと言う事だけですから、普通に入店します。
「いらっしゃいませー!」
カウンターに大学生風の女子が二人いました。お店のエプロンをかけて、営業スマイルで待っています。
あたしも精一杯の笑顔を装いながら、カウンターに近づきました。
「ええと、亀山先輩、来てます?」
その言葉を聞いて、二人の表情が変わりました。カウンターで応対している子はもう一人の目を見ています。
「来てるんでしょ?入らせてもらうね。」
「いっ…いえ、来てないですよ、どなたですか?」
うろたえた様子でカウンターの子があたしを止めようとしました。
「あたしの恋人を連れてかれてるのよ。取り返しにきたの。」
あたしは声色にドスを効かせて、カウンターの子を睨みながら言いました。
それを聞いて、カウンターの子は少し表情を変えました。
「ちはるさんに会いたい人じゃないんですね。」
「いや、ある意味会いたいんだけど、決していい意味ではないわね。」
そこまで言った時、もう一人の店員の子が口を開きました。
「ちはる先輩の追っかけがたまに現れるんで、止めるようにしてるんですよ。でも、ちはる先輩すぐ女の子連れ込んでくるから、私たちもちょっと…。」
そっか…。この子たちは、亀山先輩の事が好きなわけだから、先輩が他の子を連れ込んでくるのはあまり嬉しい事ではないんだ。
そう思うと、彼女たちもかわいそうに思えてきました。
「やっぱりVIPルームに来てるの?入らせてもらうわね。」
「ええ、います。入ってからまだそんなに時間経ってないから、まだ大丈夫だと思いますけど…。」
最後まで聞かずにあたしは部屋を目指しました。
カラオケ屋なので、プレートがついているし、店内の案内図もあります。
迷わずまっすぐVIPルームのドアを見つけ、開けました。
「奈穂いる?」
部屋の中は広めで、低いソファが部屋をぐるりと囲んでいます。そして、そのソファの上に、先輩が奈穂を押し倒し、押さえつけているのが見えました。
「何してるんですか!」
あたしは駆け寄り、先輩を突き飛ばしました。
「奈穂、大丈夫?変なことされなかった?」
話しかけましたが、奈穂はちょっと興奮状態です。
「大丈夫!絶対嫌なんだから。」
奈穂の目がこちらを見ていないことに気付き、あたしは奈穂を抱きしめました。
「奈穂、あたしが助けに来たから、もう大丈夫だよ。」
背中を軽く叩いていると、奈穂が少し落ち着きを取り戻してきている感じがします。
振り返ると、亀山先輩が苦笑しながらこちらを見ています。
「君がこの子の恋人かい?君の彼女は古風な子だね、君への操を立てている。そんなことしなくても、この私の誘いを受けて、ひと時の悦びに溺れてしまえばいいのに。」
「嫌です!私は薫以外に興味がありません!」
奈穂が、今まで見たことの無い攻撃的な目で亀山先輩を睨みつけ、大きな声で断りました。
「なぜなの?私に誘われて嫌がる気持ちがわからないなぁ。あ、ちょっといいかも?とか思わなかった?」
「思いません!好きでもなんでもないからです。女の子なら誰でもあなたの事を好きになると思ったら大間違いですよ!」
奈穂の勢いに圧されたのか、亀山先輩の元気がなくなってきました。
「ホントにダメ?私が君の事を気に入ったって言っても、興味持ってくれないの?なんか、カッコいい人だな、とか、きれいな人だなー、とか思わなかった?」
「持ちません!全く、1mmも、興味が無いです。」
全否定を食らったからか、亀山先輩がすっかり肩を落としてしまいました。
「そこまで否定されたの、初めてだよ…。みんな私に興味持ってくれるのに。」
力なくソファに腰を落とした亀山先輩を見て、あたしは少し哀れな気持ちになりました。
「先輩、今でも十分モテてるのに、なんで他の女の子にばかり興味を持つんですか?今、先輩の周りにいる子たちが悲しんでますよ。」
「私はね、自分がどれだけモテるのか確かめたいんだよ。人から好かれていないと、不安になってしまうんだ。」
「新しい子に興味を持つ代わりに、今好きでいてくれている子たちが悲しんで、離れていってしまいますよ。最後には誰も残らないんじゃないですか?」
亀山先輩はそれを聞いてがっくりと頭を下げてしまいました。
「完敗だ。もう一度自分を磨きなおさなければならないな。再び自分に魅力がついたと思えたら、君たち二人をもう一度口説きたいのだが、受けてくれるかね?」
それを聞いて、あたしは奈穂と顔を見合わせ、声をそろえて答えました。
「時間の無駄だから、お断りします!」
亀山先輩はソファに完全に崩れ落ちました。
それを、さっきの二人がドアの外から不安そうな目で見ています。
「あたしたちはもう帰るから、先輩の事慰めてあげてもらえる?」
あたしは二人に声をかけました。
あたしたちが部屋を出るのと入れ替えに二人が入ってきます。
「ちはるさん!」「大丈夫ですか?」
二人が亀山先輩の脇に駆け寄っていくのを見ながら、部屋を後にしました。
店を出て、あたしたちは学校の方に向かっていました。
ようやく落ち着いてきたと思われる奈穂はずっと道路を見つめて歩いています。
「ごめんね、奈穂ちゃん。あたしと付き合ってることにしてもらっていたから、かえってこんな事に巻き込まれたんだよね。ホントは奈穂ちゃんはそうじゃないのに。あたしが言い寄ってくる人を避けるために付き合わせたから、こんな事になったのよね。」
それを聞いて、ようやく奈穂はあたしの方を見てくれました。
「私は無理やり付き合わされてたわけじゃないよ、薫ちゃんが困っているなら助けたいと思ったし、一緒にいてずっと楽しかったから、彼女ってポジションはむしろ楽しいもん。」
あたしはそれを聞いて、ますます悲しくなりました。奈穂はあたしが落ち込んでいるのを見て、力づけてくれようと言ってくれたのでしょう。こんな子だから、あたしはやっぱりこの子の事が好きなんだ、と実感できました。
でも、あたしは本当は奈穂のことを騙している。
「そう言われると、むしろ申し訳ない気持ちで一杯になっちゃう。」
「どうしたの、薫ちゃん?」
奈穂があたしを心配してくれている事が痛いほどわかりました。だからこそ、本当の事を言わないといけない、と決心がつきました。
「恋人のフリをしてもらったのは、言い寄られる事を避けたかったわけじゃないの。あたしは本当に奈穂ちゃんのことが好きなの。だけど、奈穂ちゃんが同じように思ってくれるかわからなかったから、フリをするって口実で一緒にいたかっただけなのよ。結局、あたしばっかり良い思いして、奈穂ちゃんには今日みたいな嫌な思いをさせて、こんなのおかしいよ。」
あたしは足を止めました。奈穂がこちらを見て、黙っています。
「もう、やめよう。変なことに付き合わせて、本当にごめんなさい。」
とうとう言ってしまった。これで、奈穂もきっと元の生活に戻ろうとするでしょう。
あたしも一人に戻るだけ。この数ヶ月、楽しかったけど、やはり本当の気持ちを伝えずにいる事は、自分が許せませんでした。
それを聞いた奈穂は、少し下を向いて、目を閉じています。
騙されていたという事に気付いて、あたしの事を軽蔑しているのでしょう。
もう二度と口を利かないことになったとしても、奈穂が安全に、そして幸せに学校生活を送れるほうが大切です。
例え罵られても受け入れよう、そう覚悟を決めたところでした。
「気付いてたよ、薫ちゃんは私のことホントに好きなんだろうな、ってのは。」
奈穂は少しだけ微笑んであたしを見てくれました。
「ごめんね、騙して。本当に好きだから、一緒にいたいだけじゃなくて、奈穂ちゃんが楽しく学校生活送れるようにできたらいいなと思って。だって、好きな子の笑顔、たくさん見たかったんだもん。」
奈穂の微笑みに少しだけ救われながらも、あたしはもうこの楽しい時間の終わりを感じていました。
「謝らないでよ、薫ちゃんのおかげで私、イジメられる前のように、いや、それよりももっと楽しい生活が送れてるんだよ。薫ちゃんが声をかけてくれたからだよ。ホントに薫ちゃんに感謝してる。」
「でも、あたしは本当は自分の気持ちを隠して…。」
「そこだって、薫ちゃんが私のこと好きなんだろうな、ってことには気付いたんだけど、薫ちゃんはずっとそれを隠したままで『恋人のフリ』でいてくれたじゃない。一緒に寝ていた時だって変なことひとつもせず。」
「だって、奈穂ちゃんが嬉しそうにしていたから、それ見ているだけであたし…。」
「そうやって、薫ちゃんが私のそばにいて、私の事を気に掛けてくれていたから、毎日が楽しかったんだよ。私、もっとかおるちゃんと一緒に過ごしたい。」
奈穂があたしに笑いかけてくれました。その笑顔を見ただけで、泣きそうになります。
「ありがとう、奈穂ちゃん。私はやっぱりあなたのことが大好き。奈穂ちゃんは私のこと好きにならなくていいから、これからも友達として、一緒に笑って過ごしていたいな。」
良かった。大学生活の間、奈穂と一緒にいられれば、あたしはそれだけで幸せだ。好きという気持ちはあたしの心の中だけにとどめて、友達として過ごしていければ、そう思いました。
ところが、奈穂は微笑んだままあたしの顔を見て、言いました。
「それはダメ。」
心臓をつかまれたような感覚が走りました。そして、少しでも幸せな気持ちに浸ってしまった自分を恥じました。
「…そうだよね、奈穂ちゃんはその気はないんだもん、女から好きって思われてるのは迷惑だよね。」
もう奈穂の目が見れません。ああ、人を好きになる経験をして、フラれる経験も全部済ませることができるんだな、そんな馬鹿な事を考えていたその時でした。
「違うよ!私だけ楽しく過ごすなんて事はできないよ、ってこと。薫ちゃんにも、笑って過ごして欲しいの。」
「どういうこと?あたしは、奈穂ちゃんのそばにいられるだけで嬉しいけど…?」
何を言われているのかわからなくて、奈穂の顔を見つめてしまいました。きっと、間の抜けた顔をしていると思います。
「あのね、薫ちゃんがいっつも私の事を気に掛けてくれて、私のために色々してくれて、そうしているうちに、私も薫ちゃんがいないとダメになっちゃったみたい。」
そう言いながら、奈穂ちゃんはあたしのそばに来て、手を握りました。
「私も、薫ちゃんの事が好きなの。フリじゃなくて、ホントに恋人になって欲しいな。」
一瞬何を言われたかわからない感覚になり、その後、全ての感情が飛び込んできて、反射的に奈穂の事を抱きしめてしまいました。
「痛い!薫ちゃん、落ち着いて!」
「無理!落ち着けない!信じられない!」
そう言いながら、涙が止まりませんでした。
人を好きになるだけじゃなくて、その人からも好かれるってこんなに嬉しいんだ。
奈穂のぬくもりを感じながら、かみ締めていました。
結局、学校までは戻らず、学校と駅の間にある公園で多賀子たちと待ち合わせしました。
あたしはもう目の周りを真っ赤にして、奈穂と並んでベンチに座っていました。
いつものように多賀子と由貴は腕を組んで歩いてくると、あたしたちに気付いて寄ってきました。
「なに?薫なんでそんなに泣いてるの?おなか痛いの?」
またいつものように多賀子がニヤケながら茶化して来ました。あたしはピースサインを多賀子に返します。
「今幸せの絶頂を味わっているのだよ、多賀子くん。」
「宝くじ当たったならおごってよね?」
「宝くじよりも嬉しいね。奈穂と正式に付き合うことになりました!」
あたしは奈穂の肩を抱き寄せて、多賀子たちに高らかに宣言しました。
が、多賀子も由貴もきょとんとした顔です。あ、フリの事言ってなかったな、と気付いて、付け足しました。
「あ、今まであたしたち、付き合ってるフリをしていたのよ、言ってなかったけど。」
でも、まだ表情が変わりません。
「フリって…あんたたち完全に恋人同士の雰囲気だったけどねぇ。奈穂ちゃんが薫を見る目とか、もうそのものだったけど。」
「ええっ、そうなの?」
あたしは奈穂の方を見ました。むしろ奈穂が恥ずかしそうな顔をしています。
「奈穂ちゃんの気持ちも隠せなかったってことじゃないの?まぁ、何にせよこれでまた4人の関係が強固になったって事で!また旅行行く?」
多賀子が嬉しそうにあたしと奈穂の肩に手を置きました。
「いいね!行こうよ、この4人であちこち行ってみたい。」
あたしはみんなの顔を見回しながら、これからの楽しい事に思いを馳せました。