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Pretended Lover  作者: よう
2/3

(2) 仲良し4人で温泉

奈穂が合流してから数日が経ちました。

教室では4人並んだりして、一緒に授業を受けるようになりましたが、まだ奈穂はなんとなくみんなに馴染みきれていません。

まぁ、あたしともまだまだぎこちなさがあるんですが、それでも一緒に過ごす時間が増えるごとに親しくなれている気はしています。

午前中の授業を終えると、多賀子が片づけをしながら言い出しました。


「おなかすいたー!ご飯行こ、今日は学食ね!」


あたしも由貴もいつものようについていくつもりだったのですが、奈穂がちょっと躊躇っている様子。


「どしたの、奈穂ちゃん?」

「んー、私がいるとみんなが楽しく話すのの邪魔になっちゃうかなぁって思って…。」


それを聞いた多賀子が、急に真面目な顔になって奈穂の肩に手を置きました。


「まだ私たちとも慣れてないだろうから遠慮してるのかも知れないけど、せっかくだし、色々話とかしてお互い理解をしていきたいなと私は思ってるの。だめ?」

「ええと…邪魔じゃない?」


多賀子はニッコリ笑顔になり、奈穂のそばでくるっと回りました。


「邪魔なわけ無いじゃん!薫の彼女なのにさ!ね。行こうよ?」

「うん…そしたら、行きます。」


奈穂が行く意思を示したことで、多賀子は由貴と腕を組み、あたしたち4人は学食に向かいました。


4人でご飯を食べるのもなかなか新鮮です。それに、すっかり雰囲気の変わった奈穂は、どこにいても人の目を引きました。

今日も、食べ終わって雑談しているところ、奈穂に声をかけてきた女性がいました。

何年生なのかもわかりませんでしたが、少しきれい目な感じの女性です。


「ねぇ、あなたかわいいわよね、付き合ってる人とかいるの?」

「え…いや…あの…。」


奈穂は急に話しかけられたからか、答えに詰まっています。

ずばっと断ってくれたらもっと惚れちゃいそうですが、奈穂の性格じゃそれは難しいでしょう。


「あたしが、その子の恋人ですけど?」

「あら…あなたが?ごめんなさいね、かわいい子だったので、気になっちゃったの。お邪魔しちゃったわね。」


なにあれ。嫌な感じ…。いや、でも、ウチの学校じゃ結構あることか。とは言え、奈穂もなんだか不安そうな目になっています。


「やっぱりかわいいから、声掛ける人出てきたねぇ。」

「なんか急だったから…どうすれば良いかわかんなくて…。」


そんなうろたえる奈穂を見て、多賀子は笑いはじめました。


「あはは、奈穂ちゃん的には薫よりもさっきの人の方がタイプだったんじゃない?あの人、結構綺麗だったよね?」

「え?あたしのほうが魅力無いってこと?ヤバい!奈穂ちゃん、捨てないでぇ!!!」


多賀子の言葉に合わせておどけた返しをしながら、多賀子の心配りと巧みさに感心しました。

不安そうな雰囲気のままで話すのではなく、一度笑いに変えてしまう。

奈穂はうまく対応できなかった事を気にしてしまうかも知れなかったところを、多賀子がいい感じに笑いにもってきてくれたおかげで、つられて笑っています。


「捨てないでくれるよね?これからは、ああ言うの断るのはあたしの役目ね!変な虫がつかないようにするから。」

「変な虫って、薫の方だったりね?薫さえいなければ、奈穂ちゃんってかなりモテるんじゃないかなぁ?」

「もう!多賀子ぉ!!」


ひと笑いして落ち着いたところで、多賀子が飲み物を買いに席を立ちました。

すると、今までニコニコしているだけだった由貴が、急にあたしたちに向かって話し始めました。


「ねぇ、カコちゃ…あ、多賀子ちゃんってさ、あんな感じで適当っぽく見えるからあまり人の事を気にしてない風にも見られがちなんだけど、ホントはものすごく人付き合いを大切にする子でね。」

「あー、それ、わかる。最初に会った時から、なんとなく多賀子ってまず相手と仲良くなることにこだわってる感じしたもんね。」

「そうそう。だから、この前話してたとき多賀子ちゃん言ってたんだけど、奈穂ちゃんと一緒に過ごすようになったから、もっと仲良く過ごせるようになりたいな、って考えているんだよ。」


めずらしく喋る由貴の姿が意外だったようですが、奈穂もそういわれて少し嬉しそうでした。


「ありがとう。なんか、私みたいなのがお邪魔して申し訳ないなって思っていたけど、もっとみんなと仲良くできるようにしていきたいな…」


そんな話をしているところに多賀子が戻ってきました。


「あれ?なになに、何の話してたの?」

「多賀子を褒めていたのよ~、いない隙に。」

「えー、そう言うの、どうせなら本人の前でやってほしいんですけど?」


4人揃って笑ってしまいました。

それにしても、多賀子も由貴もしっかり考えてるんだな、と思いました。

あたしももっと、人との関わり方を考えていかないとなぁ、と思わされたひと時でした。



午後の授業が終わった後、多賀子が本を買いたいと言うので、学校から少し歩いたところにあるショッピングモールにみんなで行く事になりました。

平日のショッピングモールは人もあまり多くなく、4人でなんとなくあちこちのお店を覗きながら、散歩感覚です。


「結構暑くなってきたよね。夏物もう少し買いたいなぁって思うんだけど…。」


多賀子と由貴が腕を組んで歩いています。この地域はウチの学生も多いので、女同士で腕を組んでいても変な目で見られないのはありがたいことです。

あたしと奈穂は手を繋ぐことはしていませんが、並んで歩きながら、あれこれと話をしていました。


「ねぇ、薫ちゃん、夏になって、Tシャツだと変かなぁ?」

「それは…どういう物かにもよるけど…?」

「んー、買ってから結構経ってるかも。」

「それなら、買っちゃってもいいんじゃない?また今度買い物に来ようよ?」


この前の買い物以来、なんとなく奈穂の服装を選ぶ係になっています。

それはそれで楽しいのですが、奈穂はあまり服を買ってきてなかったみたいです。高校時代はいつも制服で過ごしていたのか、それとも、お母さんが買ってくるようなご家庭の娘さんなのか…?

まだそれほど深い話もしていなかったので、事情はわかりませんでした。


お目当ての本屋にたどり着き、多賀子は欲しい本を買いに行きます。

あたしたち3人は旅行雑誌のコーナーの前で立ち止まりました。

北海道、沖縄、大阪、ハワイ、色んな文字が並びます。

ふと、その中にあった「温泉」の文字に目が留まり、本を手に取りました。


「みんなで旅行とか行ったら面白そうじゃない?あたしたち大学入ってから知り合ったから、泊まりとかしたら面白いよね。」


そんなことを言いながらページをめくると、露天風呂や高級そうな温泉旅館の写真が並んでいて、ちょっと興味をひかれます。


「温泉?みんなで行く?面白そうだね!」


急に後ろから声をかけられびっくりしましたが、多賀子が買い物を済ませて帰ってきたところでした。

少し歩いたあたしたちは、そのままコーヒーでも飲みながら休憩しよう、と店に入りました。


ちょっとソファの低い喫茶店で、コーヒーを置きながら多賀子が前のめりになってきました。


「さっきの温泉の話、ホントに行こうよ。」

「みんなが良ければ実行したいよね。修学旅行とかみたいで楽しそう!」


多賀子とあたしがやりとりしているのを、奈穂と由貴がうなずいて聞いています。


「私さ、修学旅行、行ってないのよ。その頃学校でちょっと色々あってね。だから、仲の良い友達と一緒に泊まりに行くって、憧れてるの。」

「え、意外。多賀子ってそう言うの積極的に出席して、みんなを引っ張っていくタイプかと思ってた。」

「うーん、まぁ、基本的にはそう言う性格なんだけどね。高校時代さ、ちょっとみんなと距離開いちゃってたんだよね。」


多賀子がコーヒーを両手で持ちながら、ちょっと遠くを見ていました。

横を見ると、由貴は不安そうな顔をしているので、知っていることのようです。

多賀子は、コーヒーを一口飲むと、決心したように話し始めました。


「ま、隠しても仕方ないんだけど、高校生の頃ね。もう私は女の子が好きでね。クラスに気になってる子がいたのよ。で、その子も私とはすごく仲が良くて、いつも一緒に遊んだりしていたのよね。」


話し始めた多賀子の手を、由貴がそっと握りました。


「で、告白しようかどうしようか悩んでいたんだけど、ある時つい、私の気持ちを伝えてしまったの。そしたら、やっぱり女同士は嫌って言われて。それどころか、クラスの子達に、私がレズビアンだって言いふらされて…。」

「それはひどい!」

「まぁ、私はある程度覚悟はしていたし、仕方ないかなって思ったんだけど、そしたらさ、修学旅行で一緒に風呂入るの嫌だとか、同じ部屋で寝たら襲われるとか、みんなが言い出して。」

「そんな…。」

「そう言うわけで、修学旅行は行かなかったの。だから、みんなと旅行行けたら楽しいだろうなって。」


話し終わってコーヒーをまた一口飲んだ多賀子は、隣にいる由貴に「ありがとう」とそっと言うと、握っている由貴の手を撫でていました。


「行くよ!あたし、一緒に行く。お風呂も一緒に入るから、絶対!」


変に力が入ってしまいましたが、あたしはそう言いたく、いや、言わなければならない気持ちで一杯でした。


「ありがとう、薫。そう言う感じだったから、私ね、大学入って、仲良くなれた子の事は本当に大切にしたいと思っているし、みんなが心から楽しいって思えるように過ごしたいのよね。」


昼に多賀子のやり取りを見ていたときから思っていた、多賀子の人とのコミュニケーションの上手さは、身内に対しては多賀子のそう言う気持ちからきているのでしょう。

そして、外に対しては辛い経験から相手と諍いを起こさないように事を収める方法をきっと多賀子なりに工夫してきたのでしょう。


「まぁ、この学校来たからあまり遠慮しなくて済んでるのも助かるし、少なくとも私たち4人はみんな同じ趣味だから遠慮することは無いのよね。」


多賀子はそう言いましたが、そういえば奈穂は別に女の子が好きなわけじゃないだろうし、話に合わせてくれるかな?と思ってそっと隣を見ました。

すると、あたしの隣に座っている奈穂は、力強くうなずいています。


多賀子は話し終わって少しホッとしている感じでした。由貴はまだ手を握っています。ちょっとうらやましい距離感です。


「それにしても、多賀子と由貴って仲良いよね。入学してから出会った、って感じじゃない気がするけど、高校一緒じゃないよね?」

「あ、うん、実際に会ったのは受験の日が初めてだけど、私たちその前から知り合いだったのよね、同じ趣味の子が集まってるSNSで。」

「そう言うことだったんだ?」

「そうなの。だから、由貴が私の事をカコって呼ぶのはその時使っていた名前だからなのよね。大学受験しなきゃーって話をしたら、由貴も同じタイミングで、同い年だってわかった辺りから親しくなっていった感じかな。」


由貴も微笑みながら会話に参加してきました。まだ手は握ってますけど。


「カコちゃんはさ、高校時代のアレがあったから一時期学校行くよりもこっちで話している時間の方が多かったような時期があってね、その頃いろんなこと話して、仲良くなったの。」

「写真交換したら由貴がすごい可愛くて、あ、これはもうヤバイ、って思ったもん。」

「えー、それはカコちゃんも一緒だからね?早く会いたくて、受験の日、終わった後会おうって話になってたから、もう早く答案書いて教室出たいって思ったくらい!」


二人のやり取りを見ていて、すごくうらやましく思いました。この二人は、お互いのことが好きなんだなって。

あたしも奈穂の事を好きだと思えることがわかったけど、これはあくまで恋人のフリ。

奈穂があたしの事を好きになってくれることはきっと期待できないから、こういう関係になることは難しいんだろうな。


けれども、せっかく奈穂が一緒にいてくれるようになったわけだし、これは自己満足かもしれないけど、奈穂の事をもっと大事にしていきたい。

多賀子が言うような、みんなが楽しく過ごせるように、は当然だけど、あたしはそれ以上に奈穂が楽しいと思ってくれるようにしていきたい、と思ったのでした。



「そういえば旅行の件、親の関係で宿安く取れそうなんだけど。」


多賀子の言葉で、夏休みのイベントはとんとん拍子に決まりました。

箱根のちょっとお高い温泉旅館に泊まれるとのことで、4人で温泉旅行です。


夏休み前からみんなで行くところを相談したり、夏休みに入ってからも毎日LINEで『あと何日だね』とカウントダウンしながら待ち望んだ当日がやってきました。

朝ちょっと早く起きると、天気も良く、出発前から幸先のよさを感じました。

集合場所の新宿に向かっている時から、もう地に足の着かない状態です。みんなで旅行と言うのも楽しいし、奈穂と泊まりと言うのも嬉しくて。

箱根行きのロマンスカーに乗って、4人で向かい合わせの席に座ると、早速車内販売でアイスだのお菓子だのを買って、おしゃべりの始まりです。


「なんだろ、こういう時って、普通のアイスとかなのになんとなく特別なもののような感じがするよね?」


多賀子は嬉しそうに食べながら、何度も繰り返すように言っていました。

あたしも、大学に入ってから知りあったこの4人で旅行に行くんだ、と言う気持ちが普段以上に笑顔にさせてくれます。

見渡すと、奈穂も由貴も笑顔でした。


ロマンスカーの座席は左右の間に肘掛が無いので、二人で並んで座るとぴったりくっつけました。

ふと見ると、アイスもお菓子も片付けた多賀子と由貴は手を繋いで、外の景色を見ています。


「ねぇ、あれってなんだろ?」なんて言って、窓の外を指差したりしながら、二人でぴったりくっついています。


この二人は仲良くていいなぁ、と思いながら隣にいる奈穂を見ると、意外にニコニコしながら二人を見ています。そして、あたしの視線に気付くと、近づいてきて、耳のそばで囁きました。


「二人とも楽しそうでいいよね。」

「そだね、でも、あたしも今日を楽しみにして来てるんだからね?」

「え、それは私もだよ?こう言うの、大学生らしくて良いなぁって思って。それに、みんなで泊まりだなんて、ちょっとわくわくしちゃうな。」


そう言いながら奈穂があたしに近づくのを感じて、密かに気持ちが昂ぶりました。


ああ…もうこのまんま抱きしめたいくらい!


そんな気持ちを押さえつけながら、ちょっと気取った微笑で返します。


「でも、あの二人、電車の中でだいぶ距離近いよね?」

「そっか、なんかすごくいい雰囲気だから、自然に見ちゃってた。仲のいい二人って感じだから、大丈夫じゃない?」


思ったより二人を見る奈穂の言葉が否定的じゃないので、少し安心しました。


箱根に着いてから、まずは観光、と言うことで登山鉄道、ケーブルカーと乗り継いで来ました。

ロープウェイに乗るときは、ちょうどタイミング良く、ゴンドラにはあたしたち4人だけで乗りました。

大勢乗れるゴンドラの中に、気心の知れた4人だけがぽつんと乗っている状態。


「貸切だね。ロープウェイ乗ってる間は、思う存分イチャイチャできるよ?」


多賀子はそう言いながら由貴に抱きついています。


「ほどほどにね、途中から乗ってくる人もいるかもしれないからね?」


そんなことを言ってはみましたが、奈穂との恋人関係は仮の姿。奈穂はイチャイチャはしてくれないだろうしな、と思うと少し寂しくなります。

多賀子と由貴が座っているすぐそばに二人で座りましたが、隣にちょこんと座っててくれるところまでしか望んでいませんでした。


ところが。


奈穂は「朝早かったからちょっと眠い…」などと言いながら、あたしの肩に頭を乗せて、あたしの腕に手を置いて目をつぶりました。

多賀子はこちらを見てニヤニヤしていますが、あたしは表情を変えないまま心臓の鼓動が最速のビートを刻んでいます。

あまりの幸せに魂が抜けかかりました。


この時間がいつまでも続けば良いのに…と思っていましたが、あっという間に終わりはやってきます。終点に到着しました。

ロープウェイを降りた後は、普通の観光地、仲良し女子大生4人旅、と言う感じを振舞って、あちこちを観光して回りました。

普通に回るだけでも、この4人で行動していると楽しくてあっという間に時間が過ぎて行きます。

なんとなく、みんなで同じ制服着て修学旅行とか行っても、こんな雰囲気だったんだろうな、と思ってしまいました。


結局、二人密着できるような時間も無いまま、宿に到着したのは夕方でした。

チェックインを済ませて、部屋を案内してもらっていると、多賀子がまたニヤニヤしています。


---だいたい、多賀子があの笑いをしている時は何か企んでいる…


そう思いながら部屋の前に来たときでした。


「こちらの部屋と、こちらの部屋になります。お二人ずつですね。お食事は片方のお部屋で4名さまでおとりになると言うことでよろしいでしょうか?」


上品そうな仲居さんが笑顔で説明してくれます。

「それでは、ごゆっくり…」仲居さんが部屋を出て行くと、多賀子が満面の笑みで言いました。


「だって、せっかくカップル2組で来てるんだから、それぞれ部屋分けるでしょ。」

「いや、いいけど!あたしは4人一部屋だと思っていたから、結構びっくりしたよ?」

「多賀子様の心遣いに感謝して欲しいわね。しかも、部屋見て!」


なんだかいつもよりテンションの高い多賀子が部屋の端にむかって手を指しました。

部屋自体も高級感のある和室です。普通に泊まったらお高い部屋だとわかります。

そしてそんな部屋の端には、ガラスの向こうに…露天風呂?!


「え!この部屋、露天風呂付きなの?!」

「じゃあ~~ん。夜は部屋でのんびり露天風呂とか入っちゃうと、もう最高よね?」


多賀子に大感謝です。露天風呂つきの部屋に奈穂と二人で泊まるなんて…

あたしは感謝の気持ちを込めて、多賀子の腕にしがみつきました。


「ああ…多賀子様、素晴らしい。これで二人の時間が充実しちゃうね。」

「そうよ、二人でお風呂入ってさ、『やん、見ないで』とか」

「綺麗な肌だよ…」

「やだ、恥ずかしいよぉ…」


二人でノリノリに演じていたら、見ていた奈穂からツッコミが入りました。


「見てるほうが恥ずかしいよぉ…」


4人で大笑いしました。でも、露天風呂を見ていると、テンションが上がっていくのもわかります。


「恋人と二人で貸切露天風呂、とか最高だよねぇ。大学生になって、ホントに良かった…」


多賀子はあたしの言葉を聞きながら由貴を後ろから抱きしめてながらニコニコしています。


「じゃあ、まずは大浴場行ってみんなの裸見慣れておこうか?」

「あたしの裸は見なくていいけど、そうだね、お風呂入ろ!」


多賀子とのやり取りは楽しくて好きでした。少しくらい変な事を言っても、きちんと笑えるように返してくれるし、多賀子のセンスに感心します。

空気を読むと言うか、周りのみんなに対するエンターテイメント精神があると言う感じです。


そして、何よりも嬉しいのは、あたしがこうやって多賀子と絡んでいるのを、奈穂も由貴も楽んで見ていてくれることです。

大学に入っていつの間にかできたこのグループだけど、結構相性いいんじゃないかな、とか思えてきました。


大浴場に入って戻ってくると、もう食事の時間でした。多賀子たちが使っている部屋に食事が運び込まれます。

テーブルの上に乗るメニューはなかなかに高級そう…


「ねぇ、ここ普通に泊まったら相当高いんじゃない?」

「どうだろ?そうかも知れない。なんか、親の会社でここの会員かなんかになってるらしくて、安く泊まれるのよね。」


女子大生が揃って食べるにはちょっとえらそうな感じの料理を前にして、4人でまたはしゃいでの食事です。

いつも学食やそこらのお店に食べに行く時とは異なって、浴衣のせいか、旅館の雰囲気のせいか、なんだかいつもよりリラックスしています。

多賀子は料理を前にして、少し感慨深そうにしています。


「正直ちょっと高級すぎるかなって感じもなくはないけど、でもそう言うのも含めて、今回の4人一緒の泊まり旅行、来れてよかった。」


多賀子が望んでいたものが叶えられたのかなぁ、と思うと、あたしも嬉しくなりました。


食事を済ませて、仲居さんが食器を片付けた頃には4人ともテレビを見ながらお茶を飲んで過ごしていました。

暗くなって涼しい風が入ってくるようになり、虫の声がうるさいくらいです。

あたしは窓のそばまで行き、カーテンを閉めながらついつぶやいてしまいました。


「なんか…いいねぇ、こう言う時間。」


奈穂はこちらを見ながらうなずいています。多賀子と由貴は昼間撮った写真を見ながらくっついていましたが、多賀子はあたしのつぶやきに反応してくれました。


「なに?おなか一杯になれたから?」

「そうじゃなくてー。何してるわけでもないけど、みんなでこうして同じ部屋でのんびりしてるのが、ね。」


4人のなかに、穏やかな空気が流れていました。

と、その時、多賀子が急に声を上げました。


「そう言えば!まだ露天風呂、入ってない!」

「あ、そうじゃん。せっかく部屋にあるのに~」


部屋の外に、暗い中ぼんやりした照明に照らされたお風呂が見えました。

暗くなったし、思い切って入るにはちょうどいい感じがします。


「そしたら、私は由貴と入るから、薫も部屋に戻って、奈穂ちゃんと二人で入ったら?恋人同士なんだし~」


多賀子があたしを見て言いました。


「い…言われなくても。奈穂ちゃん、部屋行こ?」


あたしは奈穂を誘って、部屋に戻りました。



部屋に戻ると、胸の鼓動が高まっていることに気が付きました。

これから奈穂と露天風呂入るんだ、そう考えると、そわそわしてしまいます。


「お…お風呂の準備しないと。恋人同士で露天風呂なんて、なんか大人っぽくて、ちょっとドキドキしちゃう…」


あたしの落ち着きが無いのを奈穂はすぐに気付いて、冷静な声で言ってくれました。


「女同士だから、お風呂一緒に入るくらい普通でしょ。落ち着いて?」

「あ、そうか。なんか、多賀子に『恋人同士』とか言われてなんか変に意識しちゃった。」


そう言って、奈穂と顔を見合わせて笑いました。

今度は冷静な気持ちで、二人タオルを用意して、露天風呂に出ました。


「なんか、部屋からすぐ露天風呂っていいね。温度もいいし…。」


そう言いながら湯船に浸かって並んでみます。


「いい湯だよねぇ。大浴場も良かったけど、部屋の露天風呂もなんか、味わいあって良いな。」


奈穂がそう言いながら、微笑んでいます。

ああ…隣に裸の奈穂がいるんだなぁ、そう思うとやはり気持ちが高まりました。


視線がふと、胸元に行きました。


「…大きい。」

「え?なんか言った?」

「ん?ううん、何も言ってないよ?」


雑にごまかしてみましたが、奈穂の胸は思ったより大きくて良い形をしていることがわかり、自分の手を伸ばして、触れてみたい衝動に駆られました。


その瞬間、正気に戻ります。奈穂には、恋人のフリをしてもらう約束で一緒にいるのです。

もし、自分がそれを破ってしまえば、奈穂の信用を失い、こんな時間を過ごすことはできなくなるでしょう。

あたしにとって、今一番大事なことは、奈穂と一緒にいるこの時間をできるだけ長く続けることでした。

一時の欲望に負けてしまわないよう、心の中で密かに気合を入れなおしました。

そして、自分の貧弱な胸に触れながら、何事も無かったように、お風呂の時間を過ごしたのです。



「部屋に露天風呂がある宿なんて、次泊まるのいつだろうね?」

「また、多賀子にお願いするしかないかなぁ。」


すっかり温まった二人は、浴衣を着て部屋に戻りましたが、暑くてまだ布団には入れずにいました。

あたしは冷蔵庫から冷たいお茶を取り出して二つの湯飲みに注ぎ、一つを奈穂に渡しました。

奈穂は湯飲みを受け取りながら、ニコニコして言いました。


「こういう旅行って、楽しいんだね。私、初めてこう言うこと思ったかもしれない。」

「え?奈穂ちゃん、高校のとき修学旅行なかったの?」


お茶を飲みながら奈穂は少しだけ寂しそうな表情になり、深くため息をつきました。まるで、いつまでも続くかのようなため息が終わった時、奈穂はあたしのほうを見ました。

そして、あたしの隣に座り直し、奈穂は頭をあたしの肩に当て、小さな声で言いました。


「私、高校時代、いじめられてほとんど学校行ってないの。」

「えっ?!」


でも、あたしはその言葉を聞いたとき、初めて会った時からの事がほとんど納得できたのでした。


「いじめられた理由がなんだったのか、もう覚えてないや。多分、何かみんなと違う事を言ったとか、クラスの子の気に入らない事を言ってしまったとか、そんなじゃないかなぁ。気がついたら、クラスの女の子全員から無視されていてね。」

視線も表情も変えないまま、奈穂は喋りだしました。


「男子なんか、教室に入れば追い回して、蹴飛ばしてきて、私はいつも教室の中で転んでた気がする。だから、まだ男の子って顔見るだけでも怖くて動けなくなるの。」


そう言う奈穂は少し震えているような気がします。あたしは奈穂の頭を撫でようと手を動かしましたが、触れる事がで来ません。


「小学校とか、中学校からずっと親しかった友達とかもいて、最初はかばってくれていたんだけど、そのうちその子たちもいじめられるからって話してくれなくなってね。学校行ってもずっと一人だから、行けなくなっちゃって。」

「そうだったんだ…。」

「たまに学校行って保健室とか職員室とかに入るんだけど、何故か誰か私が来てることに気付くの。その後、靴がなくなったり、LINEがたくさん来たりして。『何しに来たんだ?』みたいな内容で…。」


奈穂は小さく深呼吸して、あたしの顔を見ました。


「もうね、人のいるところとか行きたくなくて、家にずっといたんだけどね。テレビ見ていたとき、大学生の人がすごく楽しそうに研究しているのとか見て、学校変わったら、変わるのかなぁ、って思って、大学受けることにしたのね。」

「うん。」

「最初、大学に来るの、すごく怖かった。みんなの目が気になって。また同じようになったらどうしようかとか思って。だから、ずっと切らないでいた髪の毛のおかげで私の目も見えないし、みんなの目もあまり見えないから、そのままにしていたの。」


あの頃、まだボサボサの髪の毛に、目まで隠れた前髪。奈穂の髪型には、意味があったんだな、と理解しました。


「あたしたちも、奈穂ちゃんの目、見えてなかったからね?」

「あはは。でも、あの髪型だったでしょ?結局誰も話しかけてくれないし、私も怖くて話しかけられないし、結局大学来てもずっと一人なのかな、って思ったらちょっと寂しかったんだ。」


一人で一生懸命授業を受けて、ノートを書いていた姿が思い浮かびました。それと同時に、あの横顔も。

あの時の事を思い出して、あたしは少しだけ、あの瞬間感じた胸の痛みのようなものがよみがえったのを感じました。


「そんな中、教室でいつも薫ちゃんたちがにぎやかに話していて、楽しそうだなぁっていつも思っていたの。それで、ちょっとだけ近くに座って、3人のやり取りを見ていたのね。」

「うん、なんかいつも近くにいるなぁ、って少し気になっていたんだよ。」


奈穂は照れたような顔で笑いました。


思い切り抱きしめたい。一瞬思って、自分の体が勝手に動かないよう、全身に力を込めました。


「そしたら、まさか、薫ちゃんから話しかけられるなんて思ってなくて、あの時はびっくりしたと言うより、どうして良いのかわからなくなって…。」

「だって、奈穂ちゃんがペン探しているみたいだったし、困ってるなら助けないと、って思ってさ?」


「ありがとう。でも、あの頃はまだ、物を借りたら何か要求されたり、借りたものをきっかけに何か言われないかな、とか心配していたのよ。」


一瞬ちらりと見えた横顔が気になっていた女の子の困っている姿を見て、心の底から助けたいと思ったのではなく、チャンスだと思った自分を思い出し、恥じました。

でも、その気持ちのおかげで、今、奈穂と知り合うことができている。その事実も理解しているつもりです。複雑な気持ちがあたしの胸を埋め始めました。


「あの日から、みんなと知り合えて、今こうやって旅行に来ているなんて、この何年間の中ではすごく楽しい時間が過ごせているの。それって、全部薫ちゃんが話しかけてくれたおかげなんだよね。」


そう言う奈穂は、両手であたしの手を持ちました。


「知り合ってからも、いろんなフォローしてくれるし、いつも私のこと気にかけてくれていて、私もこうやって大学生活楽しんで良いんだ、ってようやく思えるようになったの。」


奈穂の手が、あたしの手に絡みます。両手をしっかりと繋いで、二人並んで座っている。


これはもう、告白するしかないんじゃない?!


あたしの頭の中で、強硬派のあたしが大きな声で主張を始めました。

圧倒的賛成多数。もはや反対派はいません。


あたしは、どんな言葉で奈穂に気持ちを伝えようかと、頭の中で猛烈なスピードで文章を組み立て始めました。

しかし、その時。


「それにしても、多賀子ちゃんと由貴ちゃんはラブラブだよね。薫ちゃんも女の子たちに追いかけられて大変だって言ってたけど、これからも私が恋人ってことにして、楽しく過ごせていけたら良いな。」


心臓が止まるかと思いました。告白しなくて、良かった…

あたしはがっかりすると同時に、密かに胸をなでおろしました。


「奈穂ちゃんがあたしの恋人ってことにしていてくれれば、変なのに絡まれなくて済むから助かるのよ。これからもよろしくね?」

「うん。そろそろ、寝よっか?」


部屋の電気を落として、二人で布団を並べて横になりました。

暗闇に目が慣れてきた頃、奈穂の方を見ると、奈穂もこちらを見ているようです。


「奈穂ちゃん、まだ起きてる?」

「うん。」


そう言いながら、奈穂が布団の中からあたしの方に手を伸ばしてきました。

あたしも手を伸ばし、奈穂の手にふれ、指を絡め、手を繋ぎました。


「薫ちゃん、本当に、ありがとうね。何も楽しいこともなかった日々が、こんなに変わるなんて思わなかった。ほんとうに、ありがとう。」


奈穂の手に少しだけ力がこもったのに気付き、あたしも少しだけ力を入れました。


「ううん、こちらこそ。」


こうして、二人手を繋いだまま、いつの間にか眠りに落ちていました。




翌日も4人、いや、2組で、観光をして過ごしました。

美術館などを回り、お土産を見て、夕方にはロマンスカーの人となっていました。


冷房の寒さを避けるためにあたしが出したブランケットを奈穂と二人で下半身に掛けて、帰りの電車はほとんど寝てすごしていました。


寝ているあたしと奈穂を見て、多賀子がこっそりブランケットをめくると、あたしと奈穂の手は繋がっていました。

多賀子と由貴がそれをみて少しだけ嬉しそうに微笑んでいましたことには、あたしたちは気付いていませんでした。

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