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美少女モデルに一目惚れされたけど目立ちたくないので放っておいてほしい。  作者: 芹澤
8.アリスと凪人

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46.アリスのいない夏がくる

「黒瀬くん。勉強熱心なのは感心するけど授業とっくに終わってるよ?」


 教科書を示された凪人はびっくりして顔を上げた。教室内に生徒の姿はまばらで、セミの音とともに蒸し暑い風が吹き込んでくるだけだ。


「もうすぐ帰りのホームルームだよ。先生遅いねー」


 福沢は隣席に腰を下ろした。本来そこにいるべき彼女は今日も休みで、隙間を埋めるように福沢がいるのは妙な感じがした。


 告白されてからおよそ二週間。福沢はまだ返事を催促してきていない。時折目が合うだけで返事を催促されている気がして落ち着かなくなったが、意味深に笑むだけでその先を口にすることはなかった。今だって頬杖ついてスマホを眺めている。


「ねぇ最近のAliceちょっと変だよね。雑誌見ていても覇気がないっていうか、つまらなそうっていうか、いつも涙目」


「……あぁ」


 凪人は痛みをこらえるようにうつむいた。


「失恋でもしたのかな? Aliceほどの美人を振るなんては変わり者だよね」


「あぁ」


「黒瀬くんも変だよ」


「どこが」


「声に力がない、顔に生気がない、目が死んでる。廊下歩くと必ず誰かにぶつかって土下座しようとする、国語の授業なのに英語の教科書を広げてる、間違って三年生の教室に入ろうとする、とにかく変。ぜんぶ変。目立ちまくり」


「べつに……、普通だけど」


 福沢は何度目かになるため息をついて凪人の顔を覗き込んできた。


「今日は眼鏡も忘れたんでしょう。変を通り越して異常だよ。あたしの顔ちゃんと見えてる?」


 目の前でパタパタと手を振るので頷いてみせる。


「見えてる。元々度が入ってないから」


「なんだオシャレだったんだ。そうだよね、凪人くん眼鏡ない方がいいもんね。クラス内でもちょっとした話題になってるんだよ眼鏡外すと意外とイケてるって。ふふ、みんな気づくの遅いよねー」


 笑いながら指先を伸ばしてきて、さらっと前髪を撫でられる。



『――私ね、レイジの大ファンなの』



 アリスの声がよみがえって反射的に福沢の手を止めてしまった。


「どうしたの?」


「あ、いや。やっぱり眼鏡ないと落ち着かなくて」


「良かったらマジックで書いてあげようか?」


 油性の太マジックを取り出すので丁重にお断りしたが、ここまで狼狽えていることに自分が一番驚いていた。


(だめだ。忘れないと。アリスのことは、早く)


 忘れなければ、強く思えば思うほどアリスのことを考えてしまう。

 いまはどこでどんな仕事をしているのか。どんな顔でカメラの前にいるのか、自分のことを少しは思ってくれるだろうか。そんなことばかり。


 肝心のアリスとはあれ以来会っていない。仕事が忙しいらしい。夏休みになったらますます会えないだろう。新学期になったら席替えがあるので二度と話をすることはないかもしれない。


 もう終わったのに。なにもかも。


「そういえば明日から夏休みだね。ご予定は?」


 机に寝そべりながら視線だけを向けてくる。


「……店、かな。いつも通り」


「なんだ、彼女とのデートでも行くのかと思ったらあたしと同じか。あたしも家でじーちゃんばーちゃんの畑手伝うくらい」


 彼女とのデート。なんて抽象的な言い方をするのは試されているからだ。


「デートなんて、ないよ、ない。なにも」


 焦ったせいか呂律が回らない。けれど福沢は特に気にした様子もなく頬杖をついてスマホを眺めている。


「せっかくだから水族館でも行く?」


「すい、ぞくかん?」


「ヒマな者同士、いいと思わない? もちろんお店が休みの時に」


 水族館。アリスと初めてデートした場所だ。行ったらきっと思い出す。凪人は頭を振る。


「だめだ、水族館は」


「じゃあどこならいいの?」


「海――とか」


「電車での遠出は難しいって言ってなかった?」


「じゃあ湖――」


「いいね、湖周辺は夏休みに花火あがるし」


「花火……もダメだ」


「はいはい、黒瀬くんにデートプラン任せるのは無理だってよぉく分かったよ」


 肩でため息をつきながらも福沢は楽しそうにスマホを操作して「水族館」や「デートコース」と検索している。凪人はためらいながらも必死に声を振り絞った。


「あの、さ、ごめん、おれたち――付き合うことになった、のか?」


 ぴたりと手を止めた福沢が凪人を見る。透き通った眼差しに射抜かれて心臓がぎゅうっと縮こまり、薄い唇が動くのを息をつめて見守った。


「あたしは――――」



「大変大変ッ!」


 クラスの女子生徒が息せき切って駆け込んできた。勢い余って福沢に抱きつく。


「真弓どうしたの? そんなに興奮しちゃって」


「なま、なまままま」


「生? ママ? 生卵?」


「ちっがう。生マナト、生マナトなの! 斎藤マナトが校門前に来てるの!」


 超大物俳優の名前に色めき立つ教室内に別のクラスの男子生徒が顔を出して首を巡らせた。


「なぁ黒瀬凪人ってどいつ? 呼んでこいって言われたんだけど」



 ※



「よう、黒瀬凪人くん」


 目にも鮮やかな赤いスポーツカーを「背景」にしてしまえるその人物は、高そうな黒スーツに身を包んでサインにいそしんでいた。集まっていた女生徒たちが駆けつけた凪人を「なにこいつ」とばかりに睨む。途端に胃が震え、胃液が逆流してきそうな気配があった。


「悪いけどサインはここまでな。凪人、もう学校終わるだろ。乗れよ、話がある」


 助手席を開けてスマートかつ強引にエスコートしようとする。イヤです、と拒否できれば良かったが斉藤マナトの誘いを断ったら最後、残った女生徒たちに関係性を質問攻めにされるのは目に見えている。それこそ地獄だ。


「……五分待ってください、支度してきますから」


 人ごみをかき分けて逆走する。痛いほどの視線を受けて胃が震えたが唾を呑み込みながら必死に耐えた。逃げるように教室に飛び込むと、ぽつんと一人、福沢が机に座っている。


「行かなかったのか?」


「うん、まぁ、文化祭でも会ったしね」


 そういうものなのかと納得して自分の席に近づくとひょいっとカバンが差し出された。


「はいこれ、荷物取りに来たんでしょう。先生には早退したって伝えておくね」


「あ、ありがとう」


「筆記用具もお弁当箱も入れておいたよ。盗み見はしてないから安心して。でも黒猫のキーホルダーが見えちゃった、可愛いね」


 キーホルダーをくれたのはアリスだ。鍵を失くしてアリスの家に泊まらせてもらうことになりレイジのサインを目にした。その後アリスに誘われて逃げ出し、廊下で一夜を明かしたことがまるで昨日のことのように蘇ってくる。


「どうしたの、やっぱり変だよ? 熱でもあるの?」


 ためらいながらも額に触れた手は思ったよりも心地いい。


「余計なことは聞かないけど辛いならなんでも話してね。友だち……なんだからさ」


 「友だち」という表現に凪人は苦笑いするしかなかった。

 思えばアリスのことばかり考えて福沢の気持ちにちゃんと向き合っていなかった。どれほどの勇気を振り絞ったのか、どれほどの覚悟をしているのか、告白するときだってどれほど怖かったか。

 果たして自分はその気持ちに応えるだけ彼女のことを考えてあげただろうか……。そっと手を外して見つめあうと福沢の頬が朱に染まった。


「ありがとう福沢。水族館に行く予定、あとでちゃんと立てような」


「ホント?」


「夏休みだもんな。めいっぱい楽し――」


 一足飛びで距離を縮めてきた福沢の唇が凪人のそれに重なってきた。どこかぎこちないワンタッチの軽いキスだ。

 すぐさま体を離した福沢は恥ずかしそうに目を伏せる。


「ごめん、いきなり。あたしってば嬉しすぎて」


「あぁいや、こっちこそ……」


 互いに無言であさっての方向を見ていると外でクラクションが鳴らされた。約束の五分をとっくに過ぎている。


「ほら行って。斉藤マナトを待たせたら女子たちに怒られるよ」


 ぐいぐいと背中を押されて教室の外まで突き出される。


「今夜メールするね!」


 はずんだ声。最後の一押しは痛いくらいだった。


 返すべき適当な言葉も見つからないまま教室を後にした。

 ぎこちないキスの感触がまだ下唇に残っている。

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