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美少女モデルに一目惚れされたけど目立ちたくないので放っておいてほしい。  作者: 芹澤
6.アリスとアリッサ

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31/59

30.深夜。アリスの部屋。

「ここが私の部屋だよ」


 案内された部屋は意外にも整理整頓されていた。

 クリーム色の壁にはおしゃれな本棚が並び、雑誌やファッションに関する書籍がはみ出すことなく整列している。勉強机は化粧台も兼ねていた。

 床には青いカーペットとミニテーブル。先客の黒いぬいぐるみが転がっている。


「なりゆきで来ちゃったけど、親御さんは?」


「うちはママ――お母さんしかいないの。さっきメールが入ってて、明日早いから会社近くのホテルに泊まるんだって。だから気を遣わなくていいよ」


 そう言いながら化粧台の前で髪飾りを外し、そのままの流れで浴衣の帯にも手を伸ばした。すかさず凪人が非難の声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て。ここで着替える気か?」


「え……だめ、ですか?」


 急に敬語になる。しかもちょっと顔を赤らめながら。


「だ、だだだだめだ。絶対ダメ!!」


 両腕で何度も×印を作る凪人に呆れつつも、アリスは照れ臭そうに笑った。


「分かった。じゃあ着替えながらシャワー浴びてくるからここで待ってて。私が出たら続けて入ってね。言っておくけど変なもの触っちゃダメだよ」


 上擦った声で念押しされたが「触るか!」と返す余裕もなく、カーペットに直座りして下を向いていた。


 自分は人生で初めて女性の部屋に招かれている。


 深夜に。


 しかも二人っきり。


 ということは……。


(いや待て待て。これはそういうことじゃない。アリスは野宿するしかないおれを憐れんで一夜の宿を貸してくれただけ。おれがすべきことはシャワー借りたら即布団にもぐって寝ること。で、朝起きたら飯のひとつでも作ってやればいい。うん、それでオッケー。はいシミュレーション終わり!)


 無理やり自分を納得させて頷いていると、夜の静けさに混じってかすかに水音が聞こえてきた。アリスが使っているシャワーの音だ。


(ちょっ!壁!薄すぎ!)


 こんな高級そうなマンションなのに壁が薄いなんて致命的だ。ちっとも落ち着けない。


「あぁもう、くそ」


 一人で悪態をついてから立ち上がった。

 こんなにソワソワしてはアリスが戻ったときに笑われる。なにか気を紛らわせたい。


 ちょうど視界に入ったのは本棚だった。雑誌や書籍に混じって違うものが飾ってある。色紙とペットボトルだ。

 ペットボトルは以前凪人があげたものを本当に大事にとっているらしい。


(この色紙は……ずいぶん汚い字だな。おれといい勝負だ)


 笑いながら近づいてじっくり覗き込む。

 左下の日付は六年前。その上に黒く塗りつぶされた猫らしきマークが書いてある。書きなぐったような描線を追うと辛うじて文字が読み取れた。


(ア・リ・スちゃんへ く・ろ・ね・こ・た・ん・て・い 小・山・内・レ・イ・ヅ…………おれ?)


 何度読み直しても同じだ。小山内レイジ……つまり凪人が書いたものである。

 芸名の「小山内レイジ」は役名をそのまま貰ったものだ。最後の「ジ」を「ヅ」っぽく書いてしまう癖はいまも抜けない。

 どうやら偽サインではなく正真正銘自分が書いたものらしい。


 しかし当人には書いた覚えがない。


「なにしてんの?」


「うわっ!」


 横から覗き込まれて叫んでしまった。すかさずアリスが人差し指を立てる。


「しー、真夜中だよ。静かに」


「あ、悪い。……それよりこの色紙だけど」


 アリスは自慢げに鼻を膨らませた。


「いいでしょう。小山内レイジから貰ったの。七年前にレイジがゲストで出た番組の観覧に行ってね、何人かにだけプレゼントしてくれたんだ。あげないよ」


「いらねぇよ(本人だし)」


 凪人はもう色紙の話を切り上げたかったが、アリスは話し足りないとばかりに顔を寄せてきた。


「でねでね、この黒猫は私がリクエストして描いてもらったの。レイジは絵が苦手だって難しそうな顔していたけどちゃんと……」


 途端、洗い立てのシャンプーの匂いがふわりと香る。


「つッ」


 凪人は反射的にアリスの肩を押しのける。

 しかし柔らかい素材の寝間着に食い込んだ自分の指先を見た瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立った。


「いたいよ、凪人くん」


 ひどく優しい言い方をして、自らの手を重ねてきた。湯上がりの肌は吸い付くように柔らかくて温かい。なんだこれは、と頭の中がまっしろになる。

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