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美少女モデルに一目惚れされたけど目立ちたくないので放っておいてほしい。  作者: 芹澤
3.アリスの化粧ポーチ

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14.それ、欲しい

(なにが明日も一緒に登校しませんか、だよ。帰りも一緒じゃないか)


 凪人は内心ふて腐れつつアリスと肩を並べて下校していた。膝を気遣いながら歩いているとアリスとほぼ同じペースになる。


「ゆっくり歩いていた凪人くんにたまたま追いついたって形だし、誰も待ち合わせしたなんて思わないよ」


 電車も自転車も使えない状況で帰宅する方法といったら徒歩しかない。幸いにして一時間程度の距離だが、二人で歩く一時間は永遠のように長い。


「せっかくだからお家に行こうと思ってさ」


「お家?」


「うん、凪人くんのお家」


 「はぁ!?」と叫びそうになって慌てて空気を吸いもどした。


(うち? うちに来るってなん――あぁそうか、お店のほうか)


 自宅を想像していた凪人は一瞬冷や汗をかいたが、冷静になってみれば店以外にはありえない。母親も「遊びに来て」と誘っていたのだし、アリス自身も気になっているのだろう。


「凪人くんのお母さんってなんのお店しているの?」


「あぁ、カフェ。言ってなかったっけ」


「カフェ!? 個人でやっているんでしょう? ステキだね」


「別に大したところじゃないぞ。母さんもご近所さんの憩いの場になればって考えだからホームページもないし夕方には閉まる。名前だって安直な『黒猫カフェ』……」


 ぴくん、とアリスが反応したのが分かった。


「黒猫……黒猫カフェ……」


 ただでさえ大きな瞳を爛々と輝かせている。もし彼女に尻尾があったのなら際限なく振っているだろう。いまにも喜びが爆発しそうだ。


「あ、あのな。そんな立派なものじゃないぞ、ホントに。黒猫を象った看板やティーカップや机があるだけで街中にあるチェーン店には足元にも及ばない」


「黒猫を象った看板やティーカップや机……」


 これは火に油。落ち着きなく全身が揺れはじめた。


「まずい、もう五時だよ。こんなちんたら歩いていたらお店が閉まっちゃうよ」


「おれとしては願ったり叶ったりだけどな」


「もう我慢できない。タクシー拾ってでもお店行く。明日からしばらくお休みとれないもん」


「贅沢するなこの金持ちがッ」


 そのとき、ピリリと着信音が鳴り響いた。凪人はマナーモードにしているのでアリスのものに違いない。着信画面を見たアリスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「……柴山さんだ」


「早く出ろよ。待たせちゃ悪いぞ」


 凪人に促されて渋々電話をとったアリス。会話の内容は聞き取れないがみるみるうちに表情が曇っていくので簡単に推察できた。案の定、電話を切ったアリスはゾンビのように全身で項垂れる。


「急なお仕事で、いまから迎えに来るって」


「そうか、がんばれよ」


「すっごく嬉しそうな顔してるしー」


 頬を膨らませて不満いっぱいといった様子だ。

 柴山と待ち合わせたのは近くの書店の駐車場。一緒に待っててほしいと言われ、頼んでもいないのに自販機で炭酸ボトルを買ってきてくれた。それを押しつけられては一方的に帰るわけにもいかない。買いたい本があると言って店内に消えたアリスを待つため、書店の角にある目立たないベンチを見つけて腰を下ろす。


「お待たせ」


 わずか数分で紙袋を抱えて戻ってきたアリスは凪人の姿を見つけて嬉しそうに笑う。


「ふふ。凪人くんって結構義理堅いよね。イヤなら帰っちゃえばいいのに」


「置いて行ったら騒ぐくせに」


「その通り」


 言いながら隣に座ってべりべりと紙袋を破く。出てきたのは真新しい匂いのする『Emision』の雑誌だった。表紙はアリスではない。かなり枚数をめくったところにアリスの私服姿が一枚と別のページで「化粧ポーチの中身を大公開」という特集でもう一枚小さな写真があるだけだ。


 自分が載っている写真が二ページ。それが多いのか少ないのか凪人には分からない。けれどアリスの強張った表情を見ていると手放しで喜べることではないことが伝わってくる。アリスは声をかけるのもためらわせるほど真剣にページを読み込み、他のモデルたちの表情や仕草を目に焼きつけている。凪人がすぐ隣にいることなどすっかり忘れているようだ。


「なにか、飲むか?」


 沈黙に耐えかねてつい声をかけてしまった。アリスの瞳がパッと揺れる。


「え? あ、ごめん。自分の部屋にいるみたいに真剣になっちゃった。飲みものお願いしてもいいの。じゃあコーヒー、無糖で」


 言われるまま自販機で買ってくるとアリスはすぐにプルタブをひねった。


「ブラック飲めるんだ、すげぇな」


「まぁね」


 凪人も最近やっと飲めるようになったばかりなので感心しつつ見ていると、いかにも苦そうに顔をしかめながら口をつける。


「うぇええ」


「全然飲めてないじゃん」


「だって砂糖は控えるようにって柴山さんに言われてるんだもんー、うう、にがいー」


 モデルならではの体型維持のためだという。


「きれいで可愛いモデルなんていくらでもいるもん。私はちょっと物珍しい部類なだけ。母は日本とニュージーランドのハーフで父はフランス人。生まれも育ちも日本で日本語が一番得意だけど顔だけはほぼ外国人なんだよね」


「うん、だから最初声かけられたときパニックになった」


「あのときはびっくりしたよ。助けてあげたのにさっさと逃げ出すんだもん。あとを追いかけようにも男子トイレでしょう、待ち伏せするわけにもいかないし獲物を捕まえそこねたーって感じでホント悔しかった」


 思い出すだけで恥ずかしい。

 けれど考えてみれば不思議なことだ。凪人にとっては体当たりで突き飛ばしたうえに自分の醜態を目撃された相手、アリスにとっては自分を突き飛ばしておきながら嘔吐しそうな相手と、いまこうしてクラスメイトとして肩を並べているなんて。しかもアリスはそんな相手にキスまでして「一目ぼれした」と告白したのだ。


「――ねぇこの前、言ったことだけど。一目ぼれしたっていう、あれ」


 アリスは所在なさげに足を揺らした。


「え、あ、うん」


 敢えて触れないようにしていた話題を切り出される。凪人は自分の心音が高鳴るのを自覚しながらも、なんでもないことのように平常心を保とうとした。


「あれ、冗談とかじゃないから」


「……」


「迷惑だったらそう言って。じゃないとつけあがる」


「……なんで、おれなんだ? こんな地味な――」


「顔」


 言葉を遮ってまで断言される。雰囲気が~とか性格が~とか言われるよりはいっそ清々しい。


「つまりレイジに似ているから惚れたってことか?」


「うん。いまのところは」


「もしも部屋に大量のエロ本があったり変な性癖持ちだったりしたらどうするんだ?」


「これからお家に行くのはそのための身辺調査だって言ったらどうする?」


「……」


「……」


 互いに黙りこんでしまう。


 先に口を開いたのはアリスだった。手の中の缶コーヒーをくるくると回転させて遊んでいるのは緊張をほぐすためだ。


「一目ぼれなんてバカバカしいと思う? 信じられないと思う?――思うよね、私だってそうだったもん。私の顔だけを見て『好き』だとか『一目ぼれ』したとか言う人にたくさん会ってきたけど、心底バカバカしいと思ったし本音では軽蔑すらしていた。それでも上手く受け流してきたんだ、それがモデルの宿命だと思っていたから。だけど例のストーカーが私のこと『運命の相手』って言ったとき――……」


 缶コーヒーをぎゅうっと握りしめたアリスは困ったような顔をしていた。


「鏡を見ているみたいだと思った。私が凪人くんに一目ぼれしたこととストーカーが私を運命の相手だと思うの、一体なにが違うのか、おまえだって同じだろって図星を突かれたみたいで恥ずかしくて悔しくて、ついキレちゃったの。本当はもっと穏便に済ませるつもりだったのに」


 アリスが凪人を好きになったのは『顔』。

 ストーカーがアリスに付きまとったのも。


「それだけじゃなくて、私の汚い部分やひた隠しにしている部分……例えるなら化粧ポーチの中身をぶちまけられたみたいな気がして、すごく恥ずかしかった。撮影用じゃない私物のポーチの中身なんて、ほとんど液のないマスカラとか汚れたビューラーとか百均の付け睫毛とか、汚くて安物ばっかり。どんなに美化しようとしてもあのストーカーと私は根本的には同じ。相手の都合を考えずに自分の気持ちを押しつけているだけなの」


 身勝手に振る舞っているように見えて、アリスは自分の行為がどういうふうに受け取られるのかを客観的に判断できている。それでも走り出したら簡単には止まれないのだ。


「これは私の一方的な片想い。だから凪人くんに私を好きになってほしいとか付き合って欲しいとか押しつける気はないの。もちろんね、心のどこかで両想いになりたいって願っているのは事実だけど、こういう片想いも楽しいと思ってるんだ、ホントだよ」


 駐車場に入ってきた柴山の車を見るなりアリスが立ち上がった。凪人の反応を見るのを避けているような素早さだ。


「変な話してごめん。でも、そういうことだからあんまり気にしないで。それからこれ」


 買ったばかりの雑誌を両手で凪人に差し出してくる。


「あげる。良かったら目を通してみて。ポーチ特集に載っている写真、小さいけど結構気に入ってるんだ」


「あぁ、見てみるよ」


 向こうが両手で差し出すので卒業証書よろしく凪人も立ち上がって両手で受け取ろうとしたのだが、アリスはすぐには手を離さなかった。


「かわりにさ、それ、欲しい」


 と目線で示したのは飲みかけの炭酸ボトルだ。

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