時代が変わる日、日常が変わる日
もうすぐ、あと1時間しないくらいで平成が終わるらしい。
正直、元号が変わるって言われてもよくわからないし、実感も湧かない。
というか、そもそも元号って何なんだろう。ネットで調べれば色々出てくるんだろうけど、今の僕にそんな気力は残ってない。
たとえ平成が終わって令和になっても、きっと僕の日常はなにも変わらない。
いつも通り、朝起きて。
いつも通り、学校へ行き。
いつも通り、家に帰り、そして寝る。
今はまだGWだけど、それが終わればきっとこの日常が戻って来る。
平成が終わる瞬間、日本が異世界に転移することもなければ、突然異星人が来訪することもなく、異世界との扉が開き魔物の軍勢が東京を襲うこともない。
火曜日、学校へ行く為に外に出た僕が、信号無視のトラックにひかれて異世界転生することもなければ、十字路でトースト咥えた美少女転校生と衝突することもなく、超能力に目覚めて悪の組織と戦うこともない。
あ、信号無視のトラックにひかれるってのは割りとあるかも。最近交通事故のニュースよく聞くし。
でもまぁきっと、異世界に行くことなんて出来ないだろう。
日が昇れば、変わらぬ毎日がやって来て、その変わらぬ毎日をただぼんやり過ごす。
気がつけば学校を卒業し、社会に出て働いて、いつの間にか家族が…って今どき家庭をもつことすら難しいんだっけ。ってことはぼんやり働いて気がつけば定年になって、ある日突然、独りきりの家で倒れてそのまま死ぬ。
そうやって人生を終える。
手の中の画面では、ネット上に溢れる様々な空想の世界を読める。
でも現実はそんなこと起こらない。きっと多くの人がこんな暮らしで一生を終える。
非情な世界だ。
なんて思っても、じゃあ実際異世界に行きたいか、非日常な世界を体感したいか、と言われるとそれもまた素直に頷けない。
痛いのは嫌だし、本物の人と戦うのは怖い。
異世界の人たちが攻めてきても、僕に出来ることは逃げるだけ。
異星人と交流も出来なければ、転校生の美少女とも話せない。
非日常を望む自分と、非日常を望まない自分が、僕の中に同居する。
結論が出ないまま、僕は明日も、変わらない日常をただただぼんやりと過ごすに違いない。
そんなことを考えていたら、唐突にいつもと違うことをしたくなった。
窓を開け、ベランダに出て空を見上げる。
星の見えない夜空から、冷たい水の粒が滴り落ちる。
平成最後の星空は、残念ながら見ることが出来なかった。
ベランダの手すりで跳ねた雨粒が、風呂上がりの僕の頬を刺激する。
思い出したように襲ってきた寒さに耐えかねて、僕はすぐに部屋へと戻った。
せっかくいつもと違うことをしてみても、現実は思い通りに行かない。やっぱり非情な世界だ。
ベッドに腰かけたとき、握りしめていた手の中のスマホが目に留まる。
いつも楽しみにしていた手のひらの中の非日常。
僕が楽しみにしていた非日常は、仕事が忙しいという、とても日常的な理由で終わってしまった。
ぼんやりと過ぎる僕の日常の、数少ない楽しみがまた減った。
二度と更新されることのない小説の目次から、ホーム画面へと戻る。
非日常の世界に憧れて登録した「小説家になろう」。
読む為だけにしか使ってなかったけど、初めて『新規小説作成』をタップした。
現れたのは、真っ白な本文欄の空白。
思い付いたままの言葉を打ち込むと、空白の世界に黒い文字が踊る。
気がつけば、1000文字を越えていた。
これを世界に解き放てば、僕の日常は少しは変わるのだろうか。
いや、きっと…
非日常を望まない自分が、そっと僕に語りかける。
その声を僕は無視した。
『投稿する』をそっと押す。
そして僕の記した世界が、ネットという世界に飛び立った。
一仕事終えた僕がふと、時計を見ると、午前0時の1分前。
まだ僕は平成の世界にいるらしい。
立ち上がってもう一度窓辺に向かう。
窓を開けると、先ほどと変わらぬ冷気が流れ込んでくる。
冷気に負けずにベランダへ出る。
滴り落ちる水の粒は無かった。
いつの間にか雨は止んでいたらしい。
見上げた空は相変わらず星が見えないけど、先ほどより少しだけ明るくなった気がした。
不意に、手の中のスマホが振動する。
平成が終わり令和になったことを伝えるニュース速報だ。
今、僕が見上げているのは、平成という日常の夜空ではない。
令和という非日常の夜空だ。
非日常が日常になってしまう前に、僕はさきほどの話の続きを書く為に部屋へと戻る。
日常を望む自分は、窓の外へ置き捨てて、僕は非日常を望む自分と共に、新時代への一歩踏み出した。
平成が終わる今、最後までお読みいただきありがとうございます。
本作は新しい何かを初めてみたい人の後押しになればと書いてみました。
自分も経緯は違いますが、2月末に小説を書き始めたときはこんな感情でした。
これを読んだ貴方が、何でもいいので新しい世界へ一歩、踏み出せることを願います。
さて、更新の止まっている自分の連載小説も早く書かねばなりません。
それでは皆さま、次は令和の世界でお会いしましょう。