33.在りたい形
「さて、次はガイゼルだな。と、その前に契約は魔法とは少し違う特殊な部分がある。」
「特殊な部分?」
「そう、それは一人で行うものではない…ということだな。原則、従わせる者と従う者の同意が必要だ。」
魔法は自分が発動したいと思い、イメージして魔力を込めて発動する。だが契約はこのような形で繋がりを持っていたいというお互いのイメージが重なり合わないといけない。達成するにはそれなりの信頼できる関係が出来上がっていないと難しいとのことらしい。
「まぁ、圧倒的に力の差がある場合に強制服従させる契約が行われたなどという話もあるがな。」
それはかなり酷い話だ。相手の自由を奪ってしまう契約となるものなんて想像したくもない。
「でもそれならガイゼル王子とこの子達は仲もいいし、信頼できる関係なんじゃないのかな?」
ミルが疑問を口に出す。
正直、私もそう思う。王子達は素人目から見ても非常に良い関係にあると思う。契約に必要な条件は満たしているように感じるが…
「それは我も分かっている。だとしたら考えられる原因は一つだろう。」
「…契約時の意志の不一致。」
「自分でも心当たりがあるようだな。ならばもう大丈夫だろう。」
ガイゼル王子は意を決したように三匹に向き合った。
「うん。だって、自分の心に正直になれば良いだけだから。」
彼が手を出すと三匹はその手に集まってくる。
やはり仲が良いな、と感心している内にガイゼル王子が三匹に向かい口を開く。
「今までごめんね。上と下での関係なんて嫌だよな。…僕もそうだ。だから前と同じで、いつまでも一緒に遊んで、ご飯を食べて、ぐっすり寝よう。…僕と契約してくれるかい?」
周りの目による焦燥、悲観、それが彼の想いを曲げてしまったのかもしれない。でも取り戻した。元の形に戻りたいと願えた。
「ワン!」
「ガオー!!」
「クゥン!」
そして三匹の考えは今も変わっていない。
双方の理想の一致が起きた。
「今ここに、ガイゼル・ハーモニリカの名において!クース、ベル、ケートとの親密契約を行うことを示す!!」
いつの間に三匹の名前を考えていたのだろう、というか…
「私たちと同じ対等契約では無いんだ?」
「契約の形も、魔法と同じで様々だ。ほんの少しの差異があるというだけでもな。」
「形は人それぞれか…」
妙に納得して私はクラウに尋ねた。
「たとえ契約がなくても、私たちは友達でいられるよね?」
その問いに少し動揺した様子をみせてから、クラウは少し小さく答えた。
「そういう形も…あるかもしれんな。」
辺りの光が収束し、やがて消える。無事契約は成功したようだ。
「これからもよろしくね。」
「「「ワォン!!!」」」
そしてガイゼル王子はこちらに向き直る。
「3人とも、どうもありがとう。お陰で僕らはあるべき形を取り戻せた。そして僕自身も…」
吹っ切れた様子で王子は言い放った。
「君たちと一緒に一歩進めた。」
私たちは明るく笑いあった。それぞれの進んだ歩幅は違うかもしれない。スタートラインに立てただけかもしれない。けれども一歩進めたのだ。その事実が今はとても嬉しかった。
すると別の道から人の歩んでくる気配が感じられた。
クラウは咄嗟に着ぐるみのズレを直し、私の服へ入った。
「あら、ミル。ここにいたの?探したわよ。」
年齢的にには私たちとも然程変わらない。兄やベルリス王子と同年代だろうか?
しかしその佇まいは気品に溢れる大人の女性のような雰囲気をまとっていた。
「お姉ちゃん!ごめんなさい。でもね、私友達ができたよ。」
「あら、本当?…って、あなた方はクリスタル公爵令嬢とガイゼル第二王子?…失礼しました。私はラル・フォレストです。」
態度までもが大人っぽい!なんかカッコいい…けど友人の姉妹にそんな風にされると変な気持ちになる。
「はじめまして。レイラ・クリスタルです。あの、ミルは私の友達なのであまりかしこまらないでください。」
「僕も同様です。」
「…そうですか、わかりました。では堅苦しい態度は無しとしますね。」
「お姉ちゃん、私魔法使えるようになったよ!レイラたちが手伝ってくれたんだ〜」
年相応の反応でミルが姉に語りかける。するとラルさんは驚いたのか少し目を見開いた。しかしすぐにミルに微笑みかけた。
「流石は私の自慢の妹ね。信じてたわよ。」
素直に妹を褒められる良い姉さんだ。おまけに真面目で誠実そうで憧れてしまう。
ふとこちらに向き直った。…な、何か用があるのかな?
「それにしてもクリスタル令嬢も魔法を使うのですか?だとしたらどんな魔法を?私、クリスタル家の秘術に興味がありまして…」
突然顔の距離を近づけて質問を複数ぶつけてきた。虚を突かれて少し呆けてしまった私。
さっきと一転してグイグイと詰め寄ってくるなこの人!!あれだ、私の兄と同じタイプの人だ!対象が魔獣から魔法に変わっただけで暴走するタイプの人だ!
それに私はクリスタル家の秘術なんて知らないし、私自身の魔法を知られるのもマズイ。どうしたものか。
「そっ、それよりも見て!私の魔法でこんな木を倒せたんだよ!」
「あら、この大木をミルが?ええ、やはりあなたは天才よ。レベル2でここまでの力を引き出せるなんて!」
そしてなんかシスコンっぽい気がする。
最初のイメージは一体どこへ…
さらにちゃっかり木の倒れ方かなんだか分からないが使った魔法を特定しているのでオタク度合いが見て取れる。
辺りを見回した後少し真剣な顔になって言った。
「けれど、少し被害が大きすぎないかしら?いくらなんでも城内よ?」
「あ、そこは大丈夫です。元々魔法訓練の場所なので、、それち事情はこちらから説明しておきますので…」
「魔法訓練場所でしたの?だとしたらただの木を植えるのはどうかと…まぁ、いずれにせよ壊してしまったものは直さないといけませんわね。」
「レベル5 アースレジェネレーション」
みるみる倒れた木が再生していく。まるで大地の時間ごと戻ったかの如く元どおりになった。
「す…すごい……」
「あとはこの部屋全体に魔力耐性の結界を張りたいのですがいかがですか?やや実用性に欠けると感じましたので…」
「え…?あ、はい。こちらとしては有り難い話ですが、よろしいのですか?」
呆気にとられていたガイゼル王子がなんとか言葉を絞り出した。
「ええ、私の勝手でしていますので。…そうですわね、ミルとこれからも仲良くして下さると嬉しいですね。きっとミルにとってあなたたちはまた私とは違った特別な存在なのでしょうから。」
「言われなくてもミルとはずっと友達として仲良くさせてもらうつもりです!」
咄嗟に口から出た言葉がそれだった。
「!…ええ、僕もミル令嬢と仲良くしたいので。」
続いてガイゼル王子もそう言う。
すると彼女は微笑んで「ありがとう」と言い、結界を張った。
状態付与の魔法なんてかなり難しかった記憶だが、やはりミルの姉なんだなと肌身で感じた。すごいとしか言えない。
またお互いに向き合い、別れの挨拶をする。
「では、今日はこの辺りでお暇致します。姉妹共々、お世話になりました。」
「またね!レイラ!ガイゼル王子!!」
「うん!今度は一緒にお茶しようねー!」
「いつでもお待ちしております。」
「…あれが、姉妹の形か。」
クラウが何か呟いた気がしたが、木々のざわめきでよく聞こえなかった。
やっぱり良いお姉さんだなぁと思い、二人の姿を見届けたのだった。




