13.一緒にいたいだけ
目の前には金色に輝く、その体躯は小さくとも威厳を感じさせる美しいドラゴンがいた。
「あっ…えーと、どちら様?ちんちくりんの鳥っぽい見た目の生物見ませんでしたか?」
『だ・れ・がちんちくりんだ貴様!!我がクラウだ!それにしても何故貴様が…』
何も言葉を発さなくなったレイラを金色の瞳が覗き込む。
『ああ、貴様もこの姿の我に怖気づいたか。人間程度ではそれも仕方あるまい。だが我の真の姿はまだ…』
「クラウなの!?え?怪我は?というかなんで姿が変わって発光してる訳?1から説明してくれる?」
『我と分かった瞬間に馴れ馴れしいな!?なんなのだ貴様は!少しは怖がったりとか…なんかこうないのか!?』
「たしかに敵意剥き出しでいられたら怖いかもしれないけどクラウだから。」
『我を舐めているのか!』
「違うよ、襲わないだろうって信頼だよ。」
笑顔でそう言われて戸惑いを隠せないクラウ。
『会って間もない者をか?それに魔獣は人を襲うと、その程度の常識も知らないのか?』
「魔獣だったとしてもクラウはクラウでしょ?私が信頼してるのは魔獣が襲わないってことじゃなくてクラウなら襲わないってことなんだけどな?」
『何故そんなにも我に信頼を寄せる…!!』
「…確かにね。自分でもよく分からないけどなんか落ち着くというか…安心するっていうか…」
「そもそも襲うんだったらもう既に襲ってるでしょ。わざわざ注意してくれてさ。なんだかんだ優しいんだもんね」
『んなっ…勘違いするなっ!貴様の心配なぞ…』
すると次の瞬間…
『むうっ…』
その体がよろけて地面に倒れた。
「クラウ!?まだ怪我が!?」
『いや、怪我は問題ない。ただこの状態になるのは初めてでな。魔力の流れが安定しなくて上手く動けないだけだ。それより逃げた方がいいぞ。近くに魔物が寄ってきている。森を出ないと死ぬぞ。』
「クラウは!?上手く動けないんでしょ?」
『我を舐めるな。このくらい……大丈夫に決まっておろう!』
「全然大丈夫じゃなさそうだけど!?イモムシみたいな動き方して何言ってんの!」
『イモムシとはなんだ!それより早くこの場を離れろ!貴様のその弱さで魔物に勝てると思っているのか!!」
「大丈夫!私にはコレがあるから!!」
『…?何か秘策が…?』
そう言って取り出したのは先程拾った木の棒だった。
『貴様…阿保か?』
クラウが至極呆れた様子で言う。
「何を!!木の棒とかだって刺さったらめっちゃ痛いんだからね!それに犬系だったら投げれば助かるかもしれないし!」
『その上馬鹿だとは…救いようがないな。』
「はぁ!?言ったね?今から木の棒の強さを見せてやる!」
『本当に馬鹿なのか!!もうすぐそこに来ているぞ!貴様が勝てるはずないだろうが!」
「逃げたらクラウが危ないでしょうが!…大丈夫、私が守ってあげるから。」
出てきたのは小さめの狼の魔物。
「うん、父様のよりは断然小さい!いけるいける!」
自分に暗示をかけるように呟くレイラ。その足は震えていた。
「とりゃああ!!」
襲いくる狼に反撃するレイラ。しかし攻撃は当たらず、直撃はしなかったものの鋭い爪が腕を掠め、痛みでしりもちをつく。
「いっ…….たぁ……」
その傷から紅い血が流れ出す。クラウは嘲笑するように言葉を投げかける。
『これで分かったか?我を囮にすれば今からでも逃げ切れるかもしれんぞ。』
「する訳ないでしょ…。それに言ったじゃんか。守ってあげるって。」
それでも諦めない少女に至極冷静な声色で残酷な現状を伝える。
『そうか。ならもう一つ教えてやろう。近くにいる魔物は一匹ではないぞ。囲まれている』
「そうなの?忠告ありがと!なら全方位警戒しなくちゃね!」
『………』
全く自分を見捨てる気のない少女を見てクラウは不思議に思う。何故こんな絶望的状況で立ち向かおうとするのか。このままだと死ぬことも分からないくらい馬鹿じゃないだろう。勝算がないのは分かっている。逃げた方が生き残る確率が高いのは分かっているのに、何故こうも自分に執着するのだろうかと。
そしてもう一つ、何故自分はあんなに奴のことを気にかけるのか。人間の一人や二人、死んだってどうでもいいことのはずだ。わざわざ忠告してやる義理も無い。怪我を治したから?変な人間だったから?それだけでは説明がつかなかった。そもそも同族とでさえ他者との関わりのないクラウには分からない。
…何故か、死んで欲しくないと、そう思ってしまうのだった。
またレイラはまた吹き飛ばされ、クラウの下に倒れる。息も絶え絶えといった様子で、そろそろ立っているのも限界のようだ。
『…何故だ』
「…?」
『会って間もない者を….ましてや我のような人でもないものに何故命を投げ打ってまで守ろうとするのだ』
その声を聞いたレイラは当然だろうという風に笑った。
「時間も姿も関係ないよ。ただ、一緒にいたいだけ」
『分からんな。そんな気持ちは我には…』
「そんな難しいことじゃないよ。話してて楽しいから一緒にいたいって、本当にそれだけだよ」
クラウはレイラの目を見据える。その瞳は至って真剣で希望を失っていない。
ああ、そうか。この気持ちは、お前のソレとなんら変わらなかったんだろうな。
いなくならないで欲しいから。
一緒にいて欲しいから。
今はそれだけでいい。
『…良かろう。きさ……いや、レイラ。なら、一つ提案がある。我との契約だ』
「契約…?」
『ああ…そうすれば二人でここを抜けられる唯一の方法。そしてお前の言う……その…友達の証のようなものだ』
「…えへへ」
『何を笑っている?』
「いや、嬉しくて」
『…フン。喜ぶのは生きて帰れたらにするんだな』
「大丈夫だよ。信頼してるから」
『…ああ。ではいくぞ。手を出せ』
二人で手を合わせるとクラウはなにかを唱え出す。
『我、クラウ・ソラスの名において今ここに我が友、レイラ・クリスタルとの対等契約を行うことを示す!』
辺りに光が溢れ、レイラ達に収束された。
「…契約は完了した。レイラの魔力によって我が魔力を安定させることができる。…さて、と」
クラウの声が先程よりもやけにハッキリと聞こえた。
意外と抽象的で凛とした声だ。そもそもクラウの性別はどっちなのだろうか?口調からして男性っぽさがあるが…
などとレイラはクラウを見ながら呑気に考え事をしていた。
倒れるレイラを狙って襲い掛かってきた狼達の前に立ち塞がる。
「控えろ」
その一言で狼達は大きく後退した。
「もう一度こちらへ踏み込もうとするなら容赦はしない。死にたくなければ我々の視界から消え失せろ。」
辺りの草木が揺れ、大地がざわつく。
その言葉を理解したのか、はたまたクラウの威圧感がそうさせたのか数秒もせぬうちに狼達は一匹残らず逃げ去っていった。
「よし、終わったぞ。」
「カッコ良かったよ。それとありがとう。結局助けられちゃったね。」
「いや、我もレイラに助けられた。こちらこそ礼を言う。」
「そんな畏まった言い方しないでよ。…友達なんだから。」
「ああ、ありがとう。そしてよろしくな。我の友達、
レイラ。」
「うん、よろしくね…私の友達………クラウ。」
そう言うと同時にレイラの視界が暗くなり意識が落ちていくのであった。




