「悲しいのです」
道端に落ちた蝉の翅
既に主は地に還り
取り残された「夏の夢」
羽搏いた昔日の蒼穹に
翅は声無く呟いた
悲しいのです
悲しいのです
降りしきる雪片は無情の美
その中で身動きしない古びた電柱は
背負った歳月に押し潰されそう
老いた木の身体で冬の嵐に打ちひしがれ
言葉を紡がぬその身を嘆き
やがて朽ちるように倒れ伏す
命の綱たる電線が上げるのは
風を切り裂く金切り声
悲しいのです
悲しいのです
明滅する命脈に
か細く繋ぐ呼吸音
視界は細く霞みゆく
だから囲む人々の顔も見えない
遠くから聞こえる呼び声も
やがては糸のように断ち切れる
囲む皆が口にする
「逝かないで」という餞別に
微笑むしか答えが無い
悲しいのです
悲しいのです
ただ悲しいのです