わちゃわちゃする私 8
やっと仕事の交代の時間だ。
タダがお会計係からいなくなったとたんあれだけ集まっていた女子も消えた。
次は家庭科室の片付けの手伝いをする仕事に行くのだが、タダも明日売る分のラスクの準備をするから一緒の家庭科室。そしてハタナカさんもまた一緒。
いつタダにマフラーの話をするんだろう。この調子じゃ帰るまで出来ないような気がする。
そりゃあ片付けをしながらもタダがラスク作るのが気になるよね。
オーブンの前にいるタダをチラっと見てしまう。そしてハタナカさんを気にしてしまう。
「いいよね~~」とハタナカさんが言うので、チラ見していたタダからふいっと目を反らす。
「ユズりん、あんな感じで誕生日にチーズケーキ焼いてもらったんでしょう。そんな幸せある!?私だったらもう死んじゃうくらい嬉しいかも…私ちょっと想像しよっと。私がイズミ君の家に行ってチーズケーキごちそうになるとこ」
「…」
そんな事言われても何も返せないよね。
「私がクッキーあげるのどう思う?」とハタナカさん。
もう…
ウザいな。今日ずっと一緒で絡まれるだろうなって思ってたけど本当にめんどくさい。
「でもユズりんさぁ、」とハタナカさん。「マフラーあげるんでしょ?」
「ふえ?」
「どうしたの?驚いたの?ブスになってるけどユズりん」
わ~~~…ハタナカさんにブスって言われた!いやそれよりも…
「ハタナカさん、それ、誰に聞いたの?」
まさかユマちゃんが面白がってハタナカさんにバラしたんじゃ…
「イズミ君」
「へ?」
「イズミ君に昨日『おめでとう明日』って送って、『プレゼントあげたいけどもらってくれる?』ってラインしたら、いつも来ない返事がすぐ来てさ、『大島からもらうから大丈夫』って」
「…」
「『大丈夫』って何なんだよ、って思うよね~~」と小首をかしげるハタナカさんの顔は笑っていない。
「それでさ、」とハタナカさんが続ける。「『そうなの?ユズりん何くれるのかな~~』って聞いたら『マフラー』って単語で返って来たんだけど。イズミ君じゃなかったらぶっとばしてるとこだよね。それで『何色?』って聞いたらさ、『それは知らない』って。何色買ったのユズりん」
「…」
「教えたくないの?」
教えたくないよ。「…深緑色のやつだけど…」
「深緑か~~…」と、軽く目をつむって想像するハタナカさん。「そりゃ似合うわ。似合うよそりゃあね。だってユズりん選んだやつだから」
「…」
あ~~~バターの少し焼ける、そして砂糖とまざった甘い匂いがしてきたなぁ~。でも私はハタナカさんと離れられない。
タダ、よりによってなんでハタナカさんに教えるんだろう。
その後はもう無言になってしまう私だ。無言でボールやバターナイフやヘラを洗う私。
そしてそこへ放送が入って実行委員のタダとハタナカさんが体育館に行くことになった。そりゃあ実行委員の仕事もあるよね。中心になるのは2年生だけど1年の委員にだってやることはある。
ハタナカさんと離れたかったけれど、タダと二人で出て行くのってちょっとビミョー。ビミョーだけどやっぱりちょっとほっとしている妙な私。
タダとハタナカさんが戻らないまま交代の時間が来て、次はお会計係だ。急いで教室に戻る。そしてこれが終わったら休憩だ。でもタダは次が休憩だったはず。委員の仕事が済んだらそのまま休憩行くのかな。
教室に帰ったらユマちゃんは彼氏のヒロト君が迎えに来ていて、ユマちゃんが私に嬉しそうに手を振った。
そっか…どうかわからないって言ってたけど、やっぱり一緒に回るんだね。いいなあ…。
まあ私はタダと二人で回る勇気がないから自分から断っちゃったんだけど、それでもユマちゃんの笑顔を見てたら羨ましい。
会計係もハタナカさんといっしょの予定だったけれど、タダがやっていた時より断然お客が少ないので私とそばの商品渡し係のシホリちゃんが商品を渡しながら手伝ってくれるだけで十分だった。
シホリちゃんはユマちゃんほどは親しくはないけれどよく話をする子で、あっさりした感じの可愛い子だ。中3の彼氏がいるらしい。
高校生女子と付き合う中3男子ってなんとなく生意気そうな感じがするけど、でも年下かぁ。年下もいいよねぇ~~。タダが年下だったら…って考えそうになって慌てて止める。余計な事考えたらお会計間違えてしまう。
いやタダだって年下は年下だよね。私が9月生まれでタダは今日が誕生日なんだから。
「なんかすごかったねタダの時」とシホリちゃんが言う。「タダがずっと店番してたらすんごい儲かりそう、うちのクラス」
「あ~そうだよね…」と返す私。「ホンダもそんな事タダに言ってたよね」
「でもあんなに女子が来たらやっぱ嫌でしょユズちゃん。ハラハラしない?」
「いやぁ、だって私とタダはまだ…」
「でもさ、モテないよりかモテた方がいいよね自分の彼氏」
「シホリちゃんの彼はモテるの!?中学生なんだよね?」…あのね、タダは私の彼氏じゃないんだよ」
「はいはい、なに言ってんのユズちゃん。ほぼ彼氏じゃん」
違う違う、とぷるぷる首を振っていたら、「大島ユズルちゃん!」と呼ばれた。
オオガキ君だ。
体育祭の二人三脚で私のペアだった他クラの男子のオオガキ君は、それ以来、たまにだが廊下であったりすると今みたいに声をかけてくれる。
「大島ユズルちゃ~~~ん」と、もう一度呼ばれる。
なんでいつもフルネームで呼んでくれるんだろう。
「買いに来たよ~~」とオオガキ君。
昨日一緒にごみ置き場にいた友達も一緒だ。
「これがイズミ君の焼いたラスク?」置かれたラスクを指さしながら面白そうに聞いてくるオオガキ君。「いろいろ種類あるんだね。すごいじゃんイズミ君」
「タダのもあるけど、みんなで焼いたんだよ」と答える私。
「ハハハ」とオオガキ君が笑った。「なんか普通の答え!」
いやそりゃ、普通の答えだから。
「今日何時くらいが休憩?」とオオガキ君。
「これが終わったら」
「そっかそっか。じゃあ次うちのクラスにも来てよ。オレのチケットあげるから」
オオガキ君のクラスはわたあめを売っているらしい。制服のズボンのポケットからチケットを一枚取り出して手渡ししてくれる。
え、どうしよ…もらっていいのかな…と思いながらも、オオガキ君が、ほいっと手渡ししてきたのでついそのまま受け取ってしまう。
「ちゃんと来てよ」と言うオオガキ君。
「お前、ごり押しで来てもらったら悪いじゃん」とオオガキ君の友達が口を挟んだ。
「そんな事ないよね」と私に同意を求めるオオガキ君。「来て欲しいと思ってるだけだから」
言われた私より、オオガキ君の友達が『おおっ?』て顔をしている。
「待ってるからね」とさらに言われて、「ありがとう」と、完全にもらってしまった。こういう時、ノリの良い子なら、『あ、じゃあ私のチケットでうちのラスク持ってって』って言ったりするんだろうな。頑張って言ってみようかな、わざわざ買いに来てくれたしチケットくれたのに…
「どれにしますか」
と、横から声がしてビクっとした。オオガキ君もピクッとして横を見る。
「どれにしますか?」ともう一度言ったのは委員の集合から帰ってきたタダだった。
タダが、オオガキ君から渡された私の手にあるチケットを見る。そして、「オレのチケットやるわ」とタダがオオガキ君に言った。そして適当にラスクを3つ袋に詰めてオオガキ君に渡す。
「はい、ありがとうございました」
「え、」ときょとんとしているオオガキ君。「え~~~何それ、選ばしてよ!ていうかイズミ君がチケットくれんの?大島ユズルちゃんじゃなくて?面白いけど」
「いや面白くはない別に」と淡々と返すタダ。「じゃあはい、ありがとうございました」
「え~~」とオオガキ君が苦笑いしながら言う。「じゃあはい、とか言って追い返され感半端ないじゃん」
そこへ、タダがまた店番をやっているのを見て女子が足を止め始めた。
「「「「「「イズミく~~~ん」」」」」」
次から次に来るね。来るとは思ってたけどほんと来るわ。と、私だけではなく女子のみなさんが思っていそうな顔でお客を見る。
「「「「「「買いにきたよ~~」」」」」」、とキャッキャと明るく言う、1年の他クラの子たち。
「…いらっしゃいませ」と引き気味で答えるタダ。
本当はこの時間休憩なのにね。
「「「「「「やだいらっしゃいませだって~~~~」」」」」」と騒ぐ他クラの女子たち。
そしてみんなで声を合わせて言う。「「「「「「お誕生日おめでとう!!きゃ~~~」」」」」」
オオガキ君とオオガキ君の友達は、「お~~~すげ~~~~」と言い合っている。
「私たちプレゼントあげたかったんだけど、」とその中の一人が言った。「「「「「なんかえっと誰だっけ?大島さんっていう子が嫌がったらダメかなって思って」」」」」」
おいおいおいおい!と心の中で突っ込む私だ。私関係ないじゃん。私は嫌がらないよ。私が嫌がるのはタダが異様に喜んだりしたらだから。
すぐ近くにいるから実際突っ込みたいけどそれは出来ない。
「どれにしますか?」と冷たいお会計係になる本当は休憩時間のタダだ。
「じゃあいちごみるく」と甘ったるい声で答えるその子。他の子も「ブルーベリー~~~」とか「チョコ~~」とか次々に注文する。
本当は私だからね、お会計係。