わちゃわちゃする私 10
「なあ」、と静かに言われて今更ながらドキッとする。
「…なに?もうそろそろ帰んないと」
「昨日…」と言って少し黙るタダ。
「なに?」無駄にドキドキする。
「ほんとは昨日誘う時も、すげえドキドキしたからな」
「え?」
「え、じゃねえわ。大島嫌がりそうだけど一緒に回りたいからって結構頑張ったオレの提案を、やっぱ思った通り軽くラインで断ってくるからイラっと来た」
…!そっか…でも…
「それに、」とタダが続ける。「誘ってくれてありがとう、みたいな、そういうオレをなだめるみたいな感じで付けて来たから余計イラっと来た」
マジで!あれは可愛さだそうと思って付けたのに…!そんな事言われたら私だって言うからね。
「そんな…言ってもタダってなんかすごくすんなりいろんな事言ってくるじゃん。今だってこんな感じで私の事連れてきてみんなに見られてたし。そういうのほんと困るんだよ。わ~~~、ってなるし。ハタナカさんだって…」
「ハタナカが何?」
「タダの事すごい好きなのに、他の子もだけど、タダの事いいなって思ってる子たちの前でこういう事されたりするとちょっと…」
「オオガキには普通に誘われてたじゃん」
「え?」
「なに一緒に食べようとか言われてんの?チケットやるっていうの断るかと思ったらすんなり受け取るし!」
タダ、見てたの!?
「あのままオレが行かなかったら、なんか悪いかも等価交換しなきゃ、みたいな変なノリで自分のチケット、オオガキに渡さなきゃ悪いのかなとかって思ってたろ」
「…!」
「当たってるし。信じらんねえ。信じらんねえし、なんでオオガキに名前で呼ばれるようになってんの?」
「それはなんでかわからないけど…」
「ぼぉっと答えてんなよもう!」
ひど…
「当たり前のように受け入れてるしな。ほんと信じらんねえ。なんかオオガキにはやたら素直な感じだすよな。なんなのそれ」
「出してないと思うけど!」
「いや、出してるわ」とタダ。「出してるしすげえ良くねえわそれ。…オレだって名前で呼べてねえのに」
ぼっと赤くなってしまう。責められてるのに。
それでも私を好きだと思ってくれてるからこういう事言ってくれるんだよね?
「なに赤くなってんの!?」とムっとして聞くタダだ。
「なってない」
「なってるわ」
「なってたとしたら…」
「したら?なに?」イラっとした感じで聞くタダ。
「タダがなんかそういう事ばっかり言うからだから」
「そういう事ばっかりって?」
「知らないよもう!じゃあ私は休憩だから。じゃあね!」
「この後オオガキんとこ行っても綿あめ持ち帰って。オレが食うから。じゃないと、後で聞かれたらここで大島と何かしてたってホンダとかに言う」
「…どういう事?」
「最近ホンダとか、すげえいろいろ聞いてくるから大島との事。付き合ってんのかってずっと聞かれてて、大島嫌がると思って一応まだだって答えてるけど、ほぼ完全に付き合ってる体で交際の進み具合を聞いてくるからなウザいくらいに」
「…」
「だから。だから言う。大島とここで何かそういう感じの事してたって」
「は!?なに!?何かってなに!?」
「いろいろ」
「いろいろってなに!」
「いろいろ。誕生日だからほらオレ。ホンダも言ってくんだよなヒロトみたいに。チュウしてもらえって」
「ホンダ!」
「たぶん聞いたら男はみんな言うんじゃねえかなって思う」
「そんな事ないわ!」
「ていうことで綿あめオレに持ってきて。オレに持って行くってオオガキに言って持って来て」
「…そんなんは言えないよ…わざわざそんな…」
タダは、はぁぁぁ~~、とわざとらしい溜息をついてから言った。「まあいいけど。じゃあマフラーもらえることだけ励みに頑張るわ」
「…うん。じゃあ私も休憩行くけど…」
言っとこうかな今。他の子たちが先に言っちゃったけど、それでまだこの後もきっといっぱい言われるだろうし…
そう思って言っておくことにした。
「タダ、誕生日おめでとう」
このまま一緒に戻るとわちゃわちゃしそうなので、タダの顔ももう見ずに小走りタダの前からフェイドアウトする私はそのまま階段へ。
それでも3棟と2棟の間でハタナカさんに捕まり、その後の休憩もハタナカさんと一緒だ。
ハタナカさんとオオガキ君のクラスへ綿あめを買いに行く。
タダは自分に持ってくるようにって言ったけどハタナカさんの手前そんなことは出来ない。
ハタナカさんはピンクの、そして私はオレンジの綿あめをオオガキ君に作ってもらう。
「ユズりんがさぁ」とオオガキ君に言うハタナカさん。「私がイズミ君に手作りクッキーあげるの、許してくれると思う?」
「へ?ユズルちゃんが?」とオオガキ君。
やっぱりタダも言ったとおり、フルネームで呼んでくれてたのがいつのまにか名前呼びになってる。
「え、でもまだイズミ君と付き合ってないって昨日言ってなかったっけ?」
「もう付き合ってるも同じなんだって」とハタナカさん。「昨日も言ったじゃん私」
「困るな、そういうの」とオオガキ君。
「なんであんたが困るの?」とハタナカさんが聞く。「ユズりんが好きなの?」
「少しずつ仲良くなってってんだよね?」と私にニッコリと笑うオオガキ君。
上手い受け答えがすぐ出来ずに曖昧にヘラっと笑ってしまった私の脇腹をハタナカさんがひじで小突いた。
「そういうところ!」とハタナカさん。「ユズりんのいけないとこそこだから!怖いわユズりん。イズミ君はなんでユズりんがいいんだろ腹立つわ」
「コラコラコラコラコラ」とオオガキ君が注意してくれるが、私も自分のこういうとこ、イラっとするんだよね。
「まあいいや、」とハタナカさんが言った。「今日一日私ずっとユズりんのそばにいるんだぁ」
ニコニコ顔でいうハタナカさんに今更困惑する。オオガキ君も困ったなって顔で私を見てくれる。
実際その後綿あめを持って一緒に校庭へ降りて中庭に出ている模擬店で焼きそばとお好み焼きを1人前ずつ買う。
「私もさあ」とハタナカさん。「イズミ君と文化祭回って、みんなが見てる前でイチャイチャ半分ずつしたり食べさせ合いっこしたりしたかったよね。ていう事で仕方ないからユズりんと半分こするけどね」
「私と!?」
「不服なの?」
不服とかじゃないけど、そんな、今までそんなに仲良かったわけでもないのに…ハタナカさんだって私と一緒じゃ楽しくないんじゃないかな。やっぱり嫌がらせ?
ハタナカさんが言った。「別に仲良かったわけでもないのに…って今思ったよね」
「…思ってないよ」
「いや思ったね」
「…思ってないです」
「私、でもユズりん好き」
「…」嘘だそんなの。
「ちょっと、じっと見つめるの止めてよ」
「…ごめん」
「しょうがないじゃんユズりんに絡んだのは。イズミ君の方が好きなんだから。そりゃちょっとモヤっと来て絡みたくなる気持ちもわかるでしょ?」
「…うん」としか言えない。
「だから私の焼いたクッキー、ユズりんが渡してよ?」
「私が!?」
「だって私が渡したら受け取ってくれないじゃん絶対」
「…でもそれは…」
「仮に受け取ったとしても食べてくれなさそうだしさ」
「…」
「だからユズりん渡して、二人で食べてよ」
「二人で!?」
「だってイズミ君、今日全部プレゼント断ってたじゃん!ユズりんいるからでしょ?」
「中学の時も結構断ってたよ」
「いい。もうそういう話。いいじゃんそれくらい。だって1回くらいそんな事したいじゃん。そういう事したかったもんずっと。いいじゃんイズミ君の誕生日なんだから」
「…」
「いいじゃんそれくらい」とハタナカさんはもう一度言った。「ユズりんとイズミ君がだんだん気持ちも近付いて行くの、横でずっとムカムカしながら見てたんだって私」
私とタダの気持ちが近づくのを?周りの人も気付くくらいの感じだったって事?
「ちょっと」とハタナカさん。「何嬉しそうな顔してんの?私、苦情言ってんですけど!ほんと毎日ムカついてたからね!今もだけど!」
結局断り切れずに私はハタナカさんの焼いたクッキーを預かる事になり、中庭に設けられた席でお好み焼きと焼きそばを半分ずつして食べ、午後からのシフトもずっと一緒。
でもこのクッキーいつタダに渡すんだ?マフラーと一緒に届けるのか私、って思っていたら、放課後、片付けながらタダが私を呼んだ。
「大島、教室にいる?」
おっ、と思う。やっぱりみんな注目するよね。やだな。
ていうか、『教室にいる?』ってどういう事…
「一緒に帰るつったじゃん」とタダ。
言ってない。マフラーを帰ってから届けるとは言ったけど。というのはみんなの聞いてる前では言えるわけがない。
「でもタダ、委員の集まりあるんでしょ?」
タダが答える前にホンダとハタナカさんが大きな声で言った。
「ちょっとくらいは待っといてやれよ大島!!」「ちょっとくらい待っときなさいよユズりん!!」
クラスの子たちも驚いた顔をしている。
そしてその中、ホンダとハタナカさんはさらに声を合わせた。
「タダ、誕生日なのに!」「イズミ君誕生日なのに!」
タダがちょっと驚いた顔をして、そして笑った。
私も驚いてハタナカさんを見たが、ハタナカさんは私をわざとらしい睨み顔で見返して来た。
その中をタダが優しい顔で言う。「出来るだけ早く戻るから待っといて」
ひゅ~~~~~、とホンダがはやし立て、タダが「うるせえわ!」と答えている。
ユマちゃんがニコニコ顔で私に言った。
「本人たちが付き合ってないって言ってんのに公認じゃんもう」