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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第六章

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八. 懸念

 


 皇后娘娘を始め、貴妃、妃、そして嬪の位の側室達の内、数人が皇帝陛下の御子を無事に出産し、また数人が現在懐妊中であった。

 だが、低位の側室である貴人は未だに一人も懐妊した者がおらず、静麗の住む月長殿の辺りでは、静かではあったが、それは、何か苛立ちが内包されたような、不気味な静けさであった。


 高位の側室達が次々に懐妊、出産するのを見た貴人位の側室達は、躍起になって皇帝陛下の関心を買おうとし、其れに対して皇后娘娘が眉を顰めて窘める事が増えたが、それ以外は、後宮は何時もと変わらず、美しく華やかな場所であった。


 月長殿から出る事も少なくなった静麗には、貴人達も関心を向けることが無くなり、静麗を虐めて蔑む暇があるくらいなら、皇帝陛下の気を引く為に動いた方が遥かに良いと考える様になった。


 そうして、静麗の存在を貴人達も高位の側室達も徐々に頭の中から消し去って行った。




 皇帝陛下の御子が複数生まれたお陰で、どの宮でも子育てに奔走され、大きな宴は余り開かれることが無くなり、静麗は一人月長殿で静かに時を過ごしていた。

 表面上は何事も無く、穏やかに過ごしている様に見える静麗であったが、一年共に過ごして来た芽衣には静麗の想いが分かり、遣る瀬無い思いを抱いた。


 イェ 彩雅ツァィヤーとの一件があり、他の側室達とも関わることを躊躇して、月長殿に閉じこもる様になった静麗は、後宮から出て故郷雅安ヤーアンへ帰る事を断念したのだ。

 そうして、この後宮の最奥に有る月長殿で、側室として一生を静かに、一人で過ごすことを受け入れたのだろう。

 しかし、芽衣にはそんな静麗を窘める事は出来ない。

 静麗がこの寂れた殿舎の中で一人で過ごすことにより、これ以上心に傷を作らないのであれば、自分は其れに付き従い寄り添うだけだ。

 ただ、そんな芽衣には一つだけ気がかりな事があった。





 ◇◇◇





「静麗様。リィさんがお見えになりました。お通ししても宜しいでしょうか?」


 芽衣がそう告げると、静麗はぱっと顔を綻ばせた。


「まぁ。李さんが? ちょっと久しぶりね。忙しかったのかしら。直ぐにお通しして」


 嬉しそうにそう告げる静麗に芽衣は頭を下げると、居間から退出し、李を迎える為に門戸まで出向いた。



 月長殿の門戸の前で立って待っていた李は、戻って来た芽衣に先導され、月長殿に足を踏み入れた。


ディン殿。忙しくて少し間が空いてしまいましたが、静麗様のご様子は如何ですか? 皇后娘娘を始め、側室様方の御出産に対し、お変わりはありませんか?」


 心配そうにそう尋ねる李に、芽衣はちらりと顔を向けると、ええ、と応えた。


「李さんにご心配されるような事は、何も御座いませんわ」

「そうですか。……しかし、静麗様の御立場では、きっと内心では複雑な想いをされているのではないでしょうか」


 李が溜息交じりにそう言うのに、芽衣は少し苛立たしい思いを感じた。


「李さん。静麗様は平民ではありますが、皇帝陛下のご側室でございます。それをお忘れなきようにお願い致しますわ」


 静麗の周りが表面上とはいえ、やっと少し落ち着いて来た今、これ以上静麗の心を乱すような要因を芽衣は見過ごすことが出来ない。

 その為、李に対しても芽衣は少し懸念を抱いていた。


 李はそんな芽衣の言葉に虚を突かれたような顔をして驚いた。

 しかし、直ぐに神妙な顔で頷いた。


「勿論。其れは弁えております。しかし、失礼ながら貴人位の静麗様の元へは、皇帝陛下が来られることは無いのではないでしょうか? であれば、少しの息抜きを私とされる事ぐらいは、許されるかと思いますが」

「それは、……静麗様がお望みであるのなら……」


 小さな殿舎である月長殿なので、直ぐに静麗が待つ居間へと辿り着いた。

 李は何時もの様に居間に入ると直ぐに跪き、静麗に挨拶を述べた。


「李さん、立ってください。どうぞ此方の椅子に座って。……芽衣、お茶をお願い出来ますか?」


 にこやかに芽衣に願う静麗に、芽衣は頭を下げると、ちらりと一諾を一瞥すると居間から退出した。


 一諾は静麗に勧められるままに静麗の前の椅子に座るとふと顔を顰めた。

 そして、静麗の手を取ると顔を近づけた。


「李さん!? な、何ですか?」


 突然手を握られた静麗は驚き、顔を赤く染めた。


「静麗様。この掌の傷はどうされたのですか?」

「傷?……あぁ、それは、その……」


 自分の爪で傷つけたとは言い難く、言葉を濁した静麗に、李は眉を寄せて溜息を吐いた。

 そして傷ついた静麗の手を優しく撫でると囁くように訴えた。


「静麗様。どうか、御身をもっと大切にして下さい。貴女が傷つくと、私も丁殿も、それに公主殿下も悲しい思いを致します」


 そう真摯に告げる李の瞳に見詰められ、静麗は動揺してとっさに手を引き抜き、胸元で両手を握り締めた。


「あの、これぐらいの傷、直ぐに治るから、気にしないで。私は大丈夫よ」


 李はそんな動揺したように早口で告げる静麗を暫く見詰めると、ふっと表情を緩め、何時もの大らかで優しい雰囲気に戻った。

 静麗は何時もの李に戻ったことに密かに安堵の息を吐いた。



 ―――でも、さっきの李さんの表情、何処かで見たことがあるわ。…………どこでだったかしら……?



 静麗が一諾から顔を背けて考えていると、厨房で淹れた茶と菓子を盆に乗せた芽衣が帰ってきた。


 その後は何時もの様に少しの時間、静麗と一諾は談笑をして過ごした。

 芽衣に先導されて月長殿から退出する一諾を見送る静麗は、少しの寂しさと安堵を感じていた。





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