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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第六章

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七. 慶事

 


 静麗ジンリーが夫であった浩然ハオランと共に皇都へとやって来てから、もうすぐ一年が経とうというある日、後宮は今までに無い、大きな慶びに包まれることとなった。




 皇帝陛下の御正室、皇后娘娘である ヂュ 薔華チィァンファが、見事男児を出産したのだ。



 皇帝陛下初の御子が、身分高い皇后娘娘から生まれた男児であったことから、この皇子が将来皇帝陛下の地位を継ぐべき皇太子となることはほぼ確定した。

 その事が、後宮だけでなく、皇城、そして大国寧波ニンブォ中に触れが出されると、疫病で沈んでいた皇都を初め、国中が慶びに包まれた。

 皇都では疫病からの復興も進み、随分良くなってきてはいたのだが、以前と比べると倦んだ空気が残っているようだった。

 だが、皇家の存続が可能となったというこの喜ばしい話を聞くと、皆が酒を飲みかわし、夜通し歌い踊ってこの慶事に酔いしれた。

 どこかまだ暗く沈んでいた皇都が、以前の華やかさを取り戻すことが出来た喜ばしい日となった。






 ◇◇◇





 国中が慶びに包まれるその日よりも、少し前。


 後宮に入って一年近くが経つ静麗だが、最近は用事が無い限りは月長殿から出歩くこともほぼ無くなっていた。

 側室としての立場上出席しなければいけない最低限の行事等には参席するが、後は月長殿に閉じこもって過ごしていた。

 芽衣ヤーイー伝雲ユンユンも心配していたが、静麗はそんな二人に、にこりと微笑むだけで、散策にも出ることは無かった。


 以前のように精神的に不安定になっている訳では無く、静麗が自分の意志で月長殿に閉じこもっているのが分かった芽衣は、静麗が最低限の責務を果たしている以上、強く外に出るようにとは言えなかった。


 そんな中でも、リィァン 春燕チュンイェン公主殿下や御用商人のリィ 一諾イーヌオ達は頻繁に月長殿を訪れて、静麗の慰めとなっていた。







 そんな日常を長く過ごしていた静麗が、昼餉の席に着いている時に、月長殿に皇后娘娘からの使者が訪れた。



 静麗は芽衣から使者の訪れを聞いた時、静かに目を閉じ瞑目した。


 そして目を開けると真っ直ぐに芽衣を見つめて居間へと通す様にお願いをした。


ジィァン貴人様。失礼いたします。本日は蝶貝宮より全ての側室方へご報告があり参りました」

「ええ。この様な遠い殿舎までご苦労様です。要件を伺いましょう」


 静麗は使者に頷くと、話を促した。


「はい。我が主である皇后娘娘は、昨日、皇帝陛下の御子で在らせられる男児を無事に御出産なされました。皇子殿下、皇后娘娘お二方供、体調も良く、健やかにお過ごしで御座います。後程朝廷より正式な発表があると存じますが、まずは後宮にお住まいの皆様にお知らせするようにとのご指示に従い、此方まで参りました」


 使者は誇らしげに皇帝陛下の第一子を、それも男児をお生みした主の事を、この平民の側室へと告げた。


 それを聞いた静麗はぴくりと身じろいだが、直ぐに鷹揚に頷いた。


「そう、ですか。……皇后娘娘にお慶びを申しあげます。皇家の存続が果たされましたこと、陛下の臣として、……皇帝陛下、そして皇后娘娘に、お慶びを申しあげ、これからも忠義を尽させて頂きます」


 静麗が皇后娘娘の使者を見据えて言祝ぐと、使者は一瞬気圧されたような顔をした後、美しい笑顔を浮かべ、静麗に対して退出の挨拶を述べると、月長殿から早々に立ち去った。

 芽衣が見送りの為に居間から出て行くと、静かな居間には静麗一人が取り残された。




 凪だ瞳で使者が出て行くのを見送っていた静麗だが、円卓の下、卓布に隠された静麗の両手は強く握り締められ、爪が皮膚に食い込み血が滲んでいた。

 暫く椅子に腰かけていた静麗だが、ふっと肩から力を抜くと立ち上がり、殿舎の外廊下に出た。

 そこから月長殿の裏庭に出ると、何時もの様に小さな池の畔にある椅子に腰を下ろした。


 この池には、静麗が後宮に入った頃から、何も飼われてはいなかった。

 後宮内にある他の池には美しい魚達が放され、側室達の目を楽しませていたが、世話をする者も居ない月長殿では、それらを飼うことも出来ない。

 何も居ない、ただ水が張ってあるだけの池を静麗は見つめ、小さく笑った。



 ―――この池は、まるで私のようね



 皇帝陛下が即位して、皇后娘娘を始め、多くの側室達が懐妊してから随分月日が流れた。

 もういつ生まれても可笑しくはないと静麗は感じていたが、とうとう今日、その知らせが届いた。

 皇后娘娘の使者を前に冷静な対応をすることが出来たと考えていたが、知らずに力が入っていたようだ。

 掌に出来た、爪で抉った傷跡を眺めて静麗は溜息を吐いた。






 皇后娘娘の御子は、皇帝陛下の第一子は、男児であった。

 これで、朝廷はひとまずは安心したことだろう。

 寧波に住む者として、静麗も皇家の存続を喜ばなくてはならない。





 ―――でも、……でも、ごめんなさい、浩然。………私、貴方の子が無事に生まれたのに、悲しいの。……寂しいの……皆の様に、素直に喜び、祝ってあげられないの―――……








 その後、貴妃や妃等の高位の側室達も相次いで皇帝陛下の御子を無事に出産することが出来、後宮内には嬰児の泣き声が響き渡り、更なる慶びに包まれ華やかになり、誰もが笑顔を浮かべて明るい未来に想いを馳せた。







 人も寄り付かない、後宮の最奥にある寂れた月長殿だけを置き去りにして―――




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