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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第一章
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三. 婚娶

 


 屋敷の中に入った二人は、祖父母が待つ居間に戻る。


浩然ハオランジィァン御夫妻は無事にお帰りになられたのかしら」


 上品な老婦人である浩然の祖母が、椅子に座ったままおっとりと声を掛ける。

 その横では祖父が同じように椅子に腰掛け浩然達を見ていた。


「はい。今、見送ってきました」


 浩然は母亡き後、今日まで育て、慈しんでくれた祖父母を敬愛しており、丁寧に答える。


「そう、ご苦労様。……静麗ジンリー?目が赤いわ。大丈夫?」


 祖母は静麗に顔を向けると眉を寄せ、椅子から立ち上がった。

 そのまま静麗を抱き締めると優しく揺さぶる。


「貴女はまだ、成人したばかりだもの。寂しく思うのも無理はないわ。でも、貴女のご両親には負けるでしょうが、私達も貴女を愛しているのよ。貴女がルゥオ家に嫁いでくれて、浩然と一緒になってくれて、私達は安心したのよ。これからは、私達が貴女の家族となるのだから、不安な事があれば言ってちょうだいね」

「そうだな。静麗が浩然の側に付いてくれるなら、安心だ。わし達はもう年だからな」

「そんな、御爺様達には、まだまだお元気で居て頂かなくては」


 幼い頃から可愛がって貰っていた、浩然の祖母の暖かな胸に抱かれ、労わりの言葉を掛けられ、心が緩やかに解れていく。

 浩然もそんな家族の風景を嬉しそうに見ている。


「さあ、静麗。もう夜も遅いわ。湯を使って、今日はもう下がりなさい」

「はい。御婆様」

「明日の朝はゆっくりでいいですからね」


 祖母は悪戯っぽく微笑むとそう言った。

 静麗は、恥ずかしそうに頷くと、祖父母に就寝の挨拶をし、浩然と居間を後にした。





「静麗。先に湯に入っておいで。寝衣は湯殿に新しいのが用意されてるから」


 薄暗い廊下を二人で歩きながら浩然に促されて、静麗は素直に頷いた。


「うん。ありがとう、浩然」


 静麗は慣れ親しんだ幼馴染の屋敷の中を、迷うことなく湯殿へ向かう。

 脱いだ服を丁寧に竹籠に入れると、湯が張られた木造りの湯船の横にある椅子に腰かける。

 下働きの使用人が用意してくれた湯をありがたく使い、髪や体を洗う。


 生家の蒋家では使用人は雇っておらず、全て自分達で用意していたが、ここ、羅家では違う。

 掃除や料理等も使用人がすることとなる。

 その為、静麗の仕事は、浩然の身の回りの世話が中心となる。

 自分がそんな贅沢をしてもいいのかと思うが、羅家に嫁いだ以上、羅家のやり方を覚えなければ。

 そんな事を考えながら、湯船に身を浸けると、ほぅっと溜息が零れる。




 この後、浩然と二人きりの夜が待っている。

 婚姻の約束をしてから今日まで、手を繋いだり、抱擁を交わしたことはあるけれど、その先は未知の領域となる。

 既に嫁いでいる友人にこっそり話を聞いたけれど、はっきりと教えてくれなかった為、良く分からなかった。

 とにかく、旦那様に任せておけばいいから、としか言われていない。



 ―――不安もあるけど、浩然が私に酷い事をするはずが無いわ。確かな信頼を築くだけの時間を私達は過ごしてきている。―――大丈夫。全て、浩然に任せよう



 静麗はうん、と一つ頷くと湯船から出た。

 用意されていた真新しい綺麗な寝衣を見て、また頬を染めてそれを身に纏い、上から上衣を羽織る。


 静麗が湯殿から出ると、交代で浩然が入っていく。

 暫く裏庭が見える部屋で待っていると、浩然が湯殿から出て来た。

 まだ、髪が濡れており、顔や首に張り付いている。


 湯上りの浩然の姿など、子供の頃から見慣れていると思っていたが、状況が違うと変に意識をしてしまい、直視出来なくなる。


「早かったのね。浩然」

「ああ。あんまり静麗を待たせて、湯冷めさせたら大変だからな」


 意識してしまい、目を合わせられない静麗と違い、浩然は何時いつもと変わらなく見える。

 それに、少し悔しく感じながらも、浩然を迎えると二人は自然と手を繋ぐ。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 浩然は静麗の手を引いて、静かな暗い廊下を歩き、夫婦の部屋となる場所に向かう。

 静麗は早まる大きな鼓動の音が浩然に聞こえないかと、落ち着かない気分を味わいながら、手を引かれて歩く。

 浩然は屋敷の奥にある一つの部屋の前で立ち止まると戸を開け、静麗を中に招いた。

 使用人が事前に燭台を灯しておいてくれた為、部屋の中が良く見える。


「この部屋には初めて入ったわ。広いのね」


 部屋の中をぐるりと見て、浩然を振り返って言った。


「ああ。古いのはどうしようも無いけど、静麗が好きそうな部屋にしたつもりだ」


 浩然の言葉にもう一度部屋を見回してみる。

 確かに、静麗が好みそうな小さく彫刻が施された綺麗な家具や、美しい模様の淡い色彩の絨毯が敷かれている。

 これらは浩然では無く、静麗の好みで揃えられた家具だろう。


「どうだ。気に入ったか?」


 静麗を少し不安そうに見ながら浩然は尋ねる。

 幼馴染の好みは分かっているが、実際の静麗の反応が気になるようだ。


「うん。気に入ったわ。ありがとう、浩然」


 満面の笑みを浮かべて応えると、浩然はほっとした様に息を吐いた。


 浩然が自分の事を思って選んでくれた家具や、部屋の調度品だ。

 嬉しくないはずがない。

 中には静麗が持ってきた花嫁道具も綺麗に配置されている。



 ―――今日からここが、私達夫婦の部屋となるんだ



 静麗は嬉しくも、恥ずかしく、照れて下を向いた。

 静麗の返事に安堵した浩然は、落ち着いた様子で部屋を案内する。


「こっちが、静麗の椅子で、こっちが俺。それから、これは……」


 楽しそうに一通り説明し、最後に隣に通じる戸の前に立つ。


「えっと……、で、……こっちが俺達の寝室」


 照れた様に斜め上を見上げながら浩然は告げ、戸を開ける。

 静麗は浩然に釣られた様に照れて赤くなってしまう。


 入口から中を見ると、寝台の他に小さな円卓や、新しい箪笥もある。

 それらも静麗の好みの明るい色の木材を使用して作られていた。

 寝台は二人で使うように、少し大きめの物が設置されている。

 寝台のすぐ横の壁の上方には小さな窓があり、鎧戸の隙間から青白い月の光が、寝台の白い敷布の上に降り注いでいた。


 浩然は先に寝室へと入ると、寝台の前まで歩く。

 そこで振り返り、寝室の前で下を向き、赤くなっている静麗を見る。

 緊張と恥ずかしさで動くことが出来ない静麗を浩然は優しくいざなう。



「静麗。……おいで」


 優しく微笑み、静麗に手を差し伸べる浩然。

 静麗はまるで、貴族のような麗しい自分の夫に見惚れ、誘われるままに浩然に近づく。

 手の届くところまできた静麗を、浩然は優しく引き寄せ、その両頬に手を添える。


「――静麗」


「浩、然」


 浩然は静麗を驚かせないように、そっと屈むと、その唇に優しく触れるだけの口づけを贈る。


 己の唇で、初めて感じた浩然のそれは、柔らかく暖かい。

 静麗は急に、泣きたくなるような切なさを覚え、胸が苦しくなった。


「静麗。……愛してるよ。お前は俺の唯一だ。ずっと側に居てくれ」

「浩然、……私も大好き。ずっと一緒よ」





 二人はもう一度口づけを交わすと、静かに寝台に横たわった。





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