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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第四章

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七. 暗愁



 蝶貝宮で行われた皇后娘娘ご懐妊を祝う宴から、一月ひとつきが過ぎようとしていた。


 その間に後宮では、高位の側室達の中で数人の懐妊が新たに発覚し、皇家の存続はこれで叶う事だろうと、皇城は更なる慶びに包まれていた。



 月長殿にも複数の側室達が懐妊したという知らせは届き、その祝いの宴への招待もあったが、静麗ジンリーの体調不良を理由に全てを断っていた。





 ◇◇◇





「静麗様。今日は良いお天気ですわ。月長殿の裏庭にでも出てみませんか?」

「……ええ、そうね。行くわ」


 静麗は芽衣ヤーイーに促されると、小さく笑みを浮かべて長椅子からふらりと立ち上がり、裏庭へと降り立ち、ふわふわとした足取りで裏庭の小さな池まで歩くと、その畔にある長椅子に座った。

 そして、其処そこでぼんやりと水面を只管ひたすら眺めていた。

 芽衣はそんな静麗の小さな背中を後ろから静かに見守っていた。





 皇后娘娘の懐妊を祝う祝宴から、逃げるように月長殿へと戻って以来、静麗はまるで魂の抜けた人形のようになっていた。

 芽衣の呼びかけには普通に反応を返すが、何かを自発的にすることは無くなり、声を掛けなければ一日寝室から出て来ることも無い。




 後宮の最奥にある寂れた月長殿に押し込められて、信じていた全ての人に騙され、愛する夫は至高の存在となり静麗には見向きもしなくなり、その静麗は平民の身でありながら望まぬ側室とされ、それでも必死に後宮で生きるために一歩を踏み出し、やっと本来の明るさを取り戻しつつあった静麗だが、皇后娘娘懐妊の知らせは、ぎりぎりで踏みとどまっていた静麗の心をぽきりと折ってしまった。

 芽衣は、そんな状態の静麗に対し、ただ側に寄り添い、声を掛け続ける事しか出来なかった。



 そうしている間にも、数人の高位の側室達が懐妊したとの知らせは月長殿にも届き、その祝いの宴への招待も届いた。

 芽衣は悩みながらも、何時かは分かる事だと、正直に側室達の懐妊の知らせや、宴への招待の事を静麗に伝えた。

 静麗は静かな眼差しでただ一言、そう、とだけ返事をして、後は何も聞こうとはせず寝室へ閉じこもった。




 芽衣は静麗の様子に、側室達の祝宴への招待をどうするかで悩んだ。

 皇后娘娘の祝宴での、側室達の静麗に対する視線を思い返すと、とてもではないが祝宴への招待を好意的には受け取れない。

 皇后娘娘の時と違い、後宮に居る全ての側室達を招く必要など無い筈なのに、態々平民の静麗にも招待が届くなど、何を考えておられるのか。

 宴に出た席でどんな嫌がらせがあるか、分かったものではない。

 それに、静麗の状態も不安定なままだ。

 そんな状態の静麗を外に出すことに危機感を持った芽衣は、体調不良を理由に全ての祝宴に断りを入れ、祝いの品を届けるに留めた。




 月に一度、朝廷の高級官吏が静麗に対して、側室の俸禄を捧げ持ってくるのだが、その僅かな金子は全て祝いの品等を購入するのに費やした。

 禄を届けに来る官吏達は毎回変わったが、皆が後宮の最奥にある月長殿まで、平民の為に態々来なくてはいけない事に不満を持っている様だった。

 そういった官吏の相手をする度に、もともと不安定だった静麗の精神は悪くなり、塞ぎ込んでいった。



 しかし、何時までも月長殿に閉じこもっている事も叶わなくなっていた。

 皇后娘娘主催の宴や、後宮の年中行事等、後宮に住む全ての側室が出席しなければならない催しが幾つも控えている。

 平民の静麗が体調不良を理由に断るにも限度がある。


 芽衣は痛む心を抑えて、静麗の前に跪いた。



「静麗様。今月は後宮で多数の宴や、行事が執り行われます。これ以上、欠席を重ねられては、静麗様の御立場が益々悪くなってしまいます。どうか、側室の参加が義務付けられているものにだけでも、ご出席して下さいませんか」


 静麗はのろのろと顔を上げて、芽衣を見た。


「立場……?」

「はい。ご側室様方の祝いの宴にも、欠席をされました。……これ以上は、後宮に住まう者として許されません」


 芽衣の辛そうな声を聞きながら静麗はぼんやりと考えた。



 ―――今更、私の立場なんかどうでもいいわ…………どうせ、後宮ここでは、皇帝陛下のお渡りも頂けない平民と馬鹿にされているのだもの……



 でも……と、静麗は芽衣の顔をそっと窺い見た。



 ―――でも、私の立場がもっと悪くなったら、芽衣はどうなるのかしら。……もし、芽衣が私の側にこれ以上居るのが嫌になったら……



 静麗は自分の考えに血の気が引いた。



 ―――芽衣は、他の側室にお仕えした方が幸せかもしれない。でも今、芽衣に月長殿から去られたら、私はもう立ち上がることも出来ないわ………




 



「芽衣、……貴女は、」



 ―――私の側にいて嫌にならない……?



 そう聞こうとしたが、もし肯定されたらと思うと、恐ろしくて口に出すことなど出来ない。



「静麗様? 私が何か……?」

「……何でもないわ」



 ―――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい芽衣。私は貴女を離してあげられない



 涙が浮かんだ瞳を伏せて、悄然と俯いた静麗は小さく呟いた。



「宴にも、行事にも出るわ。だから……」




 ―――お願い。私の側からいなくならないで―――





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