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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
挿話

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一. 初夜之儀

 


 大国寧波ニンブォを統べる事と成った、至高の存在である皇帝陛下 ルゥオ 浩然ハオランは、即位と皇后娘娘冊立の全ての儀式を滞りなく終えると、その日の夜、皇宮内にある皇帝陛下の宮、透輝宮 曙光殿から近衛武官を多数従えて出て来た。


 曙光殿は、代々の皇帝陛下の住まう場所であったが、浩然が皇城に着いた日に入った殿舎でもあり、ひと月近く浩然が暮らしてきた場所でもあった。


 皇帝陛下は、即位の時に身に纏っていた豪奢な衣装から、皇帝陛下の初夜の儀の為にと、特別に誂えられた寝衣を着て、その上から皇帝陛下に相応しい、美しい光沢のある豪奢な上衣を羽織っていた。


 曙光殿の門前には高級官吏や、近衛武官達が拝跪して皇帝陛下の御出ましを待っていた。

 それを横目に、皇帝陛下は、皇族専用の華やかな輿へと乗り込んだ。


 武官達が皇帝陛下を乗せた輿をゆっくりと持ち上げ、後宮へと向かい、ゆるゆると歩き出す。

 その前後左右には近衛武官が整然と取り囲み、皇帝陛下を警護している。

 先導する高級官吏達の持つ提燈ランタンの灯が、幾つも連なり、後宮までの道を、闇夜を幻想的に照らしている。




 皇帝陛下が通る、その先にいる全ての女官や侍女、武官等の人々が跪く中、皇帝陛下を乗せた輿は、皇宮と後宮を隔てる巨大な銀星門を通り抜け、その真正面にある、大国寧波の後宮で一番荘厳で美しい建物、皇后娘娘が住まう、蝶貝宮 桃簾殿へと辿り着く。


 桃簾殿の前で静かに輿が下ろされると、介添えの手を無視して、皇帝陛下はさっと、一人で降りていく。

 そして、高級官吏に先導され、皇后娘娘の待つ寝室へと、桃簾殿の中を進んでいく。

 桃簾殿の中には、多くの侍女達が待ち受けており、皆、皇帝陛下が通り抜けていくのを拝跪して見送った。


 桃簾殿の奥に位置する皇后娘娘の寝室に入ると、本日、皇帝陛下の御正室、皇后娘娘として冊立された、貴一品位の大貴族の姫君である、ヂュ 薔華チィァンファが跪いて皇帝陛下の訪れを待っていた。



 此方も即位の時の華やかな衣装から、寝衣の上から上衣を羽織るだけの軽装となっていた。

 複雑に結い上げられていた髪も今は下ろし、艶やかなその黒髪を華奢な背に流している。

 夕刻から、初夜の儀の為に湯浴みを行い、隅々まで磨き上げられて、薄化粧を施されている皇后娘娘は、輝くばかりの美しさだった。


 皇后娘娘は皇帝陛下が目前まで歩いて来たのを確認し、深く頭を垂れた。


 高級官吏が前へ進み出て、初夜の儀に関しての説明を長々と話している間、皇帝陛下は美しい皇后娘娘を静かに見下ろしていた。


 やがて、全ての説明を終えた高級官吏や、控えていた侍女、武官等が、しずしずと寝室から退出していった。

 寝室には皇帝陛下と皇后娘娘の他に、寝室の入口に控えている皇后娘娘の侍女のみとなった。



「面を上げよ」


 皇帝陛下の言葉に、皇后娘娘は顔をそっと上げると、跪いたまま潤んだ瞳で、この寧波で一番尊い存在である、天子の顔を仰ぎ見た。

 皇后娘娘は感極まった様に涙を浮かべた美しい瞳で皇帝陛下を見つめて、花弁の様に愛らしいその唇を開いた。


「皇帝陛下。わたくしはずっと、陛下にお仕えすることを願って参りました。陛下の正妻として、皇后として後宮にお召し頂き、感謝申し上げます。心から、皇帝陛下に、………浩然様にお仕えさせて頂きます」


 透き通った美しい声で皇后娘娘は言うと、もう一度頭を下げて、額づいた。



 皇后娘娘となった薔華は、皇帝陛下と同じ十八歳の姫君だった。

 本来は、薔華は十六歳になった年に、皇太子の正妻として皇城に入宮する予定であった。

 だが、薔華の母が急病で亡くなった為、皇都の屋敷から領地へと戻り、一年間の喪に服すことになったのだ。

 もうじき一年で喪が明けるという時に、皇都で疫病が巻き起こる。

 疫病が収まるまではと、領地で避難した為、薔華は無事だったが、その疫病で前皇帝陛下と皇太子が亡くなり、浩然が皇帝陛下として即位することとなった。

 薔華はその為、皇太子の正妻ではなく、浩然の正妻、皇后娘娘として皇都に戻ることになる。

 元平民の皇帝陛下と聞いて複雑な思いをしていた薔華だが、初めて会った浩然の美しさと、高貴な佇まいに淡い恋心を抱いた。

 亡くなった皇太子は、大国の皇子という驕りもあり、高慢で乱暴な男であった。

 それでも、この寧波の皇帝陛下となる男性だと、敬ってきていた薔華ではあるが、浩然の優しい面立ちや、気品ある立ち姿に見惚れ、この男性の正妻となれる自分の幸運を喜んだ。





「美しいな」



 皇帝陛下は跪いていた皇后娘娘の白く美しい手を取り、優しく立たせながら呟いた。

 そして、目の前に佇む、皇帝陛下の正妻である皇后娘娘の顔を静かに見つめる。


 薔華は、貴一品の位の大貴族の中でも、特に身分が高く、絶世の美女と評判の姫君だ。

 皇太子の正妻となる為に、厳しい教育を受けてきた才女でもあった。


 皇帝陛下は、妻となった美しい皇后娘娘を、目を細めて見ていたが、ふと何かに惹かれる様に窓に目をやる。

 そこには、冴え冴えとした冷たい月光が、二人の初夜の場である皇后娘娘の豪奢な寝台を照らしていた。








 皇帝陛下は皇后娘娘の手を取り、そっと引き寄せるとその薄い肩を抱き寄せ、天蓋付きの豪奢な寝台に共に上がった。

 入口の横で控えていた皇后娘娘の侍女が静かに近づいて来て、天蓋に取り付けられている薄い紗をそっと下ろした。

 蠟燭の暖かな灯と、月の冴え冴えとした光が、薄布を通して天蓋の中にまで差し込む。

 豪華な寝台の中、薄く透ける紗に四方を囲まれ、薄闇に二人きりとなった皇帝陛下は、寝具に埋もれて、潤んだ瞳で皇帝陛下を見上げる皇后娘娘に覆いかぶさりながら、静かに目を閉じた。







 その夜、大国寧波の至高の存在である皇帝陛下に即位した 羅 浩然は、朱 薔華を、その正妻である皇后娘娘として召し上げ、朝まで寝台から出てくることはなかった――――







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