表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/132

五. 宥和

 


 芽衣ヤーイーと一緒に食事を済ませた静麗ジンリーは、疲れた様に椅子から立ち上がった。


「芽衣、少し休ませてもらってもいいかしら。昼餉も要らないから、少し眠るわ」

「静麗様……はい。ごゆっくりお休み下さいませ」


 静麗は心配そうに見てくる芽衣に背を向けると、寝室に戻り、寝衣に着替えると倒れこむように寝台に身を伏せた。

 故郷で使っていた物よりも、遥かに質の良い柔らかな枕に顔をうずめる。

 昨夜から一睡も出来ずに朝を迎えていたのに、目が冴えて全く眠気が起こらない。

 静麗は寝台に仰向けになり、天蓋にある、色が薄くなってきているが、美しい花の模様を目で追う。

 その花の模様に被さる様に、皇帝陛下の煌びやかな衣装を身に纏った夫の姿と、その横に並ぶ美しい皇后娘娘の姿が浮かぶ。




 ―――浩然ハオランは既に皇帝陛下となってしまった……それも、多分、自分の意志で。……だから、私には何も言ってくれなかったのだろう。……私は、この先どうすればいいのかしら………



 寧波ニンブォでは、同じ平民同士の中でも、其れなりに身分の差といったものがあった。

 ルゥオ家などは、歴史もあり、裕福な家であったからこそ、冬梅ドンメイは下級侍女として後宮に入ることも出来たのだ。

 それも、領主の後押しがあったからこそだが。

 だが、静麗の実家であるジィァン家は、雅安ヤーアンの中では裕福な方とはいえ、ただの平民でしかない。

 皇帝陛下の側室となるどころか、下働きとしても後宮に入ることは難しいだろう。



 ―――それ以前に側室とか、私が浩然を、他の女性達と分かち合うなんて無理よ。耐えられない。絶対に出来ないわ



 静麗は天蓋の花の模様に手を伸ばした。



 ―――でも、もう既に浩然は皇帝陛下として、他の女性を、それも貴族の中でも最も位の高い、貴一品の大貴族のお姫様を、正妻として迎え入れてしまった



 仰向けに寝ている静麗の手は、どれ程伸ばしても天蓋の模様に触れる事は出来ない。



 ―――もう、私だけの夫では無いのね………



 花の模様がぼやけて見えなくなった。






 ◇◇◇






 夕刻、静麗は寝室から居間へと出て来た。

 じっと、居間で静麗を待っていた芽衣は、ほっとした表情を浮かべて、静麗に椅子を勧めた。


「芽衣、ありがとう。……それと、ごめんなさい」

「静麗様?」


 静麗は目の前に佇む芽衣の両手をそっと握った。


「芽衣は、私が後宮に来た日から、ずっと側に居て支えてくれた。……確かに、私に黙っていたことがあったけど、でも、芽衣がそうしたくて、したわけじゃないのは解っているの。昨日も、酷い言葉を貴女に言ったわ。……でも、それでも貴女はまだ私の側に居てくれている。きっと、今私がこうして居られるのは、芽衣のお陰なの」

「静麗様……私を、許して頂けるのですか?」


 芽衣の眼に涙が浮かぶ。


「えぇ。……後宮や朝廷の事は私には分からないけれど、芽衣の事は、この一月ずっと一緒にいたもの。少しは解っているつもりよ。貴女は、私の事を本当に大切にして、心配してくれていた。……其れなのに、私は自分の感情を抑えられずに、貴女を傷つける言葉を言ったわ。ごめんなさい、芽衣」


 芽衣は激しく首を左右に振る。


「いいえ、いいえ静麗様。貴女様が謝る事など、何一つないのです。貴女にその様な言葉を言わせたのは、私達なのです!……私は、自分の身が、家族が大切で、静麗様が傷つくのを解っていながら、何も行動を起こしませんでした。私は、」

「芽衣、もういいの。私は貴女が大好きよ」

「静、麗様……」


 静麗は椅子から立ち上がると、涙を流す芽衣の身体を抱き締めた。

 芽衣も小柄な静麗の身体に両手を回して、きつく抱き締め返した。



 二人は、皇后娘娘という後宮の主が誕生して、慶びに包まれ、華やかになった後宮の最奥、誰も訪れることの無い寂れた殿舎の中で、涙を流しながら静かに抱き締め合った。





 ◇◇◇





「芽衣、お願いがあるの。聞いてもらえる?」

「何でしょう。私に出来る事なら何でも」


 静麗は小さく笑みを浮かべると、ありがとうと言った。


「私、後宮ここを出て、故郷の雅安へ帰ろうと思うの」

「静麗様……」


 芽衣は俯き、唇を噛みしめた。


「本当なら、皇子殿下が即位して、皇都が落ち着いたら浩然と二人で帰るはずだったの。遅くとも、一年後には帰して貰えると、官吏のイェン様からは言われていたの」


 ふぅ、と静麗は息を吐き、震える声を抑えようとした。


「でも、約束は果たされなかった。浩然が、皇帝陛下となってしまったもの。……それに、………皇后娘娘と婚姻をした以上、もう、浩然は雅安へ帰る事は出来ないのでしょう? でも、私は、これ以上皇都にいる必要は無い筈。其れどころか、きっと皆、早く田舎へ帰って欲しいと思っているでしょうね」


 芽衣は答えることが出来ずに俯いた。

 確かに、朝廷にとって必要なのは、直系の血筋である皇帝陛下のみで、静麗は、皇帝陛下の平民時代の汚点と捉えられかねない。

 それに御正室である皇后娘娘以外にも、今後、後宮には多くの貴族の姫君達が、側室として召し上げられ、入宮してくるだろう。

 そんな後宮に、平民の静麗の居場所があるわけもない。


「そう、ですわね。……それが、一番良いと思います」


 芽衣は遣る瀬無い思いで、静麗の言葉に同意をした。

 そんな、芽衣に静麗は強張った笑顔を浮かべ、続けた。


「だから、それを浩然に伝えて欲しいの。…………本当は自分で伝えたいけど、平民の私が皇帝陛下となった浩然に、会わせてもらえるとは思えない。だから、…………私は、雅安に帰るけれど、浩然は、…………皇帝陛下は、どうか、皇都で、責務を果たしてください、と……伝えて欲しいの」


 震える声で言葉を続ける静麗に、芽衣は身を乗り出して、その両手を強く包み込んだ。


「……そして、………今まで、ありがとう、………大好きでした、と……」


 とうとう我慢が出来ずに、笑顔が崩れ、静麗の瞳からは涙が幾筋も流れ落ちた。

 芽衣は奥歯を噛みしめ、静麗の小さな手を上から強く握り締めた。


「はい。静麗様。私から女官長様へ願い出て、皇帝陛下へと、必ずお伝えして頂きますわ」


 静麗は芽衣の言葉に何度も首を上下に振り、頷いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ