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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第三章

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二. 即位之儀

 


 静麗ジンリーは、天河殿の前に広がる、広大な石畳の広場を、その上で跪いている文武百官達を、回廊にある大きな石柱の陰から茫然と眺めていた。



 即位の儀式が始まる前に、何とか夫に会い、真意を確認しなければと考えて後宮を抜け出して来たが、儀式は既に始まっていたのだ。

 この広大な天河殿の、何処にいるのかも分からない夫と会うことなど、静麗には不可能に思えて茫然としていると、急に大きな音が鳴り響き、驚きにびくりと身体を震わせた。

 見ると、広場で跪いていた全ての人達が一斉に頭を下げて拝跪礼をしていた。

 これ程の人数が拝跪をする人物など、皇帝陛下以外には、あり得ない。



 突然の事態に、何の心構えも出来ていなかった静麗の心臓は、激しく脈打った。

 静麗は両手をぎゅっと握り締めて、祈る様に天河殿を見つめた。



 夫の筈が無い―――

 夫は静麗と一緒に故郷に帰るのだから。

 御義母様の墓前で、必ず戻ると共に誓ったのだから、―――夫でなどあり得ない。




 ――――――お願い。即位するのは、病から回復した皇子殿下であって!




 静麗が心の中で叫んだ、その時、天河殿の正面に有る、小さいが美しい彫刻が彫られた朱色の扉が、両側から武官の手によって恭しく開かれた。


 その開かれた扉の中、暗闇からゆっくりとした足取りで姿を現わした人物に、静麗は、あぁと呻いた。






 それは、眩い皇帝陛下の衣装に身を包んだ夫、浩然ハオランであった。





 静麗のいる場所からは遥か遠くに、見たことも無い豪華な、皇帝陛下の即位の為の衣装に身を包み、髪を結い、皇帝のみが着けることを許された冕冠を被った夫の姿に、静麗は強い衝撃を受けた。




 ――――――浩然、どうして?…………あなたは自分の意志で其処そこに立っているの……?




 静麗は信じられない思いで、夫の姿を凝視した。

 その時、夫が後ろを振り向き、今、自分が出て来た扉の向こうへと手を差し伸べた。


 すると、室内の暗闇の中から、白く美しい手が、すぅと伸び、差し出された夫の手にふわりと重ねられた。


 夫は手を重ねたまま、白い手の持ち主を、優しく自分の隣へと導く。


 夫の横に、豪華な衣装にも決して負けることはない、絶世の美女の姿を見て、静麗は息を飲んだ。




 その女性が身に纏っている、白地に赤や金の鮮やかな刺繍を全面に施し、宝石を縫い付けた眩いほど美しい衣装は、夫と揃いになっている。

 きっと同じ生地から作られているのだろう。

 女性の豪華な衣装の裾はとても長く、背後にまるで扇のような形で長く広がっている。

 小さく白い顔には美しく化粧が施されて、大きな瞳の目尻には赤く線が引かれている。

 額には朱色で花弁の様な形の模様が描かれていた。

 大きく複雑な形に結い上げられた髪には、簪や髪飾りが無数に飾り付けられている。

 大ぶりな金と宝玉の耳飾りが光を反射し、茫然と見ていた静麗の目を刺した。



 夫の横に並び、見劣りしない女性など初めて見た。

 その美貌の女性の手を、優しく握っている夫。



 いつも、静麗の髪を、背を撫でてくれた大きく暖かな手で、知らない女性の手を握り、いつも静麗の場所であった、夫の隣へと美しいその女性を導いている。




 夫が美しい女性の手を引いたまま、朱色の絨毯の上を優雅に歩き、広場に降りる長い石階段の前まで来ると、其処そこで足を止めた。



 夫は遥かな高みから、広場に犇めいている、皇帝陛下の臣下達を冷然とした眼差しで見下ろした。

 女性はそんな夫の横に、寄り添うように並ぶと、顎を上げて同じように下方の臣達を見下ろした。



 夫が、天河殿の前に跪いて、叩頭礼をしている数え切れない人数の臣達に、皇帝として即位した事を、貴一品位の貴族の姫を皇后、正妻として賜ったことを、厳かに毅然として宣言している。





 まるで、遠い世界のおとぎ話を見ているような心持で、遥か遠くに立つ皇帝陛下と皇后娘娘を見つめる事しか出来ない静麗。





 ――――――どうして? どうして? どうして?…………正妻って、じゃあ、私は何?……私達は夫婦だよね。なんでそんな所に立っているの? 手伝いをするだけじゃなかったの?――――――ねぇ浩然、早く雅安ヤーアンに帰ろうよ。……帰りたいよ。こんな場所に居たくないよ―――……









 ◇◇◇




 ぼんやりとした意識のまま、即位の儀式を眺めていた静麗だが、後ろを通りかかった女官達の言葉で我に返った。



「早く準備を整えないと、今日の初夜の儀式の場所が、急に変更になったのだから」

「でも、初夜の儀はいつも、皇帝陛下のお住まいの宮で行われるのに、何故、今回は陛下が皇后娘娘の宮まで赴かれるのかしら?」

「さぁ? 其れだけ、陛下の皇后娘娘に対するご寵愛が深いのではなくて? ご自分の宮にお召しになるのではなく、態々、皇后娘娘の元へまで尊い御身で足を運ばれるんですもの」


 女官達は静麗の後ろを、慌ただしく通り過ぎていった。



 ―――初夜……



 静麗はぎこちない動きで、天河殿の壇上に悠然と立つ、皇帝陛下と皇后娘娘を見上げた。



 ―――初…夜………?



 皇帝陛下が御正室を賜るという事は、婚姻するという事で、当然、夫婦としての行いがある、はず、で、……



 静麗は足元がぽっかり空いて、奈落に堕ちていくような感覚にその場で頽れた。













ジィァン様」


 冷たい石の床に頽れたまま、動けない静麗に声が掛けられたが、静麗は顔を上げることも出来ずに、俯いていた。


「蒋様。その様な場所に座っていては、身体に悪い。どうか、私と戻りましょう」


 静麗の前に片膝を突き、手を差し伸べてきたのは、後宮で警護をしているはずのグゥォ 伝雲ユンユンであった。

 声を掛けても、静麗が全く反応しないのを見た伝雲は、小さく息を吐くと、静麗の肩を抱き、支えるようにして、立ち上がらせた。

 そして、回廊から外れた所に止めてあった、小さな馬車に静麗を乗せると、自分も乗り込んだ。


「出せ」


 御者に短く指示を出した伝雲は、横に座った静麗の様子を伺い見る。

 静麗は虚ろな眼差しで、馬車の床を見ていた。


 それから、誰も口を開くことはないまま、馬車は内廷に入り、今朝抜け出して来たばかりの、後宮の裏門を通り過ぎた。


 馬車はそのまま、橄欖宮の前まで横付けされ、静麗はまた伝雲に支えられて、月長殿へと連れ戻されたのだった。





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