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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第二章

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十三. 虚偽

 


 浩然ハオランとほんの一時の再会を果たした後は、予想通り全く会うことが出来なくなった。


 静麗ジンリーは浩然の憔悴した様子を思い出し、身体を壊さないかと心配な毎日を過ごしていた。

 しかし、一度浩然の姿を見ることが出来、会えない理由も分かった静麗は、以前に比べても落ち着いて過ごすことが出来ていた。




 その日も、芽衣ヤーイーと一緒に昼餉を頂いた後、散策に出かけることにしていた。

 本来、侍女と主人が同じ席に着き、飲食を共にすることなど許されないのだが、一人で食べるのは寂しいと芽衣に訴えて、食事を共にすることに成功していた。



 ―――あれは、でも、泣き落としと言った方がいいかもしれないわね



 自分の行いを客観的に考えて、静麗は少し反省した。

 でも、後宮に入ってから、芽衣と女官長、それに武官のグゥォ 伝雲ユンユンぐらいしか、話した人が居ない静麗には、せめて、食事ぐらいは楽しくしたいと思っていたのだ。


 月長殿の中には簡易の厨房もあり、そこで湯を沸かして、お茶を淹れることや、簡易な軽食を作ることも可能であった。

 静麗が月長殿に入るまで、厨房など使う者が居なかった為、雑然としていたが、芽衣が月長殿に移ってから、頑張って掃除をしてくれた。

 静麗も手伝うと言ったのだが、頑として受け付けなかった。


「静麗様の御手を煩わせるほどでは御座いませんわ。もし、どうしても人手が必要なら、下働きの者を数名、橄欖宮に派遣して貰いますから、大丈夫です」


 と断られていた。

 実際、生活に必要な物を運ぶために、数日に一度は下働きの者が月長殿に訪れてはいたのだ。

 ただ、下働きの者が入るのは月長殿でも裏方のみで、普段居間に居ることの多い静麗は、直接会ったことはなかった。

 それに、芽衣の働きぶりを見ていると、確かに本人が申告していたように、貴族の姫君というよりは、庶民といった感じが強い。



 ―――侍女が芽衣の様な気さくな人で良かった。これが、もっと貴族のお姫様といった感じの人だったら、私がどう接していいのか分からないもの



 昼餉の後、芽衣が淹れてくれた香り高いお茶を一緒に飲みながら、静麗は微笑んだ。






 後宮に来てから一月近くが経った今、静麗は随分と後宮内の敷地には詳しくなった。

 静麗の住む橄欖宮、月長殿は、正に後宮の最奥と呼べる場所に有り、用事の無い者がたまたま通りかかるといったこともほぼ無い。

 偶に、警護中とおもわれる伝雲を宮の近くで見かけることもあるが、仕事中だと思うと、気軽に声を掛けることも出来ない。

 いつも静かで寂しい月長殿は、その少し古びた佇まいの屋敷も相まって、夜などは少し怖いと思っていたが、それももう慣れた。




 静麗の周りでは穏やかに日々が過ぎていった。





 ◇◇◇





 静麗が浩然と再会した日から六日が経った日の午後、芽衣と一緒に今が見頃だという花園を見に行くことにした。

 二人で連れだって、花に囲まれた小路を歩いていると、目的地である花園の四阿の中に先客が居るのが見えた。

 とても小柄な女性と、その侍女と思しき女性二人だ。


「芽衣、あちらの長椅子に掛けていらっしゃる方、女官や、侍女じゃないわよね。とても素敵な衣装を着ているもの」

「あれは、……」


 芽衣は四阿の中の人に気づくと緊張した面持ちになった。


彼方あちらにおられるのは、先帝陛下の御息女であるリィァン 春燕チュンイェン公主殿下ですわ」

「まぁ、本物のお姫様なのね。でも、先帝陛下の姫という事は、御身内を疫病で沢山亡くされたのでしょうね。まだ、成人されているようには見えないのに。お可哀想に」

「えぇ、梁公主殿下はまだ十三歳ですので、成人前ですわ。でも、大層明るく、朗らかな姫君でいらっしゃいます。そういえば、公主殿下のお住まいの緑閃宮 黒曜殿はこの直ぐ近くでしたわ」


 そう言って、右手方向を向いた芽衣に釣られて静麗も其方そちらを見る。

 其処そこには、華やかな殿舎の屋根の一部が見えていた。

 静麗の借りている殿舎は平屋建てだが、此処ここから見える建物は二層以上はありそうだ。


彼方あちらが、梁公主殿下のお住まいの黒曜殿ですわ」

「そう、素敵な建物ね」

「……でも、どう致しましょうか? 今日は四阿を公主殿下が使っておられるようですし、私達は花を見たら、月長殿に帰りますか?」


 芽衣に応えようとした時に、四阿から透き通った綺麗な声が聞こえてきた。




「だから、私は明日の即位式には出ないと言っているのよ!」



 静麗は、明日の即位式という言葉に、はっと芽衣の顔を見た。

 即位が近々行われるという事は聞いていたが、明日とは知らなかった静麗は驚いた。

 芽衣は強張った顔で、そんな静麗を見返して来た。


 そこにまた、先程の綺麗な声が、矢の様に届く。



「だって、明日即位するのは私のお兄様ではなく、田舎から出て来たばかりの、平民腹の皇子なのでしょう? そんな、田舎の平民が私のお兄様を差し置いて皇帝陛下になるだなんて、嫌よ。許されないわ!」








「……ぇ……?」




 静麗は公主殿下の言葉に動きを止め、固まった。


 四阿の中からは公主殿下の大きな声と、それを何とか宥めようとする侍女の声が漏れ聞こえてくるが、静麗は其れどころではない。





 ―――今、なんと、言った?…………公主殿下は、なんと言った?






「……芽衣?」


 ぎこちない動きで芽衣に顔を向けると、芽衣はその場で頽れる様に跪き、頭を深く下げた。


「……芽衣、……」


 静麗の小さな呼ぶ声に、芽衣はびくりと身体を震わせると、ますます頭を下げ、地面に額を擦りつけた。



「申し訳御座いません、申し訳御座いません。静麗様。……申し訳、…ござい、ま、せんっ」


 震える声で謝罪を繰り返している芽衣を、茫然と見下ろす。



「芽衣、……芽衣。違うわよね。今公主殿下が言ったのは、……浩然の事じゃないわよね。……公主殿下は何か勘違いをしているのよ。だって、皇帝陛下に即位するのは、病から回復された、皇子殿下のはずですもの…………浩然は私と雅安ヤーアンへ帰るのよ?………浩然は、関係ないのよね……?」

「静麗、様っ。申し訳、御座いません」


 涙声で謝り続ける芽衣に、静麗は同じようにしゃがみ込むと、その身体を抱き起こした。


「芽衣、違うと言って! 浩然は関係ないって、即位するのは浩然じゃないって!!」


 芽衣は涙を溜めた瞳で静麗を見上げると、震える声で静麗に告げた。


「もうこれ以上は、静麗様に、…嘘、を……申し上げる事は、…出来ませんっ」


 芽衣はその場でもう一度平伏すると、涙ながらに、静麗には告げる事が許されなかった事を、はっきりと口に出した。



「明日の、…御即位式で、皇帝陛下に即位成されるのは、――― ルゥオ 浩然殿下で御座います!………そして、その場で、同時に……」



 芽衣は嗚咽を漏らして、涙を流し、声を押し出した。





「貴一品位の貴族の姫君が、皇帝陛下のっ、……御正室として、―――皇后娘娘として冊立なさいますっ」



 静麗は芽衣の言う事が理解出来ずに、足元で泣き伏せた芽衣を茫然と見おろした。












 静麗の脳裏に、先日会った愛おしい夫の、浩然の顔が浮かぶ。


 仮の即位式は、終わっていると、聞いた…………


 では、浩然は、あの時は既に…………





 浩然の後ろに控えていた閻の顔、後宮で会った女官長の顔、……今自分の足元で跪いている芽衣―――――――――そして愛しい浩然。







 静麗は信じていた全てのモノが、偽りであったことに、茫然と空を見上げた。





第二章 終


次回 挿話

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