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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第二章

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十一. 銀星門

 


 静麗ジンリーが庭園の木陰で、皇子殿下の即位の噂話を聞いた日から二日後、女官長のシュ 美雨メイユーが月長殿を訪れた。


 女官長と会うのは、後宮に入った初日以来だ。

 何度か、手紙をしたためて送ったり、芽衣ヤーイーに言伝をお願いしたこともあったが、好い返事は貰えずに落ち込んでいた。

 しかし、女官長から月長殿を訪れるという事は、浩然ハオランの事で何か話があるはずだと、静麗は期待に胸を膨らましていた。


 芽衣に先導されて部屋に入って来た女官長を、静麗は立って出迎えた。


ジィァン様。ご無沙汰しております。お変わりございませんか」


 女官長は初日と変わらず、感情が窺えない表情で静麗に挨拶をした。

 静麗は、頭を下げ丁寧に揖礼をすると女官長に向き合った。


「はい、女官長様。ありがとうございます。芽衣にもとっても良くして頂き、本当にありがたく思っています」


 静麗は緊張の面持ちで女官長に応え、椅子に座ってもらうように勧める。

 女官長と静麗が向かい合って席に着いたのを確認した芽衣が、二人の前に茶を出した。


「ありがとう、芽衣」


 静麗が芽衣に笑顔を向け、礼を言うと芽衣はぎこちなく笑みを返してくれた。


 二日前の庭園を散策した日より、芽衣の体調はあまり良くないようで、顔色も悪い。

 心配した静麗は、休むように勧めたのだが、芽衣は頑として休もうとせずに、常に静麗に付き従っていた。

 女官長はそんな芽衣をちらりと見た後、静麗に視線を向けた。


 女官長の、心の中まで覗き込まれるような強い眼差しに、静麗はたじろいでしまう。


「蒋様。本日はルゥオ様の件で参りました。明日の午後、少しの時間ではありますが、羅様と面会する事が可能となりました。如何いかが致しますか?」


 静麗はずっと待ち望んでいた言葉に、笑みを浮かべた。


「はい。勿論、会います! あぁ、嬉しい。やっと浩然と会えるのね」


 胸の前で手を組んだ静麗は、ほっとした様に息を吐き、早く浩然と会いたいと落ち着きなく、そわそわとしてしまう。


「分かりました。では、明日の昼餉の後に、後宮の正門である、銀星門の前までお出でになって下さい。羅様は今大変にお忙しいので、後宮の最奥にある橄欖宮まで来ることは出来そうにありません」


 女官長はそこまでを静麗に言うと、振り返って後ろに控えている芽衣を見た。


ディン、貴女が蒋様を銀星門までご案内しなさい」

「はい、女官長様」


 芽衣は深く頭を下げて了承する。

 それに一つ頷きを返すと、女官長は立ち上がった。


「では、蒋様。私はこれで失礼いたしますわ」


 静麗も慌てて立ち上がると、女官長に深く頭を下げた。


「あの、お忙しい所を、態々ありがとうございました」


 女官長はそれに対して頷きを返すと静麗を置いて、部屋から立ち去った。

 芽衣は女官長を門戸まで見送る為に部屋を退出した。


 女官長が部屋から遠ざかったのを確認した静麗は、長椅子に腰かけた。



 ―――あぁ、やっと浩然と会える!……でも、いくら忙しいからって、夫婦なのにこんなに長い間離ればなれになるなんて、思ってもいなかったわ。でも、それももうすぐ終わるはず。皇子殿下が即位するまでの我慢よ



 静麗は明日の再会に想いを馳せて、柔らかく微笑んだ。





 ◇◇◇





「芽衣、この色はどうかしら。少し派手かな。……やっぱり、そっちの薄い紅色の方がいいと思う?」


 浩然と再会が出来るというその日、朝から月長殿には静麗のはしゃいだ声が響いていた。

 寝台の上に色鮮やかな襦裙を幾つも並べ、静麗は悩んでいた。

 せっかく久しぶりに浩然と会うのだから、綺麗に着飾った姿も見て貰いたい。

 後宮を辞して故郷に帰ったら、こんな貴族のお姫様が着るような衣装は、着ることなど出来ないだろうから。



 ―――浩然、喜んでくれるかな……



 綺麗だよ―――と褒めてくれる浩然を思い描き、襦裙に顔を埋めて、照れてしまう。


「静麗様……」


 芽衣の声にはっとして、首をぷるぷると振り、妄想を追い払う。

 照れ笑いを浮かべ、芽衣に向き直る。


「ねぇ、芽衣はどっちがいいと思う」

「…………そう、ですわね、私は此方の白緑が静麗様には似合うと思いますわ。淡い薄緑を重ねて羽織るととても美しいです」


 芽衣の手に取った襦裙を見る。

 確かに、あれなら平凡な静麗にも似合うかも知れない。

 それに、浩然に送られた二本の簪とも合うような気がする。


「うん。とっても素敵ね、芽衣。それにするわ」

「では、昼餉の後に此方にお召し替えをなさいますか?」

「そうするわ。まだ、一人じゃこの衣装を綺麗に着ることが出来ないから、手伝って貰えますか?」

「はい。芽衣にお任せください」


 芽衣は俯いたまま、硬い笑顔で静麗に応えた。





 ◇◇◇





 昼餉の後、芽衣に手伝って貰った静麗は、華やかな衣装を身に纏った。

 鏡の前に立ち、全身を確認する。



 ―――衣装に負けている気がするわ……



 少し、落ち込んだ静麗だが、気を取り直して浩然から贈られた二本の簪を、芽衣が綺麗に結い上げてくれた髪に差した。



 ―――あ、やっぱりこの衣装と簪はとっても合うわ。うん、いい感じ



 少し気分が上昇した静麗は、芽衣に先導されて月長殿を出た。


 最近は彼方此方あちこちの庭園を散策したり、豪華な建物群を見学していた静麗だが、後宮の正門がある、皇宮に近い場所には初めて足を運ぶ。


 身分の高い貴族の姫君達が入るという、この辺りの宮や殿舎は、静麗のお借りしている後宮の最奥にある、古びた月長殿とは比べ物にならない程煌びやかだった。

 朱や金で彩られた外廊下の欄干、太く立派な回廊の柱には極彩色で彩られた精密な彫刻が彫られている。

 平屋建ての月長殿と違い、正門に近い場所の殿舎は全て二層以上の豪華な建築物となっている。

 後宮内で豪華な建物を多く見てきた静麗だが、この辺りの殿舎は別格だと、感嘆の溜息を吐いた。





 芽衣と二人で長い道程を歩いていくと、正面に巨大な建物が見えてきた。


「静麗様。あれが、皇宮と後宮の間にある正門の銀星門ですわ。後宮の側室様方はこの門より先に出ることは叶いませんし、皇帝陛下以外の男性は、高級官吏や、武官などで手形を持った一部の者しか入ることは出来ません」

「凄く、立派な建物。門というより、これ自体が一つのお屋敷のようね」


 静麗はまだ遠くにあるにも拘らず、これ程大きく見えるなどとは、と驚嘆する。

 初日に通った裏門ですら、領主の館の門のようだと感じたのだが、此方の正門は全く規模が違う。




「静麗様。彼方あちらで待ちましょう」


 銀星門の近くまで歩いて来た静麗は、芽衣の言葉で我に返った。

 歩きながらも、素晴らしい門に見とれていたらしい。

 芽衣は門の手前、少し横手に下がった場所にある、小さな池の横に設置されていた長椅子を指さした。

 長椅子の上には大きな日よけの傘があり、昼のきつい日差しを遮っていた。


「ええ。……芽衣は浩然がいつ頃来られるのか、聞いている?」

「いいえ。お忙しいようですし、時間が空き次第来られると思いますが……」

「そう。本当に忙しいのね。じゃあ、それまでここで、この大きな門を鑑賞しているわ。芽衣も一緒に座って頂戴」



 静麗は早く浩然に会いたいと逸る気持ちを押え、長椅子に腰かけた。





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