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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第二章

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三. 後宮

 


 静麗ジンリーが後宮の門を、そうとは知らずに潜ってから二日が経った。

 だが、未だに後宮から出ることも、浩然ハオランと会うことも出来ていない。



 静麗はふう、と溜息を吐き、自分の姿を見降ろす。

 淡い色合いの、ひらひらとした薄い衣を重ねた美しい衣装。

 襦裙は貴族が身に纏う様な品物だった。

 静麗のような平凡な平民が着ても似合うとは思えない。


「でも、この衣装……私の作った花嫁衣裳よりも、良い生地を使っているわ」


 普段着として渡された襦裙の生地を触り、複雑な気持ちになる。

 静麗は今いる部屋をぐるりと見渡した。

 見たことはないけれど、きっと貴族のお姫様の部屋は、この様に豪華なのだろう。

 静麗はもう一度、大きな溜息を吐いた。




 二日前のあの日、皇城の正門だと勘違いして潜った所は、実は後宮の裏門だったらしい。



 ―――使用人や、御用商人用の門なのに、どうしてあんな立派な裏門が必要なのかしら。あれじゃあ、私が勘違いするのも仕方ないと思うわ!……それに、どうして私は今だに後宮ここにいるのかしら



 静麗は門を抜けた先で聞いた、女性の淡々とした衝撃の言葉を思い出した。




 ◇◇◇




「…………後宮?」

「ええ。そうです」

「……え?……あの、後宮って、天子様のお嫁さん達がいる、男子禁制の場所、です、よね…?」



 静麗は、昔読んでもらった物語の後宮を思い浮かべて女性に聞いた。

 女性は少し首を傾げ、いいえ、と首を振り、綺麗に敷き詰められた石畳の上を歩き出した。

 静麗は慌てて隣に並び、共に歩く。

 誰も知り合いの居ない、頼る人も居ない場所で、置いて行かれては大変だ。



「後宮は確かに皇后娘娘や、側室様方がお住まいになる場所ですが、其れだけではなく、皇族の幼い皇子殿下や、未婚の女性皇族の公主殿下達も居られます。それから、現在の後宮は厳密には男子禁制では御座いません。確かに以前は男子禁制だった為、宦官がいたと聞いていますが、それらは遥か昔の話です。現在の後宮では、警護の武官や、一部の高級官吏、それに手形を持った御用商人達といった男性は、後宮の門を潜る事が許されています」

「そう、なんですか……」


 静麗は頷きながらも、今一番知りたいことを訪ねた。


「あの、どうして私はここに居るのですか?それに、浩然は……夫は何処に居るのですか?」

「……それは、宮に着いてからお話し致しましょう。立ち話で済むことではありませんから」


 女性はそう言ったきり口を閉ざした。

 静麗は直ぐにでも詳しい話を聞きたいと思ったが、女性の雰囲気がそれを許さない。

 静麗はこれ以上この場所では聞き出せないと諦め、大人しくついて行くことにした。

 そして今まで女性に集中していた意識を、周りに向けだした。



 白壁で囲まれた中は驚くほどに広大だった。

 見える範囲だけでも荘厳で趣の有る、大きな建物が幾つも見える。

 それらの建物群の間には趣向を凝らした美しい庭園や、小さな船を浮かべた池までもある。

 その池からは小川が流れ、綺麗な曲線を描いた朱色の欄干も美しい、木の橋が架かっていた。

 また、奥手には手入れが行き届いた花々が咲き乱れる花園も見え、その中心には彫刻が美しい石造りの四阿が見えた。

 まるで天上の世界の様に美しい。



 その全てに圧倒され、静麗の足が止まりそうになる。

 だが、女性は足を止めることなく歩き続ける為、もう少しこの景色を見ていたいと残念に思いながらも、女性の後ろに付いていく。


 長い間歩いていると、途中で何人かの女性とすれ違う。

 皆同じ衣装を着ている所をみると、後宮の使用人かもしれない。

 ただ、その使用人と思しき女性達の皆が美しい顔をしている事に静麗は驚き、以前に浩然と交わした会話を思い出した。







「天子様がお住まいの後宮って、美しい女性が数え切れない程いるって本当なのかしら。……きっとすごく煌びやかなおとぎ話のような場所なんでしょうね」


 静麗の夢見がちな考えに苦笑する浩然。


「確かに、後宮に入るには顔の審査もあるかもね。皇后から下女に至るまで、後宮にいる女性は、表向きには全て皇帝陛下のモノだから。最上のモノを揃えるだろうからね。今は無いけれど、昔は後宮に入れる為に美女狩りも行われたそうだよ」


 珍しく少し皮肉な顔で言う浩然。


「えっ!? 無理やり連れていかれるの? そんなの駄目よ。私だったら耐えられないわ。……あ、でも狙われるのは美女だけね……私には関係なかったわ」


 あはは、と自嘲した様に笑う静麗に、浩然は眉を寄せて不満な顔をした。


「静麗は可愛いよ。俺が嫁に欲しがるぐらいだからね。もっと自分に自信を持ってもいいと思うけどな」


 静麗は直接的な褒め言葉に顔を染めて、浩然を上目遣いで見た。


「何を言ってるのよ。それに、もし美女狩りが今行われたら、私よりも浩然が連れて行かれるんじゃないの」

「俺は男だよ。なんで後宮なんかに、入れられなくちゃいけないんだよ」


 嫌そうに顔を顰める浩然。

 静麗はふふっと楽しそうに笑う。


「だって、私よりも。いいえ、この町、この領地できっと一番綺麗な顔をしているのは浩然だもの」


 うっとりと言う静麗に、はぁ、と溜息を吐く浩然。


「それは、俺は母さんと、彼の方あのかたの子だからね。……貴族や皇族っていうのは皆、美しいだろう?」

「そうね。領主様ご一家もとてもお美しかったわ」

「それはね、先祖代々美しい女性や、男性を伴侶や側室に選んできたからだよ。時には権力を使ってでも無理やり自分のモノにしただろうしね。代々美形で固めてきたんだから、子孫が美しくなるのは必然だろう」

「あぁ、以前雅安ヤーアンに来た旅芸人の一座がそんな演劇をしていたわ。愛し合う二人が引き裂かれてしまうの。最後は愛しい相手を思いながら自害してしまったの。とても悲しかったわ」


 思い出した演劇の内容に、切ない溜息を吐く。


「そうだったね」


 浩然は面白そうに笑いながら続けた。


「泣き止まない静麗を連れて帰る時に、道行く人達が皆振り返って俺に非難の眼を向けるから、大変な思いをしたよね」

「そ、それは、……あの時の事は悪かったと思っているわ。だって、自分に置き換えてしまったら、涙が止まらなくなったんだもの」

「大丈夫だよ。今は無理やり連れて行かれるなんてことは無いし、俺が静麗を手放すはずがないだろう」


 優しい瞳で静麗を見つめる浩然。


「あぁ、早く静麗の花嫁姿が見たいよ。きっとすごく綺麗だろうな」


 幸せで堪らないという顔で笑った浩然。

 まだ、半年も経っていない頃の話だ。






 後宮の美しい女性の使用人を見たことで思い出した、過去の浩然の言葉に頬が赤く染まる。

 少し俯き加減で歩いていた静麗は、案内してくれている女性が立ち止まっていたことに気付かずに、ぶつかりそうになった。


「っ、すいません」

「いいえ。―――どうぞ、此方へ」


 慌てて謝る静麗を上から見下ろし、大きな門構えの前に立つ。


 そこには、『橄欖宮』と彫られた一枚板が掲げられた、立派な門があった。

 その門を潜り、石畳を抜けた先にある小さな庭園の中を更に進んでゆく。

 門の中は先程まで見ていた後宮とは少し趣が違っていた。

 今までの華やかさがなく、良く言えば落ち着いた、悪く言えば少し寂れた様子が窺える。

 その寂れた庭園を二人は無言で歩く。


 後宮の裏門から、長い時間歩き続けて辿り着いたその場所には、小さくて少し古い屋敷があった。

 手入れも行き届いていない感じだ。

 だが、平民の静麗から見れば十二分に立派な建物だ。

 ただ残念なのは生い茂った草木が建物を取り囲み、空き家のように寂しく見えることだ。

 その屋敷の中へ迷いなく入ってゆく女性。

 静麗もおずおずと後に続く。

 屋敷に入って幾つかの小部屋を通り過ぎ、居間と思しき場所で女性は足を止めた。


ジィァン 静麗様。貴女様には本日より此方の殿舎、月長殿でお過ごし頂きます。後程、専属侍女をご紹介いたしますわ」


 突然の女性の言葉に静麗は驚く。



 ―――どうして自分が後宮に? 男子禁制では無いなら、もしかして浩然も此処で一緒に住むのかしら。それに、蒋?私は浩然と婚儀を上げているのだから今は羅なのに……



 静麗は困惑した顔で、女性の顔を見つめた。






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