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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第二章

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二. 境界

 



 静麗ジンリー浩然ハオランが皇都まで持ってきた荷物は、全て先に皇城へ運び込まれている為、静麗は今、身一つで馬車に揺られていた。

 皇城での生活では、イェンが全て整えると言うので、旅路で必要な最低限の物しか持ってきてはいないが、それすらも無い今、非常に心許ない気がする。




 雅安ヤーアンに閻が訪ねて来てからの事など、色々な事に思いを馳せていると、随分と時間が経っていたようだ。

 先程までは、皇都の大通りを進んでいたのか、人々のざわめきや、客を呼び込む店員の声も微かに聞こえていた。

 しかし今は、大通りから外れたのか、賑やかさから離れ、馬車の速度が上がってきた。

 それと同時に、車輪の音も変わっていく。

 つい先程まではガタゴトと煩く音を立てていたものが、石畳が滑らかになったのか、揺れも落ち着き、音も静かになった。



 ―――道が滑らかになったわ。閻様が仰っていた外城に入ったのかしら? だとしたら、この先に内城があって、その中に皇城があるのよね。……なんて大きさなの。………私、迷子にならないかしら……



 不安を覚えた静麗は、外の様子を見てみようと、馬車の小窓を開けようとしたが、小さな窓は開くことは無かった。



 ―――少し古そうな馬車だったし、窓、壊れているのかしら



 外を見ることを諦めた静麗は、溜息を吐き、大人しく座り直した。


 幾つかの門を通過したようで、御者と門衛と思える人の声が微かに聞こえる。

 ぼんやりと、今どの辺りなんだろうと考えていると、やがて馬車の速度が徐々に落ち、その動きを止めた。

 やっと着いたのかと思い、静麗は扉を開けようとしたが、先に外に居た武官が開けてくれた。


「御婦人、着きました。どうぞ、此方こちらにお出で下さい」


 武官の言葉に頷き、手を借りて馬車を降り、周りを見回した。




 そこは、白壁が美しい漆喰の塀が長く、長く続く場所であった。

 高い白壁の上には、日の光を浴びて波打つように輝く瓦屋根があった。

 顔を左右に振り周りを見渡すと、右手の少し進んだ場所に大きな門構えがあり、武官が二人、閉じた門戸の両脇に控えていた。

 門構えは朱塗りの立派な物で、極彩色が美しい巧緻な彫刻も見える。

 まるで領主様の屋敷の門の様に立派だと静麗は思った。


 皇都に入るまでに見てきた、疫病の爪痕も生々しい重苦しい景色と、この美しくも豪華な皇城の景色の落差に、静麗は不公平な気がして顔を顰めた。

 でも直ぐに首を振り、思い直した。



 ―――疫病の被害が一番酷かったのは、皇城って言っていたわ。今はこんなに美しく見えても、当時は酷かったのかもしれない



 でも、と静麗はもう一度周りを見回した。

 一緒に宿から出発した筈の、浩然の乗った皇族専用の豪華な馬車が何処にも見当たらない。

 首を傾げて、静麗は武官に尋ねた。


「あの、浩然は……夫はどこですか」

「申し訳ございませぬ。私は貴女をこの門前までお送りするようにと、任ぜられただけですので、分かりかねます」


 武官の言葉に静麗は戸惑った。


「え、……では、私はこれからどうすれば……」

此処ここからは、私がご案内致しますわ」



 静麗が全く知らない場所に、一人放り出されて途方に暮れた時、門構えの方から良く通る凛とした低い声が掛かった。

 驚いて振り返ると、門戸が開かれ、四十代程に見える女性が、門の内側から此方を見ていた。


 背筋を伸ばし、顔を真っ直ぐに上げ、手を胸の下で重ねて立つ姿は、毅然としていて、気丈な性格が垣間見える。

 静麗は誰だろうと首を傾げた。



 ―――ちょっと、怖そうな人。朝廷の官吏様には女性もいるのかしら



 静麗が現れた女性を訝しんで見ていると、武官が口を開いた。


「女官長殿。このような場所までご足労頂き、申し訳ない。では、後はよろしくお願い致します」


 武官は女官長と呼んだ女性に後を託すと、馬車の御者を促して、直ぐに来た道を引き返して行ってしまった。

 後には女性と静麗だけが残された。


「あの、……私、」

「取り敢えず、此方へ。門より中へお入り下さい。話は歩きながら致しましょう」


 そう言うと女性は静麗を待たずに、此方に背を向けて、門の奥へと引き返して歩き出した。

 静麗はそれを見ると、慌てて女性の背を追って、大きく立派な門構えの下を通り抜け、門の中へと足を踏み入れた。



 数歩進んだ時、後ろで戸が閉まる大きな音が聞こえて振り返った。

 今通り過ぎたばかりの門は、固く閉じられている。

 どうやら門の両脇に立っていた武官達が閉めたようだ。


 皇城の出入り口なら、戸締りも厳しいのだろうと思い、静麗は特に気にせず、そのまま女性を追いかけた。

 女性の横に並び歩くと、かなり長身だと分かる。

 若い頃はさぞかし美しかったのではないかと思われる顔立ちだが、表情が無く、その感情を窺い知ることは出来ない。

 静麗はちらちらと隣に視線を向けていたが、話しかけづらい雰囲気を持つ女性に思い切って声を掛けた。


「あ、あの。立派な門ですね。ここは皇城の入口ですか?」


 静麗の言葉を聞いた女性は、ピタリとその歩みを止めた。

 そして、前を見据えたまま抑揚のない声で応えた。


「いいえ。此方は裏門に当たります。正門は此れより数倍は大きく、立派な門構えをしております」

「えっ!? こんなに、立派な門が裏門?……雅安ヤーアンの領主様のお屋敷の門みたいなのに……」


 困惑した様に呟く静麗に、女性は身体ごと向き直ると更に告げた。





「そして、此処は確かに皇城内ではありますが、正確にはその中にある、後宮と呼ばれる場所になります」



 静麗は女性の言葉に驚き、ぽかりと口を開け、何の感情も窺えない女性の顔を見上げた。






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