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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第二章
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一. 奉迎

 



ルゥオ様。大変お待たせし、また、ご不便をお掛け致しましたこと、深くお詫び申し上げます。申し訳御座いませんでした。羅様をお迎え出来る準備が整いましたので、これより皇城へお移り頂きたく存じますが、宜しいでしょうか」


 宿の部屋まで迎えに来て、深く頭を下げたイェンの言葉に、浩然ハオラン静麗ジンリーを振り返った。

 静麗は頷いて大丈夫だと伝える。



 ―――いよいよだわ。皇城がどんな所かは分からないけど、浩然と一緒なら、きっと大丈夫



 静麗の表情を確認した浩然は、頷きを返し、閻に向きなおった。


「はい。分かりました。行きましょう」


 静麗と浩然は閻に先導され、三日泊まった皇都の高級宿を出た。


 宿の前に停められていた出迎えの馬車は、皇都へ来るまで乗って来た馬車よりも遥かに豪華な物だった。

 螺鈿と金箔で龍の模様が施され、陽の光を弾く美しい漆黒の車体の、二頭立ての馬車。

 その周りには、揃いの武具を身に着けた、武官と思われる逞しい身体つきの男性達が多数警護していた。

 整然と並び立つ凛々しい武官達は、もしかしたら皇族のみを守るという近衛武官なのかもしれない。



 ―――これは、ただの平民の浩然の出迎えではなく、皇族としての浩然の出迎えなんだわ



 ごくりと唾を飲み込み、緊張に固くなる静麗。

 閻が宿から出て来た事に気付いた武官達は、一斉に此方こちらに向き直る。

 そして、閻の後ろから浩然達が姿を見せると、一糸乱れぬ素早い動きで片膝を突き、深く頭を垂れた。

 その動きと、それによって武具が立てた大きな音に、びくりと静麗の身体が揺れた。

 隣の浩然も唖然とした顔で武官達を見ていた。


「羅様。どうぞ、馬車へ御乗り下さいませ」

「あ、あぁ。……静麗、行こう」


 閻の声に、唖然としていた浩然は気を取り直して頷くと、静麗に手を差し伸べた。

 静麗はその手に自分の手を重ねようとしたが、それよりも早く閻の声が届く。


「ああ。お待ち下さいませ、羅様。此方こちらの馬車は皇族専用で御座います。申し訳御座いませぬが、静麗殿には後ろの馬車に乗って頂きたく存じます」


 二頭立ての馬車の後ろ、武官達の乗る馬達の、更に後ろにもう一台、小さな馬車が止まっていた。

 閻と乗って来た馬車よりも、少し貧相に見える馬車だ。

 それを見た浩然は顔を顰め、閻に向き直った。


「静麗と俺は一緒の馬車に乗ります。此れに静麗が乗れないというのなら、俺があの後ろの馬車に静麗と一緒に乗ればいいでしょう」


 そう言うと、後ろの小さな馬車に向かって歩き出そうとする。


「お待ち下さいませ、羅様。私は官吏として、皇族の羅様を出迎える任を受けております。羅様をあの小さな馬車で皇城へお連れしては、私は任を果たすことの出来なかった無能者として、役を解かれてしまいます。どうか、この閻を助けると思し召し、此方の皇族専用の馬車に御乗り下さいませ」


 閻はその場で跪くと、両手を地面につけ深く頭を下げた。

 浩然はそんな閻の態度に困惑し、迷うそぶりを見せた。

 それを見ていた静麗は、浩然の袖を小さく引いた。


「浩然、私は一人であっちの馬車に乗るから。浩然はこの馬車に乗って行ってあげたら?」

「静麗、……でも—――」

「それに、浩然が馬車に乗るまで、この人達、頭を上げちゃ駄目なんじゃないかしら。何時までも跪いたままでは、可哀想だわ」


 静麗の言葉を聞いた浩然は、閻と周りで跪き頭を下げたままの武官達を見回した。

 そして、小さく溜息を吐くと頷いた。


「分かった。俺はこっちの馬車に乗るよ。皇城は直ぐそこだから、少しだけ一人で我慢してくれるか?」

「ふふっ。小さな子供じゃないんだから、大丈夫よ。浩然こそ、一人で大丈夫?」

「う~ん。大丈夫じゃないかも。俺には静麗が何時いつでも必要だからな」


 浩然のおどけた言い方に、笑顔を浮かべる静麗。

 浩然はその顔を愛おしげに見つめると、何時も静麗を守り、慰めてくれた、大きく暖かな掌で、静麗の頬をひと撫ですると、閻の待つ馬車へと向かった。

 静麗はその後ろ姿を見送る。



 浩然が、恭しく閻が開けた扉の中に入る瞬間、静麗は強烈な不安に襲われた。




 ―――このまま、行かせてはだめだっ! 浩然を取り戻さなくては!!




 何かに突き動かされるように一歩足を踏み出した所で、静麗は後ろからその肩を掴まれた。

 驚き、振り返ると、武官の男性が静麗の肩を後ろから掴んでいた。


「御婦人。貴女には彼方あちらの馬車にお乗りいただきます」

「あ、……」


 武官の言葉に返事をしようとし、はっとして、浩然が乗った馬車を振り返った。

 そこには、既に動き出した豪華な馬車の姿があった。


「あ……」


 静麗は馬車に手を伸ばすが、徐々に速度を上げていく馬車は、静麗との距離を見る見るうちに広げてゆく。


「さあ、御婦人。お乗り下さい」

「はい。……」


 浩然を乗せた馬車が遠ざかって行くのを見た静麗は諦め、武官が促す小さな馬車に乗り込んだ。



 ―――そうよ。直ぐに会えるって、浩然も言っていたじゃない。小さな子供みたいに駄々を捏ねて、恥を掻かずに済んだのだから、これで良かったのよ……



 静麗は不安な気持ちを押し殺し、自分に言い聞かせた。

 その時、外から、かちゃりと小さく音が聞こえた。



 ―――?………何かしら。鍵を閉めたような音? でも、何故……?



 外から鍵を掛けられた気がした静麗は、確かめようと、腰を下ろしたばかりの備え付けの小さな椅子から、立ち上がろうとした。

 その時ゴトリ、と音がして馬車が動き出した。

 閻達と乗って来た馬車よりも揺れが激しい。

 今立ち上がるのは無理だろう。

 静麗は諦めて皇城に着くまで大人しく座っていることにした。



 静麗は激しく揺れる馬車の中で、皇城に着いてからの事に思いを馳せた。






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