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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
挿話

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14/132

一. 祖父母

 



貴方あなた。どうかなさった?」


 静麗ジンリーが、浩然ハオランと共に皇都へ向かう事に対する不安を、祖父に相談し、その部屋を辞してから暫く後に、祖母が部屋へと戻ってきた。


「ああ。先程まで静麗が来ていた」

「まあ、珍しいこと。静麗がどうかしたの」


 祖母は夫の座る椅子の横まで歩いてくると、その肩に手を置いた。

 祖父は苦渋に満ちた顔をして長年連れ添った妻を見つめる。




 静麗には、浩然の妻として支え、この雅安ヤーアンへと連れ帰って欲しいと頼んだが、未だ十五歳の少女でしかない静麗には、荷が重い事も重々承知していた。


 本当は皇都へ一緒に付いて行ってやりたい。

 だが、とっくに成人を迎えている浩然に付いて行っては、皇族の血縁者という地位を狙っていると捉えられかねない。

 それに、妻の身体も年々悪くなってきている。

 とても、皇都まで共に旅をすることは不可能だ。


 皇都の朝廷が浩然をどのように考えているのかが分からない。

 閻殿が言うように、皇子殿下をお助けし、その御即位が終われば本当に直ぐに返してくれるのか。

 それとも、数少ない男性皇族として取り込んでしまうのか。

 もしそう考えているのなら、少しでも牽制できればと、静麗には同行を許した。

 浩然もまだ若い。

 優しく、正義感が強い子だが、大きな重圧を共に支えてくれる者は必要だろう。


 だが、我等平民には、朝廷のどのような決定にも、逆らえる事など出来はしない。

 もし、朝廷が浩然を手放さなければ、……取り返すことは不可能だろう。

 その時は、静麗だけが雅安ヤーアンへ戻されて、浩然とは二度と会うことが出来ない事を、覚悟しなければならない。




 娘は遅くに出来た子だった。

 諦めていた頃に授かった、大切な一人娘。

 その娘が残した、たった一人の孫。

 出来ることならずっと手元に置いておきたい。

 皇都へなど遣りたくないし、皇族になどさせたくはない。

 しかし、浩然も妻を娶った一人前の男だ。

 儂の都合を押し付ける訳にはいかん。

 浩然が自分で決めた道なら応援してやらねばなるまい。


 しかし―――




「何故、天は我らにこのような苦難を授けるのだろう。冬梅ドンメイにも、浩然にも、静麗にも。……冬梅は第二夫人とはいえ、領主子息に強く望まれて嫁ぐことが決まっていた。それが、皇帝陛下の御子を授かった為に全てが駄目になった。我らは豪商などと持て囃されていたが、ただの平民にすぎん。天子様の寵を受けるなど恐れ多い事は望んでいなかった。四年前には子の成長を最後まで見守ることも出来ずに儚くなった。どれ程無念だったか。……浩然もだ。平民として静麗と歩み出したばかりの今となって、何故、皇族などに……」

「貴方……」



「口惜しい。儂に力があれば、二人を守ってやれるだけの力が」


 悄然と俯く夫の側に寄り添いその肩を撫でさする。


「大丈夫です。浩然は冬梅の息子であり、私達の孫です。静麗も側に付いていてくれるのです。きっとお役目を終え、帰って来てくれます。私達はここで二人の無事を祈り、帰ってくる日を待ちましょう」

「……あぁ。……そうだな」




 ―――冬梅、お前の息子を守ってやれない儂を許してくれ。そして、どうか、皇都へと旅立つ二人を見守ってやってくれ……




 祖父は祖母の手を握り締め、その手の甲に額を押し付け、祈る様に目を閉じた。






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