一. 祖父母
「貴方。どうかなさった?」
静麗が、浩然と共に皇都へ向かう事に対する不安を、祖父に相談し、その部屋を辞してから暫く後に、祖母が部屋へと戻ってきた。
「ああ。先程まで静麗が来ていた」
「まあ、珍しいこと。静麗がどうかしたの」
祖母は夫の座る椅子の横まで歩いてくると、その肩に手を置いた。
祖父は苦渋に満ちた顔をして長年連れ添った妻を見つめる。
静麗には、浩然の妻として支え、この雅安へと連れ帰って欲しいと頼んだが、未だ十五歳の少女でしかない静麗には、荷が重い事も重々承知していた。
本当は皇都へ一緒に付いて行ってやりたい。
だが、とっくに成人を迎えている浩然に付いて行っては、皇族の血縁者という地位を狙っていると捉えられかねない。
それに、妻の身体も年々悪くなってきている。
とても、皇都まで共に旅をすることは不可能だ。
皇都の朝廷が浩然をどのように考えているのかが分からない。
閻殿が言うように、皇子殿下をお助けし、その御即位が終われば本当に直ぐに返してくれるのか。
それとも、数少ない男性皇族として取り込んでしまうのか。
もしそう考えているのなら、少しでも牽制できればと、静麗には同行を許した。
浩然もまだ若い。
優しく、正義感が強い子だが、大きな重圧を共に支えてくれる者は必要だろう。
だが、我等平民には、朝廷のどのような決定にも、逆らえる事など出来はしない。
もし、朝廷が浩然を手放さなければ、……取り返すことは不可能だろう。
その時は、静麗だけが雅安へ戻されて、浩然とは二度と会うことが出来ない事を、覚悟しなければならない。
娘は遅くに出来た子だった。
諦めていた頃に授かった、大切な一人娘。
その娘が残した、たった一人の孫。
出来ることならずっと手元に置いておきたい。
皇都へなど遣りたくないし、皇族になどさせたくはない。
しかし、浩然も妻を娶った一人前の男だ。
儂の都合を押し付ける訳にはいかん。
浩然が自分で決めた道なら応援してやらねばなるまい。
しかし―――
「何故、天は我らにこのような苦難を授けるのだろう。冬梅にも、浩然にも、静麗にも。……冬梅は第二夫人とはいえ、領主子息に強く望まれて嫁ぐことが決まっていた。それが、皇帝陛下の御子を授かった為に全てが駄目になった。我らは豪商などと持て囃されていたが、ただの平民にすぎん。天子様の寵を受けるなど恐れ多い事は望んでいなかった。四年前には子の成長を最後まで見守ることも出来ずに儚くなった。どれ程無念だったか。……浩然もだ。平民として静麗と歩み出したばかりの今となって、何故、皇族などに……」
「貴方……」
「口惜しい。儂に力があれば、二人を守ってやれるだけの力が」
悄然と俯く夫の側に寄り添いその肩を撫でさする。
「大丈夫です。浩然は冬梅の息子であり、私達の孫です。静麗も側に付いていてくれるのです。きっとお役目を終え、帰って来てくれます。私達はここで二人の無事を祈り、帰ってくる日を待ちましょう」
「……あぁ。……そうだな」
―――冬梅、お前の息子を守ってやれない儂を許してくれ。そして、どうか、皇都へと旅立つ二人を見守ってやってくれ……
祖父は祖母の手を握り締め、その手の甲に額を押し付け、祈る様に目を閉じた。




