十一. 皇都
そうして静麗達の皇都への旅路は、順調とは言い難いが続いていった。
当初は馬車に酔い、大変な思いをしていた静麗も、次第に揺れにも慣れていき、景色を楽しむ余裕も出て来た。
皇都までの道程では、何度か野宿することもあったが、幸い盗賊などに会うことも無く、平穏に進むことが出来た。
内陸にある田舎町の雅安で生まれ育った静麗は、旅の途中で始めて見た海の大きさに驚き、魚介の料理に喜び、初めて訪れる土地の美しい景色に心を奪われ、各地域の風習の違いに戸惑った。
雅安という小さな世界が全てだった静麗は、日々その世界を広げ、自分が如何に無知で有ったかを知った。
苦痛や苦労も沢山あり、大変な旅路ではあったが、浩然と一緒に様々な体験をして過ごしたこの旅路は、静麗にとっては得るものも多かった。
―――でも、御義母様はこの旅路を子を宿したままで辿ったのね
改めて、冬梅の美貌に似合わぬ豪胆さに、静麗は感心した。
だが、牧歌的だった雅安から離れ、皇都へ近づくにつれ、徐々に疫病の爪痕がそこかしこで見られるようになった。
ある村では半数の家が空き家になり、住む人が居なくなった家は寂れ、物悲しい情景となっていた。
また街道から少し離れた場所には、真新しい墓地のような場所が増えていく。
ただ、そこに無数にある土の盛り上がりには墓石等は無く、小さな石が乗せられているだけの、急拵えで作ったと分かる雑なものだった。
街道沿いに座る小さな子供達が、何かお恵みをと、馬車へ両手の掌を丸め差し出している。
本来は国で一番栄え、煌びやかなはずの皇都に近づくにつれ、重苦しい様相を呈していく。
皇帝陛下、皇太子殿下の崩御に伴う、朝廷の政務の滞りが、各地に大きな悪影響を与えている事は直ぐに分かった。
浩然と静麗はそれらを走る馬車の中からただ無言で見ていた。
疫病は既に去り、今自分達が出来ることなど、何も無いと分かっているからだ。
己の手を握り締め、この惨状をただ見ることしか出来なかった。
それに今の浩然は、何の力も無いただの平民の青年にしか過ぎない。
全ては皇都へ着いてからだと、浩然がぎゅっと握り拳を作り、目を閉じた。
静麗は握り締められた浩然の手の上から、そっと自分の手を重ねた。
◇◇◇
皇都周辺の村や町の様子を見て、口数も少なくなって数日が過ぎた頃、走る馬車の中で閻が話を切り出した。
「明日には皇都へ着くことでしょう。浩然様達には、皇都の宿で数日程、旅の疲れを癒して頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
浩然は小窓から外を眺めていたが、閻の言葉に振り向き、頷いた。
「俺たちは皇都に関しては全く分からない。閻様の指示に従いますよ」
「有難うございます。では、お休み頂いている間に私は皇城に戻り、浩然様達をお迎え出来るように場を整えておきましょう。本来ならば、直ぐにでも皇宮へ入って頂くべきなのですが、何分急な事でしたので準備にお時間を少々頂きたく」
「分かりました。閻様にお任せします」
「ええ。万事、この閻にお任せください」
閻はいつもの様に、にこやかに微笑み、応えた。
静麗はそんな二人のやり取りを見つめ、いよいよ皇都へ着くのだと鼓動が早くなるのを感じた。
◇◇◇
翌日の昼過ぎ、閻の言っていた通り皇都が見えてきた。
馬車という平民では乗る事が出来ない移動手段を持ってしても、雅安を出てから皇都まで辿り着くのに二十日ほどの時間を要した。
歩いて来たら一体どれ程の時間が掛かるのか想像も出来ない。
小高い丘の上で馬車が止まり、休憩をする為に外に出た静麗は、遠くに見える皇都の威容に驚いた。
広大な皇都をぐるりと囲む高い壁がここからでも良く見える。
壁の上部には立派な瓦屋根があり、眩しく光を弾いている。
街道の先にある、皇都を囲む壁の正面、中央には大きく開かれた門がある。
門自体が一つの大きな屋敷の様な構造物となっており、中には門衛達の姿が多数見える。
また、それらの奥には、遠く離れた場所に居る静麗達にも見えるほど、巨大な建物があった。
一体何層になっていたら、あれ程巨大な建物になるのかと、静麗は口を開けて呆けた。
「ああ、彼方に見えるのは外城の一部です」
静麗の視線を追い、閻が教えてくれた。
「外城?私達が向かうお城ですか?」
「いいえ。浩然様達が向かわれるのは、内城の中にある、皇城です。簡単に説明致しますと、皇都の中には外城と内城があり、今見えているのが外城の一部です。その後ろには内城があり、内城の中に皇城があります。そして、皇城の中に更に政治の場である外朝と皇族様方が生活される内廷があります。内廷の中には皇宮や、後宮があります。今見えているのは、外城の宮の一つになりますが、皇城はもっと大きく荘厳な建物になりますから、きっと静麗殿も気に入られることでしょう」
静麗はその規模の大きさに眩暈を覚えた。
今、目にしている建物が、皇都の、お城のほんの一部でしかないなどとは。
生まれ育った町が皇都には何十個と入るのではないだろうか。
首を左右に振り、馬鹿な考えを払うと、浩然の姿を探した。
浩然は馬車の横に佇み、皇都の威容を一人静かに見つめていた。
静麗はその眼差しに不安を覚え、浩然の手を横から掴んだ。
浩然は静麗に顔を向けると優しい笑みを浮かべて、手を握り返してくれた。
静麗達を乗せた馬車は、皇都へ入る為に並んでいた長蛇の列を尻目に、貴族専用の門へ向かった。
間近で見る皇都正門の壮大さと、人の多さに静麗は圧倒された。
同じ鎧を身に着けた武官と思われる男性が二人、静麗達が乗る馬車へ近づいてきた。
御者が何かを示すと、武官達は頭を下げ、馬車の中を確認することも無く、静麗達は門を通過出来る事となった。
皇都の巨大な門を潜り抜け、初めて皇都へ入った静麗は、馬車の中で暗く顔を伏せた。
皇都へは、いつかは言ってみたいと思っていた静麗だが、こんなに早く、しかも思いもかけない事態により、こうして皇都へ来ることとなり、複雑な気分となっていた。
しかも、思い描いていた華やかな皇都は何処にも無く、皇帝陛下や、皇太子殿下を含む多くの皇族や、町の住人達の喪に服すため、皇都はどこか色彩に欠け、暗く沈んで見えた。
そんな暗く沈んだ様相の皇都では、観光を楽しむ気分になれるはずも無く、静麗と浩然は閻に案内された、皇都にある高級な宿から出ることもせず、二日程、旅路で疲れた身体を休めることに費やした。
皇都に着いて二日間、二人は誰にも邪魔されず、寄り添って静かに過ごしていた。
三日目の昼過ぎ、二人で宿の食堂で昼餉を食べ、部屋に戻り寛いでいた所で、とうとう閻が二人を迎えに来て、皇城へと向かう事となったのだ。
第一章 終
次回 挿話




