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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第十章 ◆

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四. 威迫

 


 ヂュ 薔華チィァンファを引き寄せて共に豪奢な寝台へと上がる。


 四方を天蓋に取り付けられていた薄い紗が囲み、薄暗い世界にまるで二人きりとなった様に感じた。



 浩然ハオランは潤んだ瞳で自分を見上げてくる薔華の視線から逃げる様に顔を逸らした。

 しかし直ぐに顔を戻すと、真上から高貴な姫君の顔を覗き込む。




 薔華を初め、後宮の高貴な身分の側室達の誰かが皇家を継ぐ男児を産むまで、浩然が自由になる事は決して無いだろう。

 皇子が生まれたとしても、果たして直ぐに開放されるかどうかは分からない。



 だが、もしかしたら―――



 浩然は寝台に横たわる美しい女性を見下ろす。



 ―――この女が皇太子となる男児を生むことによって、自由を手に入れる事が出来るのなら俺は、―――



 浩然は仄暗い想いを胸に秘めて、皇帝陛下の唯一人の正妻の姿を見下ろす。



 ―――これから後宮に来るという女達も、皆同じだ。俺という人間を無視するのなら、俺も女達を妻などでは無く、皇帝という位の女として扱おう。……俺の妻は静麗ジンリー唯一人だ



 そんな浩然の秘めた決意も知らない薔華は、浩然の苦渋に歪んだ色気のある表情をうっとりと見上げ、赤く色づく唇を開いてその可憐な花弁の様な唇を浩然の唇へと寄せた。


 だが浩然はすっと身を引くとその口付けを躱した。

 薔華は少し驚いた顔をしたが、続く浩然の言葉に陶然とした表情を浮かべた。


「其方はこの国の皇后だ。必ず男児を生むがよい」


 浩然は薔華に対して冷然と言い放った。


 浩然は寧波の皇帝という立場でのみ、皇后と接すると決めていた。

 自分の、―――浩然の妻とは決して認めない。


 睨むようにきつく見据えると、浩然は薔華へと手を伸ばした。






 その夜、大国寧波の至高の存在である皇帝陛下に即位した 羅 浩然は、朱 薔華を、その正妻である皇后娘娘として召し上げ、朝まで寝台から出てくることはなかった――――







 ◇◇◇






 浩然とその正妻となった薔華の初夜の儀が執り行われた翌日から、浩然の周りでは様々な事が変革された。


 此れまで政務は皇帝陛下の住まいである曙光殿で行われ、限られた者としか会う事が出来なかった浩然だが、此れより先は外朝三殿の一つである、天河殿の皇帝陛下の執務室で行われる事となった。

 その他にも、今までは訳も分からぬ内に朝廷の言われるがままに処理していた書類等に対して、政務に関して詳しい者が師となり教示を受ける事が決まった。

 そして浩然のたっての願いにより、武官から剣や武術も習う事が可能となり、浩然の行動範囲は格段に広がりつつあった。


 しかし其れらに比例する様にして侍従や近衛武官の数も更に増やされる事となり、浩然が一人きりとなれる場所は、最早私室の寝室のみであった。





 ◇◇◇





 薔華と共に夜を過ごした初夜の翌日。

 浩然は天河殿の皇帝陛下の執務室でイェン 明轩ミンシュェンと対面した。


 丁度政務の合間の休憩中で、侍従が淹れた茶を飲むでも無く暗い表情で俯いていた浩然は、閻の姿を目にして微かに眉を顰めた。

 閻はそんな浩然の視線を気にすること無く恭しく皇帝陛下に礼をすると、書類を長卓の上に置き、徐に浩然に向き直った。



「昨夜は皇后娘娘と仲睦まじくお過ごし頂けたようで安心致しました。……まぁ、少しご寵愛が過ぎるとは思われますが、あれ程の美貌の姫君はそうは居られませぬから、陛下がお気に召すのも当然で御座いましょう」


 したり顔で満足気にそう言う閻に、浩然は最初何を言われたのか分からなかった。

 しかし、言葉の意味を理解すると腰掛けていた椅子から立ち上がり、驚きに目を見開いた。


「お、前。……何故、閨での事を……?」


 呆然とした口調で尋ねる浩然に、閻はおや、と片眉を上げた。


「お前達は、……昨夜の、閨での事も見張っていたのか」

「……貴方様はこの国で唯一の尊いお方。陛下がお一人になられる場所など、何処にも御座いません」


 浩然は閻の言った言葉の意味を正確に理解し、嫌悪感を露わにした。

 しかし閻は浩然の非難の眼差しを受けても澄ました顔を崩さない。


「陛下の伽での様子は、係の者の手により記録が残されます。皇后娘娘や側室様方がお生みになられる御子達が確かに陛下の血筋であるとの証にする為に必要な処置で、代々続けられてきた後宮での習わしで御座います」

「そんな事を……」


 閨での様子など、本来なら一番秘すべき事柄であるのに、それを血統の保持の為という大義名分の元、白日に晒されるのか。

 浩然は平民から見れば理解出来ない皇家のあり様に、言葉を無くした。


「それに陛下には昼夜を問わず護衛が付いている事は御存じで御座いましょう? 閨など、陛下が一番無防備になられる場所で、周りに人を配備しない訳が無いでは御座いませぬか」


 閻は皇城では誰でも知っている、当たり前の事を説明する様に話続ける。

 そして唇を噛みしめ、険しい表情で黙り込む浩然を閻はじっと見ていた。


「……余には一人になれる場所も、自由も無く、本来は秘めるべきである夜の事も、皆に晒されなければならぬのか」

「皇帝陛下となれば、当然の事で御座いましょう」


 顔を背ける浩然に、閻は追い打ちをかける様に話す。


「陛下。本日より数日間は、皇后娘娘と閨を共にして頂きたく存じます」


 浩然は閻の言葉に顔を跳ね上げた。


「何故だっ。皇后の事は、もういいだろう!? 昨日で子は出来ているかもしれない!」


 動揺して叫ぶ浩然にも閻は動じることなく首を横に振る。


「確かに、昨夜の伽にて御子が出来ている可能性も御座います。……ですが陛下。婚姻を結んだばかりの陛下が、たった一夜で正妻に見向きもしなくなったなどと後宮内で噂されては、皇后娘娘の御立場が御座いません。それに、皇后娘娘の御実家である貴一品位のヂュ家も恥を掻かされたとあっては、黙っていますまい。陛下は朱家を敵に回される御積りですかな? もし、そうであるなら、お気をつけた方が宜しいかと」


 閻は其処で浩然に対してにこやかに微笑んだ。


「朱家は陛下の御心が何処どこにあるか、御調べになるでしょうな。そして静麗殿の事を、皇后娘娘を蔑ろにする原因だと考えた時、どのような行動に移されるか。そうなった時、貴方様に静麗殿をお守りする力は、果たしておありになりますか? 後ろ盾の無い若い貴方様は、皇帝陛下といえど好きに振る舞える訳では御座いませぬ。どうか、ご自分の御立場を良くお考えになり、ご自重して頂きたく存じます」



 ―――好きに振る舞うな、だと。……ふざけるなっ! 愛するものを盾に取り脅して、何一つ自由にならず、たった一つ望む事も無下むげにしておいて、何を言う!!



 浩然はぎりぎりと歯を食いしばり、低い声を出した。



「静麗は、今、どうしている……?」

「静麗殿は、後宮にて健やかにお過ごし頂いておりますので、どうぞご安心を」

「……余は、静麗を直ぐに雅安ヤーアンへ帰す様に命じた筈だ」

「はい。しかし、今は即位の直後。その為に人手は全く余っておりませぬ。今しばらくは無理かと」



 ―――朝廷の言う事は信用ならない。だが、俺の味方など、皇城ここには一人も居ない。どうすれば……



 浩然は手を握り締めて、此れまでに何度も感じてきた無力感を味わった。






 その後、皇帝陛下の為に開かれた新しい後宮には、続々と美しく身分高い貴族の姫君達が入宮を果たした。

 しかし、浩然の必死の嘆願も虚しく、静麗の身柄はその後も後宮の片隅に留め置かれたままであった。





 浩然が脅されて、朝廷の望むままに毎夜の様に側室達の元へお渡りを強要されている、その同じ後宮の中で、二人はすれ違ったまま会う事も叶わなかった。






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