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孤独な月は後宮に堕ちる  作者: 桜守 景
第一章

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八. 諭告

 


 浩然ハオラン達が話し合いをしている間、静麗ジンリーは祖母と一緒に居間で待っていた。

 居間の中をうろうろとする落ち着かない静麗に、祖母は苦笑して隣に座るように長椅子の横をぽんぽんと叩いた。


 静麗が座ると祖母は使用人に茶の用意をお願いした。


「御婆様……」

「静麗落ち着いて。大丈夫よ。あの人と浩然に任せましょう」

「……はい」


 昨夜浩然は、皇都まで一緒に行って欲しいと静麗に言ってくれたが、それを祖父や閻が了承するのか、反対されることは無いのかと、不安に思っていた。

 もし、皇都への同行を許されなければ、浩然とはきっと長い間、離ればなれになってしまう。

 婚姻を結んだばかりの静麗にとっては、とてもつらい話だ。

 だが、生まれ育った雅安ヤーアンから遠く離れた皇都へ行くことにも不安が募る。

 静麗は祖母に宥められながらも、落ち着かない気分で三人の話が終わるのを待っていた。 




 ◇◇◇




 夕刻、使用人が居間に来て、祖母と静麗は話し合いの場である応接間に呼ばれた。

 部屋に入り、二人が席に着くと祖父が静麗達に告げた。


「浩然は三日後に雅安を発ち、皇都へと向かう事となった。皇都や朝廷の混乱が収まるまで、次期皇太子殿下である、皇子殿下の手助けをする為だ。それには、静麗も同行するように」

「はい。御爺様」


 祖父が静麗に顔を向けたので、頷いて応えた。



 ―――――良かった。これで浩然と一緒にいられるわ



 静麗の同行は許されたようで、安堵の息を吐いた。


「そして、浩然は皇子殿下をお助けする為に、一時、皇族籍を賜ることとなる。但し、それは皇子殿下の体調が良くなり、即位なされるまでだ。遅くとも、一年後には皇子殿下は即位をなされ、その後、速やかに、浩然は雅安に帰して貰える。そうですな、イェン殿」


 祖父は閻に対し、言葉を区切るように強く言い、確認する。


「ええ。そうなります」


 閻は牽制するような祖父の言葉にも、にこやかに応えた。

 祖父は苦い顔をしたが、それ以上は何も言葉を発することは無かった。




 その後、皇都までの旅路の順路や、その為にするべき準備の話等を五人で確認し、その日の話し合いは終りとなった。


 使用人達は夕餉の仕度などで忙しい為、今日は浩然と二人で閻を御見送りする為に門戸まで向かう。

 三人で薄暗くなってきた中を歩き、馬車が待つ門の外に出たその時、閻が思い出したように声を上げた。


「おぉ、しまった。先程の部屋に手巾を忘れてきてしまったようです」

「では、俺が取ってきましょう」


 閻の声に顔を向けた浩然は直ぐに言った。


「いえ、浩然様のお手を煩わせるわけには」

「大丈夫です。直ぐに戻りますよ」


 浩然は遠慮する閻の言葉を制して、踵を返すと屋敷へ戻って行った。

 その場には静麗と閻、それと昨日の御者のみとなった。


 閻はちらりと周りを見渡すと、静麗に近寄りその顔をすっと近づけた。

 閻の衣服に焚きしめられていた香が、静麗の鼻腔にふわりと届いた。

 田舎町には無い皇都の香りだ、と静麗は感じた。


「静麗殿、貴女も皇都まで来られるというお話でしたが、皇都までは遥か遠い。旅路は安全な物ではありません。野宿もしなければいけませんし、盗賊が出るかもしれないような旅路に、か弱い女性をお連れするのは気が進みません。どうでしょうか。貴女はここで、浩然様をお待ちになっていた方が、良いのではないでしょうか」


 静麗は閻の残り香に気を取られていたが、告げられた内容に驚き顔を上げた。

 閻はそんな静麗に、諭すように優しい笑顔を見せ、言葉を続けた。


「皇都では、浩然様は皇子殿下の代わりを務めるという、重大なお役目が御座います。しかし、貴女はその間どうされますか?何もすることが無く、ただ、浩然様のお側にいて、使用人に世話を受けるだけの日々になってしまいますが……」

「それは、……」


 静麗は言葉を詰まらせた。

 浩然と一緒にいるという事だけに頭がいっていたが、少し考えれば当然の話だ。



 ―――浩然には役目がある。それも国を背負うような、とても重く大切な役目だ。けど、私は?



 静麗は自分が付いて行っても、役に立つどころかお荷物にしかならないという事実に愕然とした。



 ―――私が、一緒に行っても、邪魔になるだけ……



 俯き、考え込んだ静麗を見降ろし、閻は真顔になった。

 静麗は閻が自分を注視している事には気付かずに、一人思案に暮れた。







 浩然が閻の忘れ物を手渡すと、閻は浩然に恭しく拱手の礼をし、豪華な馬車に乗り込むと大通りの宿に向けて去っていった。


「静麗、どうかしたのか」


 浩然は静麗の様子がおかしな事に気付いており、腰を曲げ静麗の顔を覗き込んだ。


「……もしかして、閻様に何か言われた?」


 浩然が言い淀みながら静麗に問い掛ける。

 静麗は迷いながらも首を横に小さく振り、俯くと浩然に尋ねた。


「私、皇都へ行ってもいいのかしら」


 静麗の言葉を聞いた浩然は表情を引き締めた。


「閻様に何か言われたんだな。……いいに決まっているだろ。誰が反対しても、静麗は俺と一緒に行くんだ。それが皇都だろうと、国外だろうと。……婚儀の日に誓ったのを忘れたのか?静麗は俺の唯一だ。俺達はずっと一緒だ」

「浩然……」


 何時いつもなら、誠実な浩然の言葉で落ち着きを取り戻すのだが、今回は心の奥底にざらりとした嫌な感じが残った。

 浩然はそんな静麗の感情を敏感に感じ取ると、その腕を引き寄せて、小さな体を己の身体で包み込む。


「静麗は絶対に一緒に連れて行く。嫌だと言っても聞かないからな」

「……うん、わかった。……一緒に行く」




 静麗は頷くと浩然の肩越しに空を見上げた。

 迫ってきた宵闇に屋敷の瓦が最後の日の光を反射させて、儚く消えていった。






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