9 ラジオについて
なんだこれは。地蔵堂邸の居間で、わたしはなぜかあみあみの付いたマイクの前に座らされている。地蔵堂、いったい何をしようっていうの?
「見ての通り、ラジオだよ」
どこが見ての通りだよ!無理やり座らせたくせに!
数分前、地蔵堂邸にやってきたわたしは、いつも通り応接室へ直行。でもそこに地蔵堂はおらず、クラシックもかかってなかった。応接室にいないってことは居間かと思って向かってみると、案の定地蔵堂が。でもいつもの居間じゃなく、ちゃぶ台の上にはあみあみの付いたマイクが二つとターンテーブル、それによくわからないごちゃごちゃした機械がたくさん。機会をいじっていた地蔵堂はこちらを見るなりにんまり笑うと、私をマイクの前に座らせて…今にいたる。
「ラジオってどういうこと?」
「今からここでラジオの収録を行うよ。面白半分で。ほらいくよ。五秒前、四、三、…」
え⁉ちょっと待って⁉そんな急に五秒前とか言われても…。
「皆様、ごめんください。『ラジオについて!』パーソナリティの地蔵堂真一です。そして」
「そして」じゃないよ!え?何?どうすればいいの?
「そして!」
…地蔵堂のやつ、押し通す気だ。「もう回ってんだよ。わかるでしょ」って顔してこっちを見てる。くそぅ。わかったよ。やればいいんでしょ!
「同じくパーソナリティの牧ヶ花麻希です」
「いや~牧ヶ花さん。第一回放送ですね」
「そうですね~。なんでわたしはここに座らされているんでしょうね?」
「さてこのラジオは――」
「無視かよ!」
「このラジオは、私たち二人が、皆様から寄せられるお便りにお答えしながら、適当なタイミングで雰囲気に合ったクラシックをかけていこうという番組です」
「そうか。それでわたしなのか。…ってこれ、実際に流れてるの⁉」
「どうなんだろ?配信されてるのかな?一通り機械は揃えてみたんだけど…」
「流れてないかもしれないの?…もうほんと、なんでここ座らされてんだろ」
「さしずめDJごっこだね。…じゃあ早速、記念すべき第一通目。ラジオネーム『変態に悩まされる茶人』さんからいただきました」
「なんか誰からのお便りかわかった気がする…」
「『地蔵堂さん、牧ヶ花さん、ごめんください』ごめんください。『さて、わたしは今変態に悩まされています』おお、それは大変ですね。『異性なのですが、わたしを見るなりすぐにくっついてきます。なんていうか気持ち悪いです。でも、別に嫌いなわけではないです。そこが複雑なところです。皆さんはどう思いますか』とのことです。いや~変態ですか~。許せませんね」
「あんたが言うな!」
「いやいや変態でしょ?そりゃ倫理的にアウトでしょ。えっ牧ヶ花はそう思わないの⁉」
「思うよ!いや変態が倫理的にセーフかアウトかって話だったらそりゃアウトだよ。そうじゃなくて!地蔵堂が変態その物だって話だよ!」
「なんと失礼な!別に大したことしてないぞ!ちょっと友人とじゃれ合ったり抱き着いたりしただけで」
「それがアウトなんだよ!」
「はい、『変態に悩まされる茶人』さんには番組特製オリジナルステッカーを差し上げます」
「話を流す気だな…」
「え~では続いてのお便り、ラジオネーム『幽霊始めました』さんからいただきました」
「これも誰のお便りかわかった気がする…」
「『地蔵堂さん、牧ヶ花さん、ごめんください』ごめんください。『わたしのコイバナを聞いてください』コイバナですか。『わたしには五歳のころから想っている相手がいます』五歳!『でもその人は全然気づいてくれません。いろいろな方法でアプローチしているのですが、どれも全く実りません。いったいどうしたらいいですか。ぜひお二人からアドバイスをいただきたいです』なるほど。一途に想ってる相手ですか~。それにしてもこの想われてる方は最悪ですね」
「だから、あんたが言うな!」
「え?だって『幽霊始めました』さん五歳からずっと一途な恋をしてるんだよ。それなのにずっと気づかないなんてかわいそうでしょ」
「地蔵堂にだって似たような例が身近にあるでしょ⁉」
「『アドバイスをいただきたい』とのことですが――」
「ま~た流しやがった」
「牧ヶ花どうしたらいいと思う?」
「う~ん、お前の問題だろ、と切り捨てたいところではあるんだけど、そうだね…もう一度でも二度でも何度でもストレートに言うしかないんじゃない?…」
「牧ヶ花はそういうのはいつもストレートにやっておられると」
「え、ちょっと何?わたしの話?そうだな…受け身かな」
「なるほど!自分から探すまでもなく常に入れ食い状態と!そういえばこの前ナンパされてたね」
「そんなこと言ってないよ!…そういう地蔵堂はどうしたらいいと思うの?」
「う~ん…越乃は和歌とか送ってたらしいよ」
「越乃気持ち悪ぃな!」
「はい、『幽霊始めました』さんには番組特製オリジナルステッカーを差し上げますということで、そろそろ曲にいきましょうか。どんなのがいいですかね?」
「そうだね…やっぱりテーマは…『一途な恋』?」
「じゃ『幽霊始めました』さんに捧げる感じでいきましょうか」
「そうですね」
「では、ロベルト・シューマン作曲『子供の情景』。ピアノはクララ・シューマン。1996年、冥土にて行われたクララ没後100年の演奏会を録音した一枚です。どうぞ」




