8 思ひでについて
夕刻は現実だろうと冥土だろうとちょっと感傷的。見慣れた地蔵堂邸の玄関にいても、日が傾いてる時間帯ってだけで何となくセンチメンタルなのです。
だから今日はちょっと抑え気味に行こうかな。ローかセカンドくらいのテンションで応接室へ。
「…ごめんくださーい」
しかし目に飛び込んできた光景で、わたしはクラッチを目いっぱい踏み込むと、テンションのチェンジレバーを強引に切り替えた。…という想像をした。
「お、牧ヶ花、ごめんください」
「あ、牧ヶ花さん、ごめんください」
「オーバートップだわ!」
応接室では、徳利を持った地蔵堂が久美ちゃんのお猪口に日本酒を注がんとしていた。
「何?オーバートップ?それより牧ヶ花、ちょうどいいところに来たね。今まさに一杯やろうとしてたとこ。牧ヶ花もいかが?」
「何中学生と一杯やろうとしてんだよ!」
お酒は二十歳になってから!
「大丈夫だよ。前にも言ったでしょ?国上は同い年だって」
あ、そっか…。
いや、アウトだよ!見た目中学生の人が飲酒する光景は、なんていうか、倫理的にアウトだよ!
「大丈夫。本作は活字だけだから。光景なんて見えてない見えてない」
そういう問題じゃないよ!
お、地蔵堂、手に持った徳利を置いた。わかってくれたんだね。
「え~…真一君、お酒くださいよ…」
久美ちゃん…。中学生感、あんまりないな…。
「いや、牧ヶ花のお猪口とアテを持ってこようと思って、いったん置いただけ。牧ヶ花も入れて、三人で乾杯しよう」
結局飲ますんかい。…まあ、いいか。
「っっはーーーっ!しんいちくん~、なぁくなっちゃいましたよぉ~。もう一合いきましょうよぉ~」
久美ちゃん!中学生感、全くないな!
地蔵堂に勧められるまま、わたし達は三人で酒宴at応接室。そしてごらんのとおり、宴もたけなわって感じ。
「もう一合いくか、国上。お勝手にまだあるからとっといで」
「いってきまぁ~す」
久美ちゃんが席を立つと、お勝手に向かった。…なんか心配だなあ。
「大丈夫なの?地蔵堂。久美ちゃん、結構飲んでるのに取りに行かせて」
ちなみに、行ったことはないけど地蔵堂邸のお勝手は応接室からはだいぶ遠いみたい。
「大丈夫だよ。あれでそんなに回っちゃいない」
「なんでそんなことがわかるの?この間再会したばかりでしょ?」
しかも再会する前、最後に会ったときは、お互い未成年だったんでしょ?
「まあそうなんだけど。この間再会したのは、確か一週間くらい前かな。その時牧ヶ花が帰った後、まあ募る話もあって、国上と一緒に飲んだんだよ。それから毎日夕方くらいに国上がこそこそやってきて、結構飲んで話とかしてるから」
あんたら竹林の七賢か!
「いや~八年も会ってないと、話も募り募っちゃうんだよ」
だとしても一週間は長いよ!
「それにしても、だいぶ久美ちゃんと打ち解けたね。一週間前は、重いとかなんとか言ってたのに」
「生前から仲良かったからね」
そういうと、地蔵堂は自分の盃に残ったお酒を飲み干した。
しばし、沈黙の時間が流れる。
…そういえば気になってたことがある。地蔵堂って、結局久美ちゃんのことどう思ってるんだろう。今は再会したばかりだから、どうもこうもないのかもしれないけど。じゃあ、八年かそれ以上前は?そのころから久美ちゃんは、地蔵堂のお嫁さんになるって言ってた訳でしょ?それに対して、地蔵堂はどんなことを思ってたんだろう。…ちょうど久美ちゃんもいないことだし、直接聞いてみようかな。
「ねえ、地蔵堂。地蔵堂は久美ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「…なんだか懐かしい質問だね」
懐かしい?
「小学生のときとか、よくそんなこと聞かれて、周りから冷やかされたもんだよ。まあ仕方ないんだけどね。今はそうでもないけど、幼いころの国上は割と人見知りで、五歳のころから私にべったりだったから」
地蔵堂の後ろに隠れちゃったりする、人見知りさんな幼い久美ちゃん…想像するだけでかわいい…!
「小学校に入ってからもずっとそんな感じでね。私もそんなに友達が多い方じゃなかったし、よく昼休みは二人で屋上に出て、家から魔法瓶に入れて持ってきたほうじ茶を飲んで過ごしたなあ。晴れた日には遠くの山まできれいに見渡せてね。『山だよ、国上』『ほんとだね』って」
あんたら老夫婦か!
小学生の昼休みの過ごし方じゃないよ!もっと元気に鬼ごっことかくれんぼとかしろよ!
「いや、何もずっと二人ってわけじゃなかったんだよ。国上も進級するにつれて人見知りじゃなくなっていったしね。たまに私の友人や、国上の友人も一緒にお茶してたし」
久美ちゃんの他にもいろんな友人がやってきて、お茶してお話して…ってそうか…今のこの地蔵堂邸の根幹はそのころにできあがってたのか…。
「でもそうやって基本的にいつも一緒にいると、周囲から好奇の目で見られてね。小三くらいだったかな。それはそれはからかわれてね。一度本気で考えたんだよ。自分が国上をどう思ってるのか」
うん、それで…っ。
「国上とは、物心ついたころから一緒だったから、恋愛の対象化とか、簡単にはわかんないけど…私は今もこの後も、ずっと国上がそばにいてくれたらなって」
おぉ!それってもうほとんど!ほとんどあれじゃないですか!
「それで、それで今は!今はどう思ってるの!」
「そりゃあ、今はもちろん…」
もちろん⁉もちろん、あれですか⁉今なおずっと一緒にいたいとか⁉
「もちろん、違法行為をやめてほしいなって」
ですよねー!そりゃもっともだ!くそう!
「真一君!お勝手の一升瓶、見つけましたよ!」
なんとも絶妙なタイミングで久美ちゃんが顔を出した。
「おお、国上、もう一升いくか!」
「もう一升いきましょう!」
「二人とも、さっきと単位変わってるよ!」
まあ、地蔵堂と久美ちゃんのことはゆっくり見守っていこう…。




