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7 幽霊について

 この地蔵堂邸の玄関の描写はいつまで続くんだろう。もうわたしが現実世界で眠る描写はあんまりないのに、こっちではいっつも玄関スタート。なんで越乃はここも省略しないんだろ。

 そもそもわたし、ちゃんと生きてるよね?なんかずっと死後の世界しか出てこないから、自分が生きてるのか不安になってくるよ…。皆さん、わたしは生きてますよ。

 はいはい、毎度おなじみ地蔵堂邸名物のクラシックですよ。えーと、今回は…フランクのヴァイオリン・ソナタイ長調。ヴァイオリン・ソナタの最高峰ときたか!

 さて応接室へ。勢いよく襖を開ける。おーい地蔵堂、来てやったぞー。

 しかし応接室にいたのは見知らぬ女性だった。…って前もこんなことあったな。

 先に口を開いたのは、その女性だった。

「あなたは…真一君の何ですか?」

 …なんか質問おかしくない?わたしたち、初対面なんだけど…。

「いや、地蔵堂の友達だけど…」

「本当にただのお友達ですか?」

 わっさらに詰めよってきた。友達という認識でしたが、問題でも…?

「よかった~」

 ほっとしたのか、胸をなでおろしてる。

「わたしは国上久美(くがみくみ)です。どうぞよろしくお願いします」

 彼女がぺこりと頭を下げた。こうして見るとかわいい感じの子だな。腰まで伸びたストレートの黒髪に白いワンピース。色白で透明感のある肌。璃子ちゃんよりもさらに低い身長。顔だちもどこかあどけなくて、中学生くらいに見える。国上さんっていうより、久美ちゃんって感じ。

「わたしは…」

「牧ヶ花麻希さんですよね。あなたのことは多少存じております」

 え?わたしのこと知ってるの?

 でもわたしにそのことを問いただす余裕はなかった。久美ちゃんの先ほどの発言が終わるのとどちらが早いか、急に応接室の襖があいた。

「牧ヶ花~来てるのか?ごめんくださ――」

「真一君♡」

 応接室に入りかけた地蔵堂。その姿を見つけるが早いか、久美ちゃんは飛びついた。

「真一君、会いたかったです♡八年ぶりですね」

 …何この光景。それじゃあやっぱり久美ちゃんって、地蔵堂の恋人か何か…?

 一方まるで逆なのが地蔵堂。さっきから絶句アンド直立。はしゃぐ久美ちゃんとすっごく対照的。

「国上…何でここに…君確か…死んだはずじゃ…」

 ん?ここは死後の世界なんでしょ?死んだ人がいるのは当たり前じゃない。

「えへへ。幽霊になっちゃいました♡」

 え?幽霊?どういうこと?

「そうか…現実世界からなら入れるのか…。それにしても国上、正気か?どんなお咎めが来るか、わかったもんじゃないぞ」

「真一君に会えるなら、どうなってもいいです」

「ちょっと待って、二人とも。さっきから何の話してるの?」

 まったく状況がわからないんだけど…。

「牧ヶ花…」

 地蔵堂がこちらに向き直ると、じっとわたしを見つめてきた。さっきの久美ちゃんとの会話の時もそうだったけど、地蔵堂はずっと深刻な顔してる。…なんか私も緊張してきた。

「牧ヶ花、実は…」

「は、はい…」

「実はこの屋敷…出るんだよ」

 空気を壊す発言をするな!地蔵堂のやつ、「ウラメシヤ~」のポーズまでしやがって、何が「出るんだよ」だよ!さっきまでなんか大事な話してる空気だったじゃない!

 だいたい地蔵堂と夜二人で過ごしたりしたけど、何も出なかったし。

「え⁉真一君と一夜を共にしたんですか⁉」

 し、してないわ!な、何を誤解してくれちゃってるのかな、久美ちゃんは!

「よーし、コーヒー淹れてこよーっと」

 逃げるな地蔵堂!


「で?地蔵堂、幽霊がどうとかってどういうこと?」

 わたしたちは今応接室。円卓について、地蔵堂が淹れたコーヒーで一服してる。さっき絶句してた地蔵堂も今はいたって自然。久美ちゃんにいたっては、子どもっぽく椅子の上で足をぶらぶらさせている。

「ここにいる国上久美は私の幼馴染だ。家が近所でね。いつ出会ったとかもよく覚えていないくらいで。昔から国上とよく遊んでたよ。小学校も中学校も同じでね。でも…国上は死んだんだ」

 …結構重い話だな…。最近ここで地蔵堂に会うから忘れがちだけど、よく考えたら人が死ぬって軽々しく考えちゃいけないことだよね…。

 でも久美ちゃんは顔色一つ変えずに聞いている。

「私達が中学一年の時に…交通事故だった」

 初めて久美ちゃんを見たとき中学生くらいって思ったけど、ほんとに中学生だったんだ!

「それは身体だけ。実際は同い年だよ。死んだ私達はもう身体が成長することはないから」

 な、なるほど。

「さて国上は死んで先にこちらへやってきた。その八年後、私も死んでこちらへ来たのは、もう知っての通り。でもいろいろあって、国上は私の家には来ることができないんだ」

「私はどうしても真一君に会いたかったんです。せっかくまた同じ世界にいるんだから。そこで、幽霊になることにしたんです」

 うーん、なんでそこで幽霊になるんだろう。その辺がいまいちわからない。

わたしが頭を抱えていると、地蔵堂が説明してくれた。

「幽霊ってのは、死後も現実世界に魂が残ってる状態なんだよ。…そもそも幽霊化は法律で禁止されてるしね」

 冥土の近代化!…ってことは久美ちゃん、法を犯してるじゃない!

「ほとんどの幽霊は、死後も現実世界に未練があって、法を犯してでも三途の川を超えちゃう人なんだけどね…国上はアナーキストってわけでもないし」

 じゃあなんで幽霊になっちゃったの?

「国上はどうしても私に会いたい。でもさっきも言ったとおり、ここへは入れない。ところで、牧ヶ花は特に問題なく出入りできるでしょう?牧ヶ花はどこからここへやってくる?」

 わたしはいつも、どこからやってくるか…そうか、分かった!

「現実世界!」

「そう、死後の世界ではここに入れない国上でも、現実世界を経由すれば入れるようになるわけだ」

 なるほど、そういうことだったんだ!

 じゃあ何?久美ちゃんは地蔵堂に会いたいがためだけに法を犯してまで幽霊になったと?地蔵堂のどこがそんなに好きなんだろう。この男、かなりの変わり者なんだけど…。

「その…五歳の時に約束したんです。真一君の…お嫁さんになるって♡」

 五歳からずっと!一途だな…。

「五歳からずっとこんなだよ。なかなかに重いでしょ?」

 ちょっと地蔵堂!そんな言い方無いんじゃない?だって久美ちゃんはこんなに一途なんだよ!

「真一君ひどいです…。そりゃ生前は真一君を好き過ぎるあまり、真一君の後をつけたり、こっそり真一君の写真撮ったり、夜中に真一君の部屋に忍び込んだりしましたけど…」

 久美ちゃん、それもう一途を通り越してストーカーだよ!

「でしょ?国上は変態なんだよ」

 あんたにだけは言われたくないと思うぞ、地蔵堂。璃子ちゃんの顔が脳裏をよぎる。

 ん?ちょっと待って。璃子ちゃんと地蔵堂が出会うのは久美ちゃんの死後だから…久美ちゃんは璃子ちゃんのことを知らない!これは鉢合わせしないように気をつけないとなぁ。


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