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4 変態について

 もうすっかり見慣れた地蔵堂邸の玄関。しかし今日は少し久しぶりの来訪だった。というのもここ数日は忙しく、疲れてぐっすり眠ってしまい、夢なんてちっとも見なかったのだ。ここに来るのもだいたい十日ぶりか…。

 でも全然久しぶりって感じがしないな。ほら今日も何かクラシックがかかってるよ。ええとこれは…ドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』。また有名どころをついてきますなあ。

 平然と中に入って応接室へまっしぐら。勢いよく襖を開ける。おーい地蔵堂、来てやったぞー。

 しかし応接室にいたのは見知らぬ女性だった。…って言ったらなんか誤解を招きそう…。

 先に口を開いたのは、その女性だった。

「あなたは誰?」

「…牧ヶ花麻希です」

 なんていうか、凛々しい感じの人だな。整った顔立ち。少しつり目がちな目でわたしをまっすぐ見つめている。髪は背中までかかる栗色のツインテール。身長は私より少し低いが、彼女の発する雰囲気が決して子供らしいという印象を抱かせない。

「あなた、あいつの知り合い?」

「はあ…あいつって―――」

 私が何か答える前に、『新世界より』が終楽章に突入した。まるで私たちの会話を遮るように。

 突如、応接室の奥の襖が開いた。そこに立っていたのは、地蔵堂。地蔵堂は中の女性を確認すると、満面の笑みを浮かべ、

「さーーーぜーーーんーーー!」

と叫びながら部屋に飛び込むと、女性に抱き着いた。変態じゃねえか!

「やめろ!離れろ!」

「じゃあ佐善が抱きしめて♡」

「気持ち悪いな、もう!」

 変態だ!変態がいる!

 地蔵堂はひとしきり女性とじゃれ合うと、ようやくわたしの存在に気付いた。

「あ、牧ヶ花、ごめんください」

「『あ、』じゃないよ地蔵堂!まるで変態じゃない!」

「えへへ」

 笑ってごまかすな!

「そんなことより、牧ヶ花」

 そんなことよりぃ?

「こちら、友人の佐善璃子(さぜんりこ)。生きてる人だよ」

「佐善璃子です。よろしく」

「よろしく、お願いします…」

 ここに至るまでの怒涛の出来事に、正直あまりついていけてない。え?何?この人たちどういう関係?そんなことを考えている間に、地蔵堂はわたしの紹介をする。

「こちら、同じく友人の牧ヶ花麻希。生きてる人だよ」

 …生きてることを強調されるってのもなんだかな…。

 それはそうと…。

「ねえ地蔵堂。何さっきの変態的な行動は?」

「変態的とは失礼な。あれは私と佐善の通常なコミュニケーションだよ」

 間髪入れずに佐善さんが地蔵堂につっこむ。

「通常なわけあるか!どうせこの子にもああいうことして迷惑かけてるんでしょ」

 いや、迷惑かけてないかはともかく、さすがにここまでのことはされてないかな…。

「あれ?佐善、嫉妬?嫉妬しちゃった?」

「気持ち悪いな!」

 そうか。佐善さんが言ってた「あいつ」って、地蔵堂の事だったんだ。

「それにしても、ここで地蔵堂以外の人と会うなんて、初めてだね」

「私が生前関わったことのある人なら、だれでもここに来ることができる。今回はたまたま同時にお二人がいらっしゃったみたいだね」

 そうなんだ!

「そんなわけで今日はお客さんがたくさんだから、私とりあえずコーヒー淹れてくる」

 地蔵堂が出て行ってしまった。…なんか気まずいな。どうしよう、なんか話してみようかな…。

「あの、佐善さん、地蔵堂とはどういう…」

「あれとは高校の同学年で、同じ部活の同期」

「昔からずっと、その、地蔵堂はあんなだったんですか?」

「あの男はずっとあんなだったよ。…残念ながら」

 佐善さんが肩をすくめる。しかしすぐに微笑を浮かべると「でも」と続けた。

「でも、悪い奴じゃないんだ。あれはあれでいい奴だし、面白いからね」

 そうか。佐善さん、地蔵堂と仲良かったんだな。

「それに、さっきのあれも、別に昨日今日で始まったことじゃないんだよ。いつものネタなんだよね。『抱きしめて』『気持ち悪いな』って。結構引いてたみたいだけど」

 ええ。ドン引きですとも。

「…じゃあ佐善さんも知ってるんですか。その…地蔵堂の…今の状態…」

「…地蔵堂が死んだってこと?もちろん知ってるよ。ここがどんなところかも」

 佐善さん…。

「たくさん泣いたよ。知らせを受けた時も、お葬式の日も。卒業してからも、部員の同期生たちで毎年会ってて、でももうそこにあいつがいないのかって思うと…」

 なんだか私までまた悲しくなってきちゃったよ。

 と思ったら佐善さん、今度は慌てたようにこちらを見てきた。

「でもこんなこと、本人には絶対に言うなよ!なんていうかあいつ、調子に乗るし、その、恥ずかしいから…」

 …あー、はい。なるほど。佐善さんは…

「佐善はツンデレだろ」

 地蔵堂!見るといつの間にか地蔵堂が応接室に戻ってきていた。手には一脚、新たな椅子を抱えている。そうか、応接室の椅子じゃ人数に満たないもんね。

 うわー佐善さん、顔を真っ赤にしちゃってる。

「う、うるさい!お前はさっさとコーヒー淹れて来い!」

「佐善が怒った!逃げろ~」

 なんか地蔵堂が佐善さんにちょっかいかける気持ちが理解できそうだ。

それにしても佐善さん、ますます顔を真っ赤にして、大丈夫かな。

「あの、佐善さん――」

「璃子でいいよ」

「じゃあ、璃子ちゃん!」

 夢の中で、新たな友人ができた。


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