表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

22 手紙について

 本当はお盆ころまでにやっておきたかった…。今日わたしはアパートの自室を掃除していた。していた…。していたのだが。

 どうして掃除ってはかどらないんだろう。引っ越しも模様替えもそして大掃除も、一念発起して始めたはいいものの、いつも途中でグダグダになっちゃうんだよね。昔読んでた漫画とか、思わず読んじゃって…。

 今も本棚の前で絶賛さぼり中。もう続きは明日にしちゃおうかな。

 あ、これ小学校の卒業アルバムだ。懐かしいな。

「牧ヶ花さん、何見てるんですか?」

 お、久美ちゃん。

「ちょっと卒アルを」

「小さい牧ヶ花さん、かわいいですね…あれ?このページ、なんか挟まってますよ」

 ん?ほんとだ。なんだろう…こ、これは…!


「へー二十歳の自分にあてた手紙ね」

 コーヒー片手に地蔵堂が言った。残暑も厳しいってのに、よくホットコーヒー飲めるよね。

 わたしは久美ちゃんと一緒に地蔵堂邸に来ている、もとい、久美しゃんに夢枕に立たれながら眠っている。今は三人で応接室の机をかこっていつもの如く雑談中。

「そうなんだよ。小学校の卒業アルバムの間に挟まってたの」

「なんで下宿先に小学校の卒アルなんて持ってきてるの?邪魔なだけでしょ」

「いいでしょ、別に。わたしは思い出を大切にする女なんだよ」

 使い道も考えずに火焔型土器買うやつに言われたくない。

「それでね、せっかくだから、また未来の自分にあてた手紙でも書こうかなって思ったんだけど、これがなかなか進まなくて。どんな事書いたらいいと思う?」

 決して掃除が面倒になったからじゃないよ。この機にほんとに書こうと思ったんだよ。

「なるほどね。でも牧ヶ花。自分の未来ならもうわかってるじゃん」

 はい?

「君はどうあれ、ゆくゆくはこっちの世界に来るんだから」

 そうだけど!確かにそうなんだけど!

わたしはもっと現実世界での人生を謳歌したいんだよ!

「そうじゃなくて!十年後とか、二十年後の自分に向けた手紙を書きたいの!」

「十年後ね…。そもそも、その小学校の頃の手紙にはなんて書いてあったの?」

 うっ…それは…。

「あ、それ、私も気になります。内容をお伺いしても、牧ヶ花さん、全然教えてくれないんですもん」

 く、久美ちゃん…。

「い、言えないよ…なんか恥ずかしいじゃない…!」

 ところが、地蔵堂と久美ちゃんはニヤッと笑うとさらに迫ってきた。

「いやいや。小学生の頃の手紙を受けて、新たに書くんでしょ?だったらやっぱり小学校のやつの内容は重要だよ」

「そうですよ。決して興味本位などでは、ないですから」

 きっと二人とも興味本位だ…。もうなんか適当なこと言ってごまかそうかな…。

「おーい真一、邪魔するぜ」

 帝釈天!いいところに!これで自然と話の流れを変えたり、この場から立ち去ったりできる。

 帝釈天が玄関から応接室へ上がってきた。さあ帝釈天、疲れたでしょ?わたしがお茶の一つでも…。

「よう真一。手土産があるんだ。ほれ!三十三天特製おはぎだ」

 帝釈天が地蔵堂に紙袋を渡す。地蔵堂はお礼もそこそこに嬉々として中を見ている。

 ナイス帝釈天!いかにもお茶に合いそうなお菓子!じゃあ、わたしがお茶を淹れてきますね…

「それともう一つ手土産だ。なんか、麻希が小学生のころに書いたと思しき手紙」

 なんで持ってんだよ!

「さ、牧ヶ花、お茶淹れてくるんでしょ。早くいっておいで」

 地蔵堂、わたしがお茶淹れてる隙に見る気だろ!事情が変わったんだよ!たった今、この場から離れるわけにいかなくなったの!

「なんで帝釈天はわたしの手紙持ってるの?」

「いや、ちょっと現実世界に用があったんだが、帰りに麻希んとこに寄ってよ、でも麻希のやつ寝てたから、そっとしといたんだよ。せっかく来たのにつまんねえなあとか思ってたら、こんなもん見つけて…」

 わたしの部屋に来たの?不法侵入⁉しかも一人暮らしの女子大生の部屋に⁉

「なんだよ。悪ぃかよ。ちゃんと玄関から入ったぞ」

 いやそういう問題じゃなくて!だいたいなんで場所知ってるの⁉それに玄関は鍵かけといたんだけど!

「その辺はあれだよ、神ともなればちょちょいのちょいでどうとでもできるのさ」

 神ともなれば倫理的にアウトかセーフかの区別くらい簡単につきそうなものだけどね!

「でも流石神様ですね。私みたいな幽霊だと、現実世界の物なんて持ってくるのはおろかまともに触れることすらできませんからね」

「だろ」

 何を感心してるんだい、久美ちゃんは。

「とにかくっ!その手紙は読んじゃだめ!」

 わたしは帝釈天の手から手紙をひったくった。

「どうしてもだめですか?読ませてくださいよ、牧ヶ花さん」

 久美ちゃんの上目遣いのお願いは反則でしょ。でもだめなものはだめ。

「よし、牧ヶ花」

 何よ、地蔵堂。

「見せてくれたら、この帝釈天が持ってきた三十三天特製おはぎに加え、牧ヶ花には特別に三十三天特製有平糖もあげよう」

 な、何⁉三十三天特製有平糖⁉

 地蔵堂がどこからともなく、有平糖が入ったプラスチックの筒を取り出した。

 ほ、欲しい。非常に欲しい。三十三天の有平糖だよ⁉おいしくないわけないじゃない!帝釈天が持ってくるお菓子はどれもすっごくおいしいんだよね。なんていうか、この世の物じゃないみたい。まあ、この世の物じゃないんだけど。

「じゃあ…有平糖、くれるなら…いいかな」

「よし、交渉成立っと」

 地蔵堂がプラスチックの筒から、有平糖をいくつか取り出す。あ、あれ…?自分も一つ食べちゃうんだね、地蔵堂。

「ほい、どうぞ」

 やったあ!

「一瞬で元気になったな。簡単なやつめ」

 地蔵堂から何かブーメランを食らった気がしたけど、そんなことは有平糖のうまさの前には些末な問題なのです。

 …じゃあ…約束通り手紙をどうぞ…。

「では読みますか…何々…『二十歳のわたしへ』…」

 声に出すな、地蔵堂!

「えー…じゃあ越乃に任せるか」


 二十歳のわたしへ

  二十歳のわたしはどんな大人になっていますか。

  中学や高校はどんなでしたか。

  二十歳になってもちゃんとクラシックは聴いてますか。

  少なくとも二十歳のわたしは大学生であってほしいな、と思います。

  今、わたしにはこれといった夢がありません。

  正直、将来がちょっと不安だったりします。

  でも夢で一つ、言えることは、

  ロベルトとクララのシューマン夫妻のような恋愛をしてみたいということで―――


「ぶほっ」

 地蔵堂が噴出した。

「はははははははははは…ロベルトと、クララのような、恋愛って…」

 もう!だから見せたくなかったんだよ!恥ずかしい!

 わたしは地蔵堂の手から手紙を奪い取った。

「牧ヶ花さん、分かります。やっぱりお嫁さんって憧れますよね!」

 いや、久美ちゃん。そういうことじゃないんだけどな…。

「おい、まだ全部読み終わってないぞ、麻希」

 もうおしまい!――――――


 ――――――かすかに小鳥のさえずりが聞こえる…。

 う~ん…朝か…。

 そんなに心地いい夢じゃなかったな…。まったくもう、みんな馬鹿にして…。

 さて、起きますか。久美ちゃんはまだ戻ってないのかな。地蔵堂のやつは今度向こうに行ったら仕返ししてやろう。

 わたしは起き上がろうとして、ふと左手で何かをつかんでいるとこに気が付いた。なんだろう。あ、例の手紙だ。確か卒業アルバムに挟んだままにしておいたはずなんだけど。

 そうだ卒アルを確認してみよう…うーん、やっぱり挟まってないな。これは…。

 帝釈天が言ってた、わたしの部屋に寄ったってことを思い出した。なんだかんだ帝釈天ってすごいんだな。たとえやってることが不法侵入でも。


うぅ……シューマン二回目……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ