21 卓球について②
帝釈天が残していった三十三天特製プリン。その最後の一個をかけた地蔵堂邸卓球大会。一回戦第一試合、地蔵堂×佐善の対決は、ほぼ地蔵堂の自滅という形で、璃子ちゃんの勝ちに終わった。
そして今から第二試合、牧ヶ花×国上。サービスはじゃんけんでわたしから、なんだけど…。どうしよう、これといった作戦もないし…。
でも久美ちゃんも自信なさそう。
「お手柔らかに…お願いします」
「そうだね。わたし達はのんびりゲームしようか」
「はい!よろしくお願いします!」
わたしも別に卓球経験が豊富なわけじゃないから、のんびりやるくらいがちょうどいいかも。わたしは軽~くサーブを打った。
カコーン…カコーン…カコーン…
緩やかなラリーが続く。あぁ…これくらいが楽しいかも…。
「国上…」
少し離れてみていた地蔵堂が久美ちゃんに話しかけてきた。どうした?
「何ですかっ、真一君っ」
久美ちゃんがラリーを返しながら応じる。
「プリン一口くれたら、何でも一つ言うことを聞いてあげる」
瞬間、久美ちゃんの姿勢が変わった。久美ちゃんは右足を少し引いて体を開くと、向かいくるボールをにらみつけた。ボールは久美ちゃんの右側のコートをはねる。久美ちゃんのフォアハンド。ボールが少し沈み込んだところを上に引っ張る強烈な一打が決まり…。
カコン、バシュゥゥゥ…。
地面にめり込むほどの…ループドライブだった。って久美ちゃん、豹変し過ぎでしょ!
「久美ちゃん!のんびりゲームしようって言ってたじゃん!」
「すみません、牧ヶ花さん。そうもいかなくなりました…。これに勝てば、真一君に何でも一つ言うことを聞かせることができます。例えばなでなでしてもらったりもできるわけです!真一君のなでなでですよ!そのためには、なんとしてでも勝ちたいんです!」
趣旨が変わってきてるよ!プリンどこ行ったんだよ!
「地蔵堂!久美ちゃんをけしかけるなんて、ずるいぞ!」
「いかに平常心でいられるかが勝敗を分けるとは、君の言でしょ牧ヶ花」
地蔵堂がさも愉快とけたけた笑いながら言う。くそぅ、ルール上、ありか…。
これで次に久美ちゃんが得点すればわたしの負け。次は絶対落とせない。ところが次のサーブは…久美ちゃんで…。
くっ…。もはやこれまでか。正直、今の久美ちゃんを倒せる気がしない。ものすごくサーブに集中してる…と思ったら久美ちゃん、突然顔をあげた。
「あっ!」
ど、どうしたの、久美ちゃん⁉
「あんなところに空飛ぶ『ウィリアム・テル』の円盤があります!」
もうその手には乗るか!
って思ったら、視界の端に宙を舞う黒いものが…!まさかほんとに、空飛ぶ円盤さながらに、『ウィリアム・テル』の円盤が飛んでるの⁉
「って地蔵堂!璃子ちゃん!何レコード投げて遊んでるの⁉」
「いや、レコードじゃないよ。レコード投げるわけないでしょ」
あっほんとだ。久美ちゃんの言葉でレコードだと思い込んでたけど、よく見たらただの黒いフリスビーだ。
「なんでそんな紛らわしいことしてるのよ⁉」
「いや~ちょっとね」
「こいつがやるって言いだして」
「ところで牧ヶ花、こっちにばかり気を取られていいのかい?」
はっしまった!
カコン、カコーン…。
「よそ見はいけませんよ、牧ヶ花さん!」
やられたーーー!
久美ちゃんのサーブ一つで決着がついてしまった…。
「まさか中学生が勝ち上がってくるとはね。でも中学生相手だろうと容赦はしないよ!」
決勝戦。一方は佐善璃子。地蔵堂を倒しここまで来た。おそらくこの四人の中でだれよりも卓球経験に富んでいる選手。
「中学生じゃありません!私こそ、手加減しませんからね!」
もう一方は国上久美。わたしを下して決勝へ。妨害ありという今回のルールを最大限に活用する策士。
実力で言えば璃子ちゃん。でも久美ちゃんがうまく誘導すれば…!この勝負、どっちが勝ってもおかしくない!金色のそれは…誰の手に!
台を挟んでにらみ合う両者。縁側で見つめるわたしと地蔵堂も思わず息をのむ。
「ねえ地蔵堂。地蔵堂はどっちが勝つと思う?」
「さあどっちだろうね。実際にゲームが始まってしまうと佐善が圧倒的に有利だろうし、ゲーム前に国上が何を仕込むかが大きく勝敗に関わってくるだろうね」
お、どうやらその久美ちゃんがサーブのようだね。これは久美ちゃんにとって、仕掛けやすい環境だけど、どう出る⁉
「佐善さん、決勝ですよ。せっかくの決勝だっていうのに、賭けるのがプリン一つってのも、寂しいですよね」
「どういうことだ?」
「プリン以外にも、何か賭けませんか?」
「面白い。いいだろう」
案の定、久美ちゃんには策があったみたい。サーブ前に新たな賭けを持ち掛けてきた。でも璃子ちゃんは大丈夫なのかな。安易に相手の策に乗っちゃって。
「大丈夫、大丈夫。賭けが一つ加わったところで負けるほど、あたしは弱くない」
璃子ちゃん、なんだか頼もしい。
「流石、佐善さんですね。では賭けの内容は…勝った方が真一君の膝の上でプリンをあ~んしてもらえる、というのでどうで―――」
「棄権します!」
応接室。地蔵堂の膝の上を、久美ちゃんが陣取ている。
「だめですよ真一君。ちゃんとあ~んって言ってください」
「いや、それ、思った以上に恥ずかしいのだが…」
「だめですよ。そういう賭けですから」
地蔵堂が久美ちゃんにいいようにされてる。
いやそれにしても、まさか一球も打たずに決着がつくとはね。
「ああ。戦ったあたしも想定してなかったよ」
やれやれ、と璃子ちゃんが言う。
決勝は璃子ちゃんの棄権により、久美ちゃんの勝ちとなった。久美ちゃんは優勝賞品の三十三天特製プリンに加え、地蔵堂の膝の占領権などを手にした。そしてご覧のとおり。
「真一君、ちゃんとなでなでもしてくださいね」
「まだプリン一口もらってないんだが…」
「後払いでお願いします♡」




