20 卓球について
「さてここに、最後の一つとなった宝がある」
重々しく地蔵堂が言った。
応接室の机の上、地蔵堂によっておかれたプラスチックの容器。中はつややかな金色の塊で満たされている。…じゅるり。
地蔵堂が宝と称したそれは「三十三天特製プリン」とかいうもの。これを残していったのは帝釈天だ。地蔵堂いわく、「帝釈天の家で作ってんだ」とのこと。
さっきまで地蔵堂邸には帝釈天がいたようだ。どうやら、わたしとは入れ違いになってしまったらしい。帝釈天は手土産にこの三十三天特製プリンを持ってきてくれたようで、わたしも含め地蔵堂邸にいた全員で、コーヒーと一緒に金色のそれをいただいたのだが…。これ、うますぎんだろ…。
絹をも思わせるような舌ざわり。甘いんだけど、くどくない、現実世界のものでは例えることのできない絶妙な味わい。バニラみたいなんだけど、なんていうか説明できないくらい芳しい香りがたまらん。
何個かあったんだけど、みんな夢中で食べるうち…気づけば最後の一個に…。
「この宝を、だれが手にするかという話だが…」
続ける地蔵堂に三方から視線が注がれる。一つはわたし。一つは璃子ちゃん。そして最後に久美ちゃん。この四人による戦いになるわけか…。
「普通だとここでじゃんけんとかやるわけだが…ここは変人集う地蔵堂邸。それじゃつまらない」
わたしを変人に数えないでよ!
「ということで、今回は卓球にて決着をつけようではないか!」
「また唐突だな~」
「ですね。真一君らしいですけど」
璃子ちゃんと久美ちゃんがおのおの感想を述べながらストレッチしている。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、卓球の道具一式を通販でぽちっとしていたのだよ」
と答えるは、動きやすい甚兵衛に着替えた地蔵堂。どんな想定だよ。
いや、そんなことはこの際どうでもいいよ。それよりも…。
「ねえ、地蔵堂。ここでやるの?」
「そうだけど」
「…屋外じゃん」
わたし達はなぜか、庭に集合させられていた。そして庭には大展開された卓球用具が。
「いやいやいや。風の影響とか受けるでしょ」
「今日はほぼ無風だって天気予報で言ってた」
へ~。冥土にも天気予報ってあるんだ。
「たとえ風が吹いても試合は続行ってことで。まあぶっちゃっけると、我が家にはほかに卓球台を展開できる場所がなかったのだよ…」
そりゃそうだ。普通のおうちにはそんなスペースないよ。
とか考えてると、地蔵堂がかしこまって咳払いした。
「よし、それでは、ルール説明を行う!と言っても基本的には普通の卓球のルールと同じなのだが…今回は地蔵堂邸特別ルールで、サービス一回交代、二点差で勝利とする!」
に、二点差?たった二点で決着がついちゃうの?よくわかんないんだけど…。
どうやら璃子ちゃんはわかったみたい。にんまり笑って口を開く。
「なるほど。つまりゲームが始まった時点でデュースの状態ってことだな」
え?デュース?どういうこと?
「その通り。卓球は『十一点先取で勝ち』『十点でマッチポイント』そして『サーブは二回打つと交代』ってルールなのだが、十対十で並んだ場合、デュースという状態に入る。デュースになると、『サーブは一回で交代』『先に相手に二点差をつけた方の勝ち』というルールに変わるんだ。今回は、始まった段階からデュースのルールで行う」
っていうことは…最短だと二球で決着ってこともあり得るってこと?
「その通りだ牧ヶ花。そしてさらに、今回は妨害もありとする!」
妨害?
「今回は相手に話しかけるなどして相手を惑わす妨害行為もありとする!とはいえ、プレイ中の相手や道具に直接触れたり、ボールや台に仕掛けを施したりするのは禁止だ。そしてこの妨害ルール…プレイしていない選手も行えるものとする」
「つまり…中学生の体力しかない私でも、相手をうまく惑わせば勝機があるってことですね」
「そういうことだ、国上」
なるほど。卓球の実力だけじゃなく、いかに平常心でいられるかということも勝敗を分けるのか。
「まあ活字しかない本作は、そうしないと面白くないって理由もあるんだけどね」
越乃の都合かよ!
「今回はトーナメント戦を行う。組み合わせはさっきくじ引きで決めた。一回戦は私と佐善、牧ヶ花と国上となった。この勝者が決勝で当たる。そして決勝で勝ったものが金色のそれを手にできる。では諸君、準備はいいか?」
「ばっちりです」
「いつでも来い」
おお、みんな気合入ってるね。でも金色のそれはわたしのものだよ!
第一試合、地蔵堂×佐善。サービスはじゃんけんで決め、璃子ちゃんからとなった…ってじゃんけんするんだったら、もうそれでプリンの件も決めればいいのに。
まだ始まってないのに、両者の会話が交錯する。いや、この会話も作戦の一部か。
「佐善は経験者かい?」
「少しかじった程度。お前は?」
「私は…まあ人並みには」
人並ってどのくらいだろう…。
しかし地蔵堂、人並みの経験しかないとは思えないくらい、不敵な笑みを浮かべてる。
「まあ、経験は関係ないかもしれないね、佐善」
「む、ずいぶん余裕だね」
「ふ。とりあえず始めよう」
璃子ちゃんが怪訝な顔をしながらトスを上げた。その最中、地蔵堂が発した言葉は、とんでもない内容で…
「ふっふっふ…余裕も余裕だよ。なぜなら私の裏には、中学時代卓球部だった越乃が付てるからだ!」
なんだと⁉
「私は越乃の筆一つで…かなりの経験値を得ることができるのだ!」
なんという作戦!って、それってありなの⁉セコくね⁉
そんなこと言ってるうちに璃子ちゃんのサーブが決まって地蔵堂の左側のコートへ。すぐさま地蔵堂はシェイクハンドのラケットをバックに持ち替える。
「しかも越乃が最も得意としたのは、バックスマッシュ!これはもらった!」
地蔵堂が器用に体を左に寄せる。これは…決まってしまうのか⁉
コン…コンコンコン…。
地蔵堂が打った球は力強く飛び…そのままネットに引っかかってしまった。
「何…だと…。越乃の筆で経験を得たはずなのに…」
「ふ。残念だったな」
「なぜだ⁉佐善、なぜなんだ!」
「お前、越乃を買いかぶり過ぎだ。あいつの戦績、郡市大会二回戦敗退で地区大会にすら行ってない」
越乃弱ぇぇぇぇぇ!
「うう…。あてが外れた…。これで次佐善が取れば私の負けか…」
地蔵堂、悔しそう…でもない!なんだかさらに不敵な笑みを浮かべてる。
「ふはははは!しかし次のサーブは私!越乃の得意技にはバックスマッシュ以外にも、強烈な下回転サーブがあるのだ!」
そういうと、地蔵堂はボールを高々と上げた。
「そうか…ボールを高く投げることで回転をかけやすくするつもりだな」
どうやらかじったという璃子ちゃんには、地蔵堂の戦法がわかるらしい。
「さすが佐善、その通りだ!くらえ!これが越乃の、下回転だぁぁぁ!」
カコーーーン…。
地蔵堂のサーブは卓球台手前の縁に当たると、そのまま明後日の方向へ飛んで行ってしまった…。
「ぬあぁぁぁ!」
地蔵堂の悲痛な叫びが響く。
「そーだった!サーブでボールを高く上げると厳しい回転になるけど…同時に失敗する可能性も増すんだった!しかも越乃、現役のころそれに苦しめられたわ!くそーーー!」
璃子ちゃんが一歩、金色のそれに近づいた。




