19 海について➁
快晴の空。輝く太陽。水が満たされた大きなビニールプールに、張りぼてのビーチ。そして、水着姿のわたしと久美ちゃん…。
結局、帝釈天におびえる久美ちゃんはわたしと地蔵堂の二人掛でなだめた。そして客間を締め切ると、わたしと久美ちゃんは地蔵堂に渡された水着に着替え、再びプールサイドに集合したわけだが…。
「おい、地蔵堂!」
「どうした牧ヶ花。声を荒げて」
「なんであんたの家に女物の水着があるんだよ!」
「いや~ちょっと佐善に着せようかと思って」
変態じゃねえか!
なんだよ「ちょっと佐善に着せようか」って!だいたい、何が許せないって…
「地蔵堂、あんたの水着は?」
「ないよ」
なんで女物の水着があって、あんたの水着がないんだよ!どおりでずっと浴衣なわけだよ!
「お?みんな準備が整ったな!」
ビーチパラソル立てたり、準備運動したりと、ずっと一人ではしゃいでいた帝釈天が号令をかける。そして久美ちゃんは「ひっ」と小さく悲鳴を上げると、またも地蔵堂の後ろに隠れてしまった。
「それではこれより、第一回真一ん家海水浴を始めるぞ!」
海水浴ねえ…。まったく雰囲気ないけどね。それっぽいものが展開されただけの地蔵堂邸の庭じゃん。普通に水遊びって言えばいいのに。
「いや、これはこれで、普通の海水浴の問題をいろいろ解決してくれたのだよ、牧ヶ花」
何、地蔵堂。普通の海水浴の問題って。
「まあ見てな。おい、帝釈天。手始めにスイカ割はどうだ?」
「お、いいなスイカ割。いかにも夏の海って感じじゃねえか」
「よし。じゃあ国上、手伝ってくれ」
そういうと地蔵堂は久美ちゃんと一緒にスイカ割の準備を始めた。
「いいか、牧ヶ花よ。海におけるスイカ割の問題点。それは…スイカに砂がついてしまうことだ!」
あ~確かに。砂の上でスイカが割れたりするもんだから、部分によっては砂の被害を免れ得ないもんね。
「しかしこれをわが家で行うことによって解決出来てしまうのだよ。見よ!牧ヶ花!こうして下にビニールシートを敷くことで、スイカと砂が直接触れないようにできる。さらに!スイカそのものをビニール袋に包むことで、意図せぬ砂の付着を防ぐことができるのだ!こういったものをすぐに取り出せるのは、家なればこそ!」
風情がねーよ!
なんだよ、ビニールシートの上でビニール袋に包まれたスイカを割る遊びって。もう見た目にスイカ割の要素がねーよ!
「よっしゃーーースイカ割だぜ!俺から行くぞ!いいよな、みんな!」
あんたは遊べればなんでもいいのか、帝釈天!
だいたい、シートも袋も準備して海にいけばいいじゃない。別にここでやらなくても問題は解決できるのでは?
「いやいや。牧ヶ花はわかってないな。海におけるスイカ割の問題点はまだあるのだよ。おい、帝釈天。もっと左だ」
帝釈天があっちへふらふらこっちへふらふら。適当なこと言って惑わせてやろうかな。
「もっと右だよ、帝釈天。もっと右」
「ふ。麻希。俺を誰だと思ってやがる。三十三天従えるこの俺が、そんな言葉に騙されるかよ!」
流石、帝釈天。振り下ろした棒は見事スイカにヒット。きれいに真っ二つになった…と思われる。ビニール袋でよくわかんないけど。
あらかじめまな板と包丁を用意していた地蔵堂が縁側でスイカを切り分ける。
「さ、皆さんどうぞ。牧ヶ花も、ほれ」
あ、ありがとう…。なんか地蔵堂、渡すときに妙な笑みを浮かべたんだけど…。
まあいいか。いただきます…何これ⁉
「うま!」
スイカ、うめ~!このひんやりした感じが、夏にぴったり!
「でしょ」
地蔵堂!このスイカのうまさは、いったい…!
「それこそが海におけるスイカ割の問題点を克服した結果なのだよ。おそらく牧ヶ花はスイカ割のスイカを想像していたのでしょ?しかしここは我が家。散々いろんな人に長時間遊ばれた結果、灼熱の砂と真夏の太陽でぬる~くなったスイカではなく、さっきまで冷蔵庫で冷やされていたキンッキンのスイカ!しかもそれを、時間をかけることなく帝釈天が一発で真っ二つにしてくれた。前者と後者、うまさの違いは歴然!このスイカが出せるのは、家なればこそ!」
た、確かにっ。そうだけど。そうなんだけど!
微妙にぬるくなったところも、砂がついてじゃりじゃりしてるところも、まとめて海のスイカ割だからこそ出せる風情っっ!
「よしっ!スイカ割も終わったところで、いよいよ海入るぜ海!」
帝釈天が勢いよくビニールプールへ飛び出した。
それにしても帝釈天は海が似合うよね。日焼けした肌。風になびく金髪。これがほんとの海だったら、きっとワイルドに飛び込んだりするんだろうな…。
「よし、まずは足から水をかけてくぜ。だんだん心臓に近づけながら、ゆっくりと身体を水に慣らしていくぞ…」
ワイルドさなんてなかったよ!非常に慎重だったよ!真面目ささえ感じるよ!
「準備はできたぞ!いっくぜ~!」
え?帝釈天、ほんとに飛び込むの?ちょっやめなよ、これビニールプール…
ザッバーン…
「いっっっっってーーーーー!」
ほら言わんこっちゃない!帝釈天、プールの底に腰を強打して悶えてるよ。
心配してみんな駆け寄ってくる。もう…大丈夫?
「ああ、大丈夫だ。心配いらねえ。それにしても…」
それにしても?
「これ、海じゃねえな…」
今更かよ!誰もが最初からわかってたよ!
「くくく…。まあまあ、帝釈天。これはこれでいいじゃないの」
地蔵堂が笑いをこらえながら割って入った。
「これなら私も参加できる。提案、企画、ありがとう」
少し風が吹きプールにさざ波を作った。帝釈天は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。
なんだろうこの空気。わたしは耐えかねて口を開く。
「ま、まあ地蔵堂の言うとおり、これはこれでいいのかもね。これなら沖に流されて溺れる人とかでないだろうし…」
「おぼぼぼぼぼ…真一君…助けて…ください…」
久美ちゃん!これ、ビニールプールだよ!なんで溺れてるの⁉
しかもさっきより強い風にあおられて張りぼてがプールに倒れてきた!うわあああ!
あわてるわたしをしり目に、地蔵堂と帝釈天が飛び出した。帝釈天は溺れる久美ちゃんの後ろに回り込むと、片腕で倒れてくる張りぼてに手を伸ばす。そして地蔵堂は溺れている久美ちゃんに手を回すと抱え上げ…。
間一髪!張りぼては久美ちゃんに接触する前に、帝釈天の腕によって止められた。久美ちゃんは地蔵堂に抱えられて、ゼーハーしている。いや~大ごとにならなくてよかった!
「ふ。やるな、真一」
「流石、帝釈天」
地蔵堂と帝釈天がお互いを称え合う。久美ちゃんも喘ぎ喘ぎ口を開く。
「はぁ…はぁ…あ…ありがとう、ございます…その…帝釈天さんも…」
久美ちゃんが地蔵堂の腕の中で少し照れ臭そうに目線を落とした。
「ね、帝釈天は悪い奴じゃなかったでしょ」
帝釈天の事を話す地蔵堂はなぜか得意げだ。
「あ、あの…帝釈天さん、怖がって避けたりして…すみませんでした」
帝釈天は張りぼてを起こすと、久美ちゃんに微笑みかけた。
「おう。いいってことよ」
やべぇ…。帝釈天の笑顔、神々しい…。
「俺は神だ。だが今はフリー。お前もをとっ捕まえることも、修羅と戦うこともできやしねぇ。というか、やらねぇ。だからってわけじゃねえが、まあその、何だ、ダチになろうぜ」
「…よろしくお願いします」
風も収まり、真夏の太陽がさらに輝きを増した気がした。




