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18 海について

 あ~暑い…。

 季節は夏真っ盛り。しっかしこの国の夏は過ごしにくいな。まあ外国の夏を経験したことがあるわけじゃないんだけど。乾かない汗。まとわりつく湿気。地蔵堂にくっつかれてる璃子ちゃんにでもなったみたいだ。

 あ~~~暑い…。こうも暑いと寝ようにも寝付けない。

 ここは現実世界のわたしのアパート。さっきからベッドで横になってるんだけど、襲い来る暑さとの格闘で、夢の世界はまだまだ遠いなあ。

「早く寝ましょうよ、牧ヶ花さん」

 久美ちゃん…。

「そうはいっても、暑さ寒さに無関係な幽霊と違って、人間は暑い夏の夜に寝苦しさを覚えてしまうんだよ…」

「それは知ってますよ。私だって、元人間ですから。でも寝ないと真一君のとこに行けないじゃないですか」

 わかってる。わかってるんだけど…。でも眠らなきゃと思えば思うほど、なぜか眠れなくなっちゃうんだよね。

「ああ、ありますよね、そういうこと。音楽でも聴いてみたらどうですか?少しは眠くなるかもしれませんよ。わたしとしては『カルメン』のハバネラがいいですね」

 久美ちゃん、好きだよね、ハバネラ。よくわたしに、聴かせてくれって言ってくる。

「わたしもハバネラを聴くことはやぶさかじゃないけど、この窓を開け放った状態で音楽かけたら、流石に近所迷惑だからやめとくよ」

「そうですか。それは残念です。それはそれとして、早く寝てくださいよ。じゃないと真一君のとこに行けません」

 久美ちゃんがなおも催促してくる。そりゃ地蔵堂のとこは夢の中ですものね。夢を見るには眠らなくては。でもね、外気が耳元でささやくんだよ。「今夜は寝させないよ」って。

「馬鹿なこと言ってないで、寝てくださいよ。私、先に行ってますからね」

 久美ちゃんに「馬鹿」って言われた!見た目幼いから、小さな女の子に言われたみたいでなんかショック!

 って久美ちゃん⁉なんか久美ちゃんの身体、薄くなって…あ、消えちゃった。ほんとに先に地蔵堂のとこに行っちゃったのかな…。

 あ~暑いな~。わたしもそろそろ行こうかな~。あっち涼しいといいな…――――――


 ――――――ここは?

 なんとか寝付けたようだ。無事にわたしは夢の中。よかった。

 でもいつもの地蔵堂邸の玄関じゃないみたい。どこだろう?ここは。見覚えのないような…でも全く知らないわけでもな――

 バシャ!

 うわっ。冷たっ。なんか急に顔面を水が直撃したんだけど!

「牧ヶ花、ごめん。水かけちゃった」

 その声は地蔵堂だな!

「地蔵堂!急に人の顔に水かけて!まったくもう!」

 声がした方を向くと浴衣姿の地蔵堂が縁側を背にホースを握っていた。ホースからは勢いよく水が飛び出している。足元には大きなビニールプールまであって、どうやら水をためているところのようだ。

「ごめんごめん。まさか玄関じゃなく庭に出てくるとは思わなくて」

 庭?そうか。ここは我らが地蔵堂邸の庭か。どうりでどことなく見覚えがあるわけだ。普段お庭に出ることなんてめったにないもんね。

「庭だと⁉」

 後ろから、今度は帝釈天の声がする。帝釈天、来てたんだ。

「何言ってんだ麻希。ここは庭じゃねえ。海だ」

 あんたこそ何言ってんだ。

 しかし振り向くと縁側の向かい、海パン姿の帝釈天が親指で示すは…ビーチの絵が描かれた張りぼての板だった。

「そういうことだ牧ヶ花。今日、わが庭は、海という設定なのだ」

「おい真一!設定とか言うなよ!」

 なるほど。どうやら今日は帝釈天プレゼンツ海イベントらしい。庭で海って…無理あるな~。

「ねえ地蔵堂?別に庭でやらなくても、海行けばいいんじゃない?」

 それとも冥土には海ってないの?

「そうなんだけどね…」

 地蔵堂が少し顔を曇らせる。どうしたんだろう。何か海にいけない深刻な理由でもあるのかな。

「海ってさ~、塩で体がべたべたになるし、砂でじゃりじゃりになるし、正直行くの面倒で…」

 ろくな理由じゃなかったよ!

「でも帝釈天が夏だから海行きたいって聞かなくてさ。越乃にしても水着回書きたいみたいだし、妥協してこれ」

 …まあいいや。希望どおり涼むことはできそうだし。

 そういえば、久美ちゃんは?わたしより先に来てるはずだけど。

「ああ、国上なら…」

 地蔵堂はホースを握ったまま、目線を後ろに向けた。わたしも同じく目線を向け、地蔵堂の背後を見る。そこには地蔵堂の後ろで小さくなって震えている久美ちゃんの姿があった。

「国上。そんなに怖がることないだろ?」

「うう…でも、でも、真一君。あの方…体制ともつながりがありますよね?」

 久美ちゃんが恐れているのはどうやら帝釈天のようだ。涙目で地蔵堂の腰のあたりの浴衣をぎゅっとつかんでる。

「もしここに私がいることが知れたら…私、捕まっちゃいますよ!」

「大丈夫だ国上。帝釈天は国上をしょっ引いたりしないよ、少なくともここでは。そもそも警察じゃないし」

 地蔵堂が空いている左手で久美ちゃんの頭をポンポンと撫でる。こうしてみると、やっぱり仲良しなんだな、この二人。

「でも…でも…!」

「うわあ、あんまり浴衣を引っ張るな。ホース持ってんだから…ぅおおっと!」

 地蔵堂が久美ちゃんに引っ張られて、体勢を崩すと尻もちついた。そして右手のホースは明後日の方向を向き――

 バシャ!

「あ、牧ヶ花、ごめん…」

 そうか。さっきの水もこうしてかけられたのか…。


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