15 男友達について
「暑いなー。もう夏だね、地蔵堂」
構ってくれとばかりに地蔵堂に雑談を振った。いつもの如く、地蔵堂邸の応接室。わたしは椅子にだらしなく座って地蔵堂が出してくれたコーヒーを飲んでいる。今日はわたしの要望でアイスコーヒーだ。それにしても、なんていうか手持無沙汰だな。
「じゃあ、そんな暑い日には、名前からして熱そうな一曲をかけたげよう」
同じくアイスコーヒーを飲んでいた地蔵堂が、曲をかけに立ち上がる。
「ベト先生の『熱情』。それもループで。運命感じまくりだね」
ベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ第二三番「熱情」』!「熱そうな」って、その標題つけたのベートーヴェン本人じゃなかったような…。
カコン…
グラスの中の氷が解けてぶつかり合う。
今日は璃子ちゃんも久美ちゃんも来てないしな。あー暇だー。夢なのに暇って、どういうことだろう…。
「そういえば地蔵堂ってさ、男の子の友達いないの?」
地蔵堂にふとした疑問をぶつけてみた。
「おいおい。なんだよ、その質問は」
地蔵堂が少し膨れてこちらに向き直る。いくら地蔵堂相手でも、やっぱりこんな質問失礼だったか。
「もう死んでるんだから、『いるの?』じゃなくて『いたの?』でしょ」
そこかよ!じゃああれか?わたし達は過去形の付き合いか?
「でも実際、ここに来る人って、地蔵堂が生前に関わったことのある人なんでしょ?わたし、璃子ちゃんと久美ちゃんにしか会ったことないんだけど…」
しかも久美ちゃんは現実世界の住人じゃないから、そもそも地蔵堂に友達がいるのかっていう問題もあるけど…。
そんな失礼な想像を知ってか知らずか、地蔵堂は何食わぬ顔で答える。
「そういえば今日、牧ヶ花には紹介したことがない男の友達がやってくるけど」
え?ほんと⁉聞いてないよ!
ガラガラガラ。
玄関の引き戸を開ける音がする。
「お、噂をすれば」
ちょっと待って!心の準備が…!
「よっ。真一」
応接室の入り口から声が聞こえた。見るとそこには筋骨隆々な大男がいた。Tシャツにジーンズといういでたち。日焼けした黒い肌。ギラギラした長い金髪を頭のてっぺんでくくっている。これが地蔵堂の友人…とは思えない…っていうか、なんかチャラい…。
しかし地蔵堂は柔らかな笑みで挨拶する。
「ごめんください」
「お?先客か?」
大男がわたしを見ながら地蔵堂に聞いた。うわっなんか緊張する。オーラっていうのかな。雰囲気に圧倒されて、思わず背筋が伸びるよ…。
「うん。こちら牧ヶ花麻希。私の生前の友人で、現実世界の人間だよ」
「ど、どうも…」
とりあえず挨拶したけど、内心おっかなびっくり…。
「おう!よろしくな!俺は帝釈だ」
帝釈…た、帝釈天⁉
「こ、これはどうも、帝釈天様。失礼しました」
わたしは慌てて椅子から飛び降りた。帝釈天様だよ!あの帝釈天様!恐れ多すぎるよ!
「ははは。俺に初めて会ったやつは、みんなそうするぜ。でも、それはなしだ。ここでの俺とは、そういうの抜きでよろしくしてくれや」
「は、はい」
そうはいったものの、正直全然ドキドキが収まらない。でも帝釈天様に微笑みかけられると、「はい」としか言えなかった。
「ずいぶん緊張してるようだね、牧ヶ花」
「ふん。真一、お前も最初はこんなだったじゃねぇか」
「そうだったっけ?」
ちょっと待ってちょっと待って!
「地蔵堂!なんでそんなに親しげなの?相手は帝釈天様だよ⁉」
「ほら、漫画とかでよくあるでしょ?とんでもない大物なのになぜか最初から主人公一味にやさしいやつ。ダンブル〇ア先生とか。そういう感じだよ」
もっと畏怖を抱けよ地蔵堂!
それにしてもこの帝釈天様、見た目が全然イメージと違うし、もうどっからつっこんでいいのか…。
「俺の見た目がどうかしたか?」
た、帝釈天様!いえ、なんでもございません!
「ふ、これはな…俺の趣味だ!」
目覚めちゃってたよ!帝釈天様、悠久の時を経てチャラい系に目覚めちゃってたよ!
「た、帝釈天様…」
「俺のことは帝釈でいいぜ。あと敬語もなしだ」
お、恐れ多い…恐れ多いけど…そうおっしゃるなら…!
「じゃあ、せめて…帝釈天で…」
「おう!麻希」
帝釈天が後光でも差してるんじゃないかってくらい輝かしい笑顔を向けてくれた。いつの間にか呼び捨てにされてたけど、この際気にしない。
そういえば緊張してすっかり忘れてたけど、今回って地蔵堂の男友達の話だったよね。帝釈天はカウントに入るのだろうか。うーん、これはやっぱり、地蔵堂は男友達ゼロ人の可能性が濃厚ですな。
「なんでそうなるんだよ!」
地蔵堂の突っ込みは流すとして、帝釈天に気になってることを聞いちゃおうかな…!あぁ~やっぱりドキドキする!
「あの、帝釈天。その金髪とか、どうして…」
わたしの中には、帝釈天がマイアミにでもいそうな見た目ってイメージはないんだけどな…。
「俺の趣味の話か?まあこれは…話せば長くなるんだがな…」
そして帝釈天は、百数十年分の昔話を語り始めた…。




