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14 一日について

 ジリリリリリ…………ばしっ。

 うぅ…。

 ジリリリリリ…………

 午前七時。

 あー…目覚まし時計が喚き散らしてる。「起きろ!起きろ!」って…。

「…お前に言われなくても起きるよ…五分後に」

 ばしっ。

「変なこと言ってないで早く起きてください、牧ヶ花さん」

「…今日一限ないから大丈夫…Zzz」

「牧ヶ花さん!」

 あ…おはよう…久美ちゃん…。

「まったくもう。牧ヶ花さんは朝弱いですね」

 久美ちゃんは朝いつも元気だよね。うらやましいよ…。あ、そういえば幽霊に睡眠って不要なんだっけ…。


 午前七時半。

 ものの十五分足らずで作ったトーストとベーコンエッグで朝食。

「…おいしそうですね」

 テレビの朝の報道を眺めていた久美ちゃんが、こちらを向き直って言った。

「久美ちゃんも食べる?」

「いやいや。こっちではなにかに触ることもできないんですよ。物を食べるなんてもっと無理です。…でも食べたいので真一君に作ってもらいます」

 地蔵堂お手製のベーコンエッグか。わたしも今度地蔵堂のとこに行ったら作ってもらおうかな。

 地蔵堂のとこか…。

「ねえ久美ちゃん、ちょっと気になるってだけなんだけど…」

 私はかじりかけのトーストを置いて久美ちゃんを見た。

「どうかしましたか?」

「久美ちゃん、ときどきわたしの部屋にいないときってさ、地蔵堂のとこに行ってるのかなって思ってたんだけど、私が後から行っても、久美ちゃん、地蔵堂邸にいないときあるよね。そういう時って、久美ちゃん何してるの?」

「牧ヶ花さん…」

 あ、答えにくいことだったら、別にいいんだけど。

「なんですか?私を束縛したくなっちゃいましたか?」

 久美ちゃんがにやにやしながら言う。こいつうぜぇ…。

「でもだめです。私は真一君の物です」

 輪をかけてうぜぇ。

「まあ、そうですね…ちょっと野暮用、ですかね…」


 午後零時。

 午前の授業を終えて、学食でお昼。安くて健康的なところが学食の魅力だよね。

 それにしても久美ちゃんの野暮用って何だろう…。

「お、麻希!お昼一緒していい?」

 幽霊の友達でもいるのかな?

「麻希ー?」

 いや、考えにくいな。前に他の幽霊とはあまり仲良くなれそうにないみたいなこと言ってたし。

「おーい麻希ー!」

「うぉい!」

 友達の女の子に声をかけられてた。全然気づかなかったよ。

「全く…無視とはつれないな」

「ごめん。ちょっと考え事してて」

「どうした?幽霊にでも会った?」

 幽霊とは、毎日会ってる…っていうか、一緒に暮らしてるんだけどね…。

「いや、何でもないよ。気にしないで」

「ねえ古文書の課題やった?やったことまで見せて―――」

「あ!やってない!どうしよう明日の報告わたしだ!」


 午後五時。

 帰宅。疲れた~。

「おかえりなさい」

「久美ちゃん、ただいま。ずっと部屋にいたの?」

 私は荷物を降ろしながら聞いた。

「いえ。牧ヶ花さんがお出かけになったすぐ後に真一君のとこに行きました。ベーコンエッグ作ってもらいましたよ」

 話半分で、わたしは夕食の調理に取り掛かる。

「それは念願叶ったりだね」

「でもお役人さんだかお偉いさんだかがやってきて、見つかったらまずいので割とすぐ帰ってきました」

 …見つかったら久美ちゃん、警察か何かに連絡されて捕まっちゃうもんね。

 わたしは卵を二個割って溶き始めた。

「ところで、なに作ってるんですか?」

「オムライスだよ」

「…おいしそうですね」


 午後七時。

 夕食の洗い物を済ませて、入浴。そしてそのあとは…。

「お風呂あがったよ」

「あがりましたか…では…!」

「聴きますか!」

「今日は何ですか?」

「今日はガーシュウィン作曲『パリのアメリカ人』。クラクション鳴る鳴る!」

「前に真一君のとこで聴いたことあります!真一君曰く、『ガーシュウィン先生もかっこいいけど、ラヴェル先生もかっこいいよね』とのことでした。どういうことですかね?」

 なんか久美ちゃん、わたしや地蔵堂に毒されてるよね…。


 午後九時。

 さて、あいつを片付けねば。

「何やってるんですか?」

 机に向かうわたしを、後ろから久美ちゃんがのぞき込む。

「古文書を読んでるんだよ。明日までにやらなくちゃいけなくて」

 そういう授業があるんだよ。具体的にいうと、江戸時代の古文書のコピーを、くずし字辞典とか参考にしながら楷書にしなおす授業。

「ふ~ん…私には全然読めません…ここはなんて書いてあるんですか?」

 久美ちゃんが古文書のコピー用紙を指さした。

「文末の四文字だね。『仰せ渡され候』かな」

「おおせ…わたされ…どの辺がですか?」

 私は一つずつ指さしながら説明する。

「この一番上の小さいのが『被』って字で…」

「待ってください。それ字なんですか⁉書き損じかなんかじゃないんですか?」

「それかコピーするときについた黒い筋かね。わたしも最初は字だと思わなかったよ」

 さあ久美ちゃん、そろそろいいかい。わたしは何としても、今日これを終わらせなくちゃいけないんだよ。

「ああ、すみません。お邪魔しました。…それにしても大学って、面白そうですね…」


 午後十一時。

 あーーーー。疲れた…。

 古文書読解も何とか終わったし、今日はもう寝よう…。

「牧ヶ花さん、おやすみなさい。それではまたあちらで」

 久美ちゃん、おやすみ――――――


――――――ゆっくりと、目の前がクリアになる。

目の前にいるのは…久美ちゃん。ここは…地蔵堂邸の玄関。ということは夢の中か。

 久美ちゃんと二言三言交わして家の中へ。

 応接室からは話し声が聞こえる。

「――それで一日中、最々斎が気になって仕方なかったんだ」

 この声は璃子ちゃんだな。

「なかなかのネーミングだよね――お、牧ヶ花に国上。ごめんください」

 応接室では円卓を囲って地蔵堂と璃子ちゃんが談笑中。

 挨拶もそこそこに久美ちゃんが地蔵堂におねだりを始める。

「真一君、オムライス作ってください!」

「今度はオムライスか」

 久美ちゃん…食べたかったんだね。

「ねえ、二人は何の話してたの?」

 わたしは地蔵堂と璃子ちゃんを交互に見比べて聞いた。いや、なんか気になったもので…。

「ネーミングに気を取られた佐善の一日の話。牧ヶ花はどんな一日を過ごしたの?」


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