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13 邂逅について

 生暖かい風が肌を舐める。そろそろ夏か。びっしょり濡れた地蔵堂邸の玄関も、夏の訪れを告げているようだ。

「地蔵堂ー。来たよー。ごめんくださーい」

「真一君、ごめんください」

 玄関先で適当に挨拶しつつ、主の返事なんかなくても上がり込む。これぞ地蔵堂邸!

 ちなみに今日は久美ちゃんも一緒だよ。

「すまない、今手が離せない。適当に上がってて」

 奥から地蔵堂の声がする。言われずともそうさせていただいております。

 わたしが先に立っていつもの応接室の襖を開ける。

 ごめんくださ…

「よっ」

 りりりりり璃子ちゃん!

 応接室には璃子ちゃんがいた。そして璃子ちゃんの姿をとらえるが早いか、わたしはコンマ数秒で襖を閉めた。

 まずいまずい。今日は久美ちゃんもいるのに!地蔵堂の事だから、どうせよく考えもせずにいつもの変態行為に及ぶだろう。そしたらどう?軽く見積もっても修羅場は間違いないよ!久美ちゃんが「真一君、あの女は誰ですか?」とかって言ってる姿が目に浮かぶ。

「どうかしましたか?牧ヶ花さん。入らないんですか?」

 うわーーー待って久美ちゃん!今久美ちゃんが応接室に入ったら璃子ちゃんと鉢合わせちゃう!

「久美ちゃん、たまには居間でくつろごう!ねっねっ!」

「え?いいですけど…何でまた急に」

「いいからいいから。ほら、行くよ」

 久美ちゃんの手を強引に引いて居間へ向かう。玄関をまっすぐ行って最初の角を左。途中給湯室の前を通る。すると給湯室でコーヒーを淹れている地蔵堂の姿を発見した。

「久美ちゃん、先行ってて」

「え?あ、はい…」

 わたしは久美ちゃんが居間に入るところを見届けると、給湯室をにらんだ。

「地蔵堂!どうして璃子ちゃんがいるの⁉」

「どうしてって言われてもな?国上ならさておき、私には現実世界の皆さんがいつここに来るかなんて決められないしな」

 え?そうなの?そういや前に似たようなこと言ってたような…。

「たまたま佐善が来るタイミングと国上が来るタイミングが重なったってところじゃないか?」

 だとしたら猶の事ピンチだよ!このままだと、地蔵堂を中心とした三角関係の修羅場・泥沼展開まっしぐらだよ!

「いや、牧ヶ花。そんなことには――」

「とりあえずわたしは、久美ちゃんを居間から出さないように頑張るよ!」

 地蔵堂には、後できっちり話し合って、三角関係を解消してもらわなくちゃ!

 ともあれ、まずは居間に向かわなくては――

 振り向くと応接室に入ろうとしている久美ちゃんの姿があった!

「久美ちゃん!居間はあっちだよ!あっち!」

「いや、でも、さっき応接室に誰かいたような気が…」

「いないから!誰もいないから!オーエンのインディアン島くらい誰もいないから!」

「私の家を連続殺人の島にすんな…」

「とにかく、久美ちゃんはこっち!」

「…牧ヶ花、珍しく空回りしてるな…」

 地蔵堂が何かつぶやいた気がしたけど、よく聞こえなかったし、まあいいや。さあ、居間に行くよ、居間に!私は久美ちゃんの背中を押して、居間に連行する。

「それで、牧ヶ花さん。何を隠してるんですか?」

 居間に着くなり久美ちゃんが問い詰めてきた。くっ怪しまれてるな…。

「何も隠してなんかないよ…」

 そして数十秒の沈黙が訪れた。緊張の沈黙。息も詰まる沈黙。久美ちゃんの探る視線が…痛い…。

 この張り詰めた空気を破ったのは久美ちゃんだった。

「あっ!」

 いきなり明後日の方向を指さす久美ちゃん。え?何?

「あんなところに空飛ぶ『アルルの女』の円盤があります!」

「え?どこどこ?ちょうど今かけるとしたら『アルルの女』かなって思っ――!」

 しまった!逃げられた!

 慌てて廊下に出ると、そこには応接室に入らんとする久美ちゃんの姿が!久美ちゃん、ダメーーーー!

「あ、佐善さん。ごめんください」

「ごめんください。御無沙汰だね」

 知り合いかよ!


「いや~慌てる牧ヶ花、おもしろかったなぁ」

 地蔵堂が笑いをこらえながら言う。目にはまだうっすら涙を浮かべている。くそぅ。馬鹿にして!

 わたし達がいるのは応接室。わたしと地蔵堂だけじゃなく、璃子ちゃんと久美ちゃんもいる。地蔵堂いわく、みんな揃ったところでコーヒーでも飲みましょう、とのことだ。

「でも驚いたよ。璃子ちゃんと久美ちゃん、お互いのこと知ってたんだね」

「そりゃあ知ってるよ。牧ヶ花だって毎日ここに来るわけじゃないでしょ?牧ヶ花がいない時に二人は邂逅を果たしている」

 そうだったんだ。…よく確認すればよかった。

「でも初めて会ったときは、相当揉めたんじゃないの?だってほら、璃子ちゃんは、その、一見すると恋敵…だし」

「ちっ違――」

 あわてて否定する璃子ちゃんを、しかし遮ったのは意外にも

「揉めたりはしてませんよ」

久美ちゃんだった。

「揉めたりはしてません。私は佐善さんにお会いする前から、佐善さんのことを少し存じてました」

 そういえばわたしと初めて会った時も、わたしのことを知ってるとか、言ってたね。

「死んでも多少は現実世界のことを覗くことができるんです。死んでからは…その…真一君の周りをずっと見てました。八年間…」

 そっか!だからわたしのことも知ってたんだね!…って死んでなおストーカーかよ!しかも八年とか怖いわ!

「だから佐善さんのことも、いくらかは知ってたんです。真一君とはおそらくは、その…そういう関係じゃないってことも、佐善さんと真一君のネタも」

 そうか。別に揉めたわけじゃなかったんだ。でも一応念のため。

「じゃあ、璃子ちゃん、久美ちゃん」

わたしは地蔵堂を指さしながら尋ねた。

「あの着物着た変人のこと、どう思ってる?」

「気持ち悪い」

「大好きです♡」

 とりあえず三角関係じゃなくてよかったよ…。

「じゃ、牧ヶ花の誤解も解けたところで、佐善、抱きしめて!」

 地蔵堂が璃子ちゃんに飛びつく。

「気持ち悪いな!」

「真一君ずるいです。私にも!」

 今度は久美ちゃんが地蔵堂に飛びつく。なんかすごい光景だな…。

 三角関係じゃないけど、これはこれで、どうなんだろう…。


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