11 共同生活について
入学や進学、就職、結婚、出産に退職。人生には生活スタイルが変わる瞬間がたびたび訪れる。そしてそういう変化は、時として一緒に暮らす者の増減によってもたらされたりもする。共に暮らす家族が増えたり、逆に家を出ていく者がいたり。そういった増減とうまく付き合っていくことも、生きているとたまには必要になってくるのだ。くるのだがっ…。
さて、誰が一つ屋根の下で幽霊と暮らすなんて言う「増」を想像できよう。この狭い学生アパートに、幽霊と二人暮らし⁉どうしたらいいの?
「あの、あんまり深く考えないでください。私は食事も入浴も睡眠も不要ですから」
時刻は午前八時。久美ちゃんに起こされてから約二時間が経過した。とりあえず今は朝食を取りながら、久美ちゃんの事情聴取…じゃなかった、お話を聞いている。
「ほんとに気にしないでください」
そうは言ってもなぁ…。自宅が幽霊屋敷ってどうよ。別に頻繁に人が訪ねてくるわけじゃないけどさ。
「できるだけ、ご迷惑はおかけしませんから…あっもしかしたら、私がいることで何か牧ヶ花さんのお役に立つことができるかもしれませんよ」
「何かって…だって久美ちゃん、物にも触れないんでしょ?」
「確かに冥土と違って、現実世界では物には触れません。あ、でもその代わり、壁をすり抜けたりできますよ!」
へ~すごい!
「あと、誰かの夢枕に立ったりできます」
怖い怖い怖い!
「ここまでの話を合わせると、私にできることは壁をすり抜けてお隣さんの夢枕に立つこと、となります」
絶対やめて!
「まあ、私は追われる身なので下手に冥土には帰れません。行くとしたら真一君のとこだけです。だから私がお隣さんの夢枕に立つことはありませんよ」
よかった…。でもそれって、今後わたしが久美ちゃんと地蔵堂の所に行くときは、久美ちゃんがわたしの夢枕に立ってるってことだよね…なんだかなぁ…。
「あの…どうしても…ここにおいてもらえませんか…?」
なっ!そんな捨てられた子猫のような顔しないでよ!なんかわたしが悪いことしてるみたい…。しかもなんか、つい守ってあげたくなっちゃうじゃない!
「まあとりあえず、今日のところはここでおとなしくしてて。今日は四限までだし、五時には帰るから」
そういうと久美ちゃん、顔を輝かせた。
「はい!ありがとうございます!」
「それでどうだった?共同生活一日目は」
地蔵堂という名の無責任な言い出しっぺが、薄ら笑いとともに言う。
「どうもこうもないよ」
「うう…すみません…」
今わたしと久美ちゃんがいるのは地蔵堂邸の応接室。わたし達は昨日に引き続き地蔵堂邸を訪れていた。そういえば二日連続で地蔵堂邸に行くというのははじめてな気がする。
「何かあったの?」
地蔵堂が他人事みたいに聞いてくる。まったくもう。
「わたしが大学に行ってる間、久美ちゃんには家でおとなしくしててって言っておいたんだけど…」
久美ちゃんが後を続ける。
「はい、それで、基本部屋でじっとしてたんですけど…その…一度だけインターホンのチャイムが鳴ったので、玄関まで様子を見に行ったんです。そしたら宅配の方が荷物を届けてくださってて…」
「実家からの仕送りが来てたのよ」
「再配達票を残して帰ろうとしてたんですけど、五時には帰ってくるって聞いてたので、その…牧ヶ花さんのお役に立とうと思って…『五時にまた来てください』って…」
「ひぇぁ⁉国上、しゃべったの!」
地蔵堂が素っ頓狂な声をあげる。相当びっくりしたようだ。
「そうだよ。久美ちゃん、話しかけちゃったんだよ宅配の人に。でも完全にしゃべれたわけじゃなかったみたいで、何より宅配の人は姿が見えるわけじゃないから、どこからともなくぼんやりと『また来て』って聞こえてくるわけでしょ?宅配の人からしたらもうホラーだよ!」
そのあと再配達でやってきた宅配の人、すごくびくびくしてて、どうしたんですかって聞いたら、「ここ、出るんでしょ?よくこんなとこ住んでますね」って言うんだよ!いわくつき住宅って噂が広がりでもしたらどうするの!
「そうか。国上がしゃべったか…頑張ったな、国上!」
おい地蔵堂!ほめてんじゃない!
「えへへ。真一君に褒められちゃいました♡」
久美ちゃんも、喜ばない!
「まあまあ牧ヶ花。幽霊が現実世界の、しかも霊感が強いわけでもない普通の人間に声を届けるなんて、相当頑張らないとできないことなんだぞ」
でもわたしも霊感なんてないけど、普通に現実でも久美ちゃんが見えるし、お話もできるよ。
「それは幽霊である国上に見込まれたからだよ。未練や怨嗟で取り憑かれるわけじゃなく幽霊と暮らすなんて、めったにない。言ってみたら特例だよ」
そんな「神に愛されてるんだぞ」みたいなこと言われても…。
「まあまあまあまあ。国上なりに頑張って恩返ししようとしてるだけだよ。その想いにこたえてあげとくれ」
…地蔵堂。なんかわたしが悪者みたいになってるの気のせいか…?
さらに追い打ちをかけるように、久美ちゃんの潤んだ瞳が私をとらえる。
「牧ヶ花さん、お願いします。私をアパートに住ませてください!…やっぱり…その…迷惑…ですか…?」
ハートにずっきゅーーーん♡
胸の前で手を組んで上目遣いに見上げる久美ちゃんとか破壊力ありすぎでしょ!
「まあ、ちゃんとわたしの言うこと聞いて、おとなしくしててくれるなら…いいよ」
「ありがとうございます!」




